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『SING/シング』は大人も楽しめる“音楽映画”だーーアニメーションに託された群像劇の魅力

2017年03月29日 14:32  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)Universal Studios.

 割と重厚な作品が好きな私は正直なところ、この手のCGアニメーション映画は大人が観るものじゃなくて、子供が観るものなんじゃないの?と思いつつ、それを大人の私が一人で映画館で観るってどうなの?という、多少の気恥ずかしさと共に『SING/シング』字幕版を観た。マシュー・マコノヒーやリース・ウィザースプーン、スカーレット・ヨハンソンなど豪華キャストが声優として参加し、スティービー・ワンダー、ビートルズ、フランク・シナトラ、アリアナ・グランデ、エミネム、ビヨンセ、レディー・ガガなど新旧60曲以上もの洋楽が楽しめるという話題作、というのを理由にして。


参考:『カルテット』『オカムス』『大貧乏』……視聴者がドラマに求めるものはどう変化したか?


 洋楽を大音量でとなると、コンサート、ライブ、クラブぐらいしか思いつかないが、それを映画館で味わい、自然と体はリズムを刻み、これはなかなか贅沢な空間だと感じた。ただ曲を楽しみたいという観点から言うと、なにせ60曲以上あるので全ての曲を長く堪能できるというわけではなく、ツアー旅行みたいにちょっとここ観たら、次あっちみたいな慌ただしさも多少はあるのだが、いろんな曲をかいつまんで楽しめる。


 個人的にはサム・スミスの「ステイ・ウィズ・ミー」とか、シンディ・ローパーの「トゥルー・カラーズ」、ジェフ・バックリィの「ハレルヤ」(元は讃美歌)などはもう少し聞いていたいところだったが、一瞬にして過ぎ去ってしまったものもあり…。残念だが、約2時間に60曲以上、致し方ない。とは言え、堪能できる楽曲ももちろんある。


 多くの楽曲と共に、賑やかな街の風景、劇場。リアリティーのある表情豊かな動物キャラクター達。劇場のオーナーであるコアラのバスター(声:マシュー・マコノヒー)は父から譲り受けた劇場を存続させるために歌のコンテストを開催する。そこへ歌手を目指すべく、それぞれの事情を抱えた動物達が参加し、夢を叶えるために奮闘する。ところがコアラのバスターも不幸に見舞われ、劇場を失ってしまう…。どん底から這い上がろうと奮闘する動物達の健気な姿に、この手の映画は子供が観るものと思っていた私も、いつの間にか生きるパワーをもらっていた。


 興味を惹くのは、動物達のそれぞれの事情。ブタのロジータ(声:リース・ウィザースプーン)は子だくさんで日々の生活に虚無感を覚えていて、ネズミのマイク(声:セス・マクファーレン)は自信家で傲慢、ギャングに追われている。ヤマアラシのアッシュ(声:スカーレット・ヨハンソン)はパートナーに裏切られ、ゾウのミーナ(声:トリー・ケリー)は歌手としての才能を持ちながら、内気で人前に出られない。そして、ゴリラのジョニー(声:タロン・エガートン)はギャング一家に生まれ、獄中の父を想っている。ともすれば近場にいそうな人間の事情にも似て、それをそのまま動物キャラクターに託したような設定に親近感がわく。


 最近『ラ・ラ・ランド』も観て号泣してしまったのだが、どちらも音楽劇である。音楽劇とは身構えず、ただただ楽しむためだけのものと勝手に認識していたが、どちらもいい意味で裏切られた。ともすれば重くなるテーマを音楽やダンス、アニメなどの手法を加えることによって、理論的に状況を説明されるより押しつけがましくなく、心にスッと入り込んで来るのはなぜだろう。またそこに表現の広がりも生まれて来る。そんな表現の仕方も乙だなと思う。


 字幕版では、声優を務めるスカーレット・ヨハンソンやタロン・エガートンらが役として歌も歌っていて、その歌声もまた魅力的。子供は視覚と聴覚で楽しみ、洋楽好きな大人は音楽と内容で楽しむ。子供だけではもったいない、大人も楽しめるアニメーションだと感じた。(大塚 シノブ)