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男性の育休申請「お前のガキなんか1円にもならない」会社が転勤命令【パタハラ・上】

2017年03月25日 08:33  弁護士ドットコム

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「パタハラ」という言葉をご存じだろうか。パタニティー・ハラスメントの略で、パタニティとは英語で「父性」のこと。父親とはこうであるべきだ、と決めつけて、育児参加を阻む、いわば「マタハラ」(マタニティ・ハラスメント)の男性版なのだ。男性が、育休取得や育児のために短時間勤務制度を利用しようとすると、職場の上司や同僚が妨害したり、降格など人事面でも様々な嫌がらせをすることを指す。


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女性が妊娠出産を理由に不利益を被る「マタハラ」は知られているが、あまり実態の見えてこないパタハラに迫ってみたいと思う。(ルポライター・樋田敦子)


●「お前のガキなんか1円にもならないんだよ」とパタハラ

東北地方に住む会社員の山田和夫さん(37歳)=仮名=は、5年前、学習塾を運営する会社に勤務しているときにパタハラを受けたという。1日12時間労働が当たり前のブラック企業で、複数の塾を統括する営業職をしていた。


「公務員の妻が、職場の上司からマタハラに遭い、そのストレスから2回流産していました。そんな中、やっと授かった第1子に出会える嬉しさで育児に参加したいと育休取得を思いついたのです」


勤続11年。一生懸命働いてきた自負もあった。会社側との育休に関する取り決めや前例はなかったが、会社に申請した。翌日、すぐに本社から呼ばれた。役員が集まった会議室で「裏切り者」と責め立てられ、目の前で育休の申請書は破かれた。その後は、嫌がらせもエスカレート。会議の資料が自分にだけ来ない、グループウェアの掲示板で名指しで批判された。


同僚からは「お前、まずいことになっているぞ、あまり育休について言わないほうがいい」と注意を受けた。直属の上司からは、次年度が始まるわずか3日前に転勤を言い渡された。労組もなかったため、相談できるところはなかった。


「結局、1か月の育休は認められず、有休を使って、出産前後の3日だけ休みました」


ごく当たり前のはずの育休を申請しただけで、職場環境は以前にも増して悪くなっていった。ちょうど子どもが半年になる頃、妻と子どもが2人とも病気になった。山田さんが看病するしかなかったため、上司に「1日だけ休ませてください」と申し出ると、「お前のガキなんか1円にもならないんだよ、休まないで働けよ」とノルマを上乗せさせた。


しばらくして今度は転居を伴う転勤が言い渡された。


「この会社で生き残るには、家族を犠牲にしなければならないんだ」


と判断し、会社を辞めた。


●「男は会社に金だけ持って来ればいいんだよ」

次に入った会社でも、上司の反応は同様だった。


「子どもが熱を出して、妻が休めないので休みがほしい」と言えば「子持ちの男はつかえない」と批判された。


さらに次に入った金融関係の会社も同様だった。机の上に子どもの写真を飾っていると、上司にゴミ箱に捨てられ「男はそんなことをしてないで、会社に金だけ持って来ればいいんだよ」と毒づかれた。山田さんは疲れ果てここも退社。


現在は、これまでの経験をもとに、男女参画の講演や活動をしている。


「当然の権利のはずなのに、権利を使うことさえ阻まれている男性が非常に多い。地域の風土やしきたりも影響していると思いますが、男女ともに育休がとれる多様性のある世の中にしていかなければいけない。少なくとも僕らの世代が抱えるこうした問題を、子どもたちの世代に残してはいけないと思います」


●本来、育休は希望する人すべて取得できる

法的にはどのような位置づけになっているのか。


育児や介護を行う労働者の休暇を取得する「育児介護休業法」が施行されたのは今から25年前の、1992年のことだ。同法10条では労働者が育児休業(以下育休)の申し出をし、育休を取得した場合、そのことを理由に、事業者が解雇やその他の不利益な取り扱いをしてはならないと規定しており、育休を希望する人はすべて育休が取得できることになっている。


ところが、厚生労働省「雇用均等基本調査」によれば、2015年の育休の取得率は、女性は81.5%、男性は2.65%。女性の場合、従業員の数が多くなればなるほど、取得率は上がるが、1年を超えた育休取得者は、企業規模にかかわらず、約4分の1程度となっている。特に男性の取得は、長期的に見れば微増しているものの、低水準が続いている育休後進国の日本なのだ。


パタハラにあったら、あきらめないで労組や労働局に訴えるという選択肢もある。ここ数年で、男性が育休取得により昇給の機会を失ったとして、企業を訴える事案も出てきているが、泣き寝入りをする人のほうが圧倒的に多い実態があるのではないだろうか。


女性に対するマタハラも深刻であるが、男性に対しては「男は仕事だろ、育児は嫁に任せればいいんだよ」といった偏見にもさらされることになる。次回は、公立小学校の教師時代にパタハラにあった男性の体験を取り上げる。


(「50代女性教師「子育ては女性がするもの。先に帰るのは許さない」【パタハラ・下】はこちら→https://www.bengo4.com/c_5/c_1623/n_5864/ )


【著者プロフィール】


樋田敦子(ひだ・あつこ)


ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者として、ロス疑惑、日航機墜落、阪神大震災など主に事件事故の取材を担当。フリーランスとして独立し、女性と子供たちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。


(弁護士ドットコムニュース)