2017年03月17日 07:53 弁護士ドットコム
音楽教室との著作権料徴収をめぐる争いなど、インターネット上で常に注目をあつめる「JASRAC」(日本音楽著作権協会)。ネットユーザーからは「カスラック」呼ばわりされるなど、すこぶる評判が悪い。SNSでは、次から次にJASRACの動きをめぐる「ネタ」が投下されて、そのたびに批判がわき起こっている。
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もちろん、正当な批判と呼べるものも多いが、ある音楽業界関係者は「最近、なんでもかんでもJASRACのせいにしている風潮があります。JASRACを擁護するわけではありませんが、著作権管理団体はほかにもあります。少しかわいそうな気がします」と話す。なぜ、JASRACはここまで嫌われてしまったのだろうか。JASRACの関係者に聞いてみた。
まずは、JASRACについて、おさらいしておこう。JASRACは、作詞家や作曲家などの権利者から委託された音楽の著作権を集中管理し、利用者が管理楽曲を使用する際の窓口として機能している。JASRACは、徴収した著作権料を権利者に分配しており、音楽文化の普及や発展を掲げている。
だが、音楽教室からの著作権料徴収をめぐり、SNSでネットユーザーから「カスラックのやり方は汚すぎ」「完全にヤクザだな」「どこまで金の亡者なんだよ」と断罪されるなど、批判の域を超えた誹謗中傷に近いコメントが飛び交っている。
さらには、「JASRACは手当たり次第に、あらゆるところから『著作権料』を徴収しているようだ」「徴収したお金どこに使ってるんだろう。作詞作曲者には一円も降りてないことだけは知ってる」といったデマともいえる言説も一部で流れている。
これまでも、JASRACに関するデマは多い。ミュージシャンの大槻ケンヂさんが、『筋肉少女帯』の曲の歌詞(大槻さん作詞)を自身のエッセイ本に掲載したところ、著作権料を徴収されたという話が有名だ。大槻さん本人が、音楽ナタリーのインタビュー(2008年11月)で「都市伝説」と否定しているにもかかわらず、いまだに残っている。
企業の広報戦略を手がけているPRの専門家は、JASRACがSNS上で叩かれている背景について、「広報・PR戦略を積極的におこなっていないこと」を指摘する。
「まず、どういう組織で、なぜ必要なのかということが、一般の人たちにうまく伝わっていません。また、いわれなき風評やデマがネット上に流れている状況を長年放置してきたことも大きいでしょう」
SNS上の風評被害対策は、今のPR業界のトレンドの一つだ。JASRACに対する「嫌悪感」「不信感」がすでに根深く存在しているため、ことあるごとにバッシングを受けることになるという。JASRACは、自分たちが誹謗中傷を受けていることについて、どのように考えているのだろうか。
JASRACの広報担当者によると、2月上旬に、音楽教室から徴収する方針を打ち出した直後は、ホームページのアクセス数が、通常の約5倍に増えた。また、問い合わせの電話も「ひっきりなしにかかってきた」(JASRAC広報担当者)という。
こうした状況を受けて、JASRACは2月27日、今回の音楽教室に関する見解を説明する「Q&A」をホームページ上で公開した。だが、「あくまで正義と言いたいんだろう」「音楽利権を永遠にすすろうとする欺瞞。ポップカルチャーを破壊する反社会的団体」など、批判がやむことがなかった。
ただし、個別のコメントには、静観を決め込んでいるという。大橋健三・常務理事は「SNS上のまったく論拠もない誹謗中傷には付き合いきれません」と話す。
一方で、JASRAC内でも、孤軍奮闘しながら、SNS上でたたかっている人物がいる。東京大学教授先端科学技術研究センター(知的財産法)で、JASRAC外部理事の玉井克哉氏だ。玉井氏はツイッター上で、批判などに対して、積極的に反論をおこなっている。しかし、こうした属人的な対応にも限界がある。
「玉井先生には、頭が下がる思いです。運営の一躍を担っている方ですから、その責任において、自覚をもった発言だと思います。基本的には、JASRACの見解と相違していません。一方で、JASRACがSNS上で情報発信することについては、長所・短所の両方がありますので、今このタイミングですと、功罪の罪のほうが大きいと考えています」(大橋理事)
あくまでJASRACは、著作権者に代わって、権利行使をしているというスタンスだ。だが、こうした「正義面」も、ネットユーザーの感情を逆なでしている部分がある。大橋理事は「当たり前のことをやると、なぜか『金の亡者』のようにいわれます。もちろん、やり方についてのご批判であれば、聞く耳を持っていますよ」と話す。
JASRACに対する批判の中で、大きなものの一つが、分配の仕組みが不明瞭、つまり「金の流れがよくわからない」というものだ。広報担当者は「JASRACは、事業活動や決算などお金の流れについて情報公開しています。根拠なく誹謗中傷する人たちは、それすらも見ていない」と反論する。
大橋理事は「ただ、個別の管理楽曲や作家・権利者の分配がいくらだったかという情報は、常識として出すわけにはいきません。すると、『黒いベールに包まれている』『分配がいい加減だ』『特定の有力な作家に入ってるんじゃないか』といわれてしまうわけですが」と付け加えた。
JASRACの経費は、管理手数料でまかなっていることもあり、一般向けの広報・PRに使うより、もっと確実に許諾・徴収・分配のサイクルが回るよう、投資のインセンティブが働いている。JASRACの事業は「B to B」(企業間取引)と捉えているのだ。
それでも、今や、YouTubeやニコニコ動画などのように、誰でもが著作権者になりうる時代だ。また、アップルミュージックをはじめとしたサブスクリプションサービスなども急激に普及している。やはり、一般ユーザーに対しても、JASRACの存在意義をアピールしていくべき時期がきている。
「ネット上で、よく『JASRACなんか、なくしてしまえ』といった書き込みがありますが、JASRACはこれからも、利用者にも、権利者にも、両方にとって、必要な『インフラ』だと考えています。もしなくなれば、逆に、放送局が音楽を使えなくなり、街から音楽がなくなります」(JASRAC広報担当者)
しかし、JASRACは現在のところ、これまで以上に広報・PR活動に力を入れていく方針はないという。「正しいことを発信していくこと、業務をきちんとやっていくことが、一番の広報と考えている」(広報担当者)。「作者、権利者が、JASRACの透明性をひろく世間に訴えてもらうのが一番いい」(大橋理事)ということだ。
一方で、前出のPRの専門家は「こうした地道な活動はたしかに、やがて実を結ぶかもしれないが、最近では、『B to B』の企業でも広報・PR活動に積極的に取り組んでいます。一般的には、レピュテーション(評判)が上がれば、取引先の印象もよくなったり、社員のモチベーションアップにもつながるといわれています」
具体的には、記事広告やタイアップ記事、PR動画などを使ったり、『生まれ変わるジャスラック』『新生ジャスラック』のようなコピーで、これまでの負のイメージを払拭する戦略があるという。いずれにせよ、SNSを意識した取り組みは必須といえそうだ。
このまま不毛な状況が続いてしまうと、JASRACに対する誤解、ひいては著作権制度に関する誤解が広がってしまう可能性がある。「カスラック」批判がなぜ起きるのか、一般ユーザーとの間で、どんなコミュニケーションが必要なのか、再考すべきタイミングではないだろうか。
(弁護士ドットコムニュース)