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ジェフ・ミルズが提示した、“オーケストラのアンサンブル”への新たなアプローチ

2017年03月14日 15:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『爆クラ!presents ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモ二ー交響楽団×バッティストーニ クラシック体感系II -宇宙と時間編-』の様子。(写真=正木万博)

 クラシックのオーケストラと、異なるジャンルの音楽家が一緒に演奏するのをコンサート・ホールで実際に観たのは、オーネット・コールマンの『アメリカの空』が初めてだったと記憶している。1998年にオーチャードホールでおこなわれたこの公演は、当時気鋭の黒人クラシック・ピアニストとして注目されていたアワダジン・プラットが指揮する東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と、オーネット率いるバンド、プライム・タイムとの共演だった。だが、その演奏のことはオーネットの吹いたアルト・サックスの唯一無二の響きと、吹いている時以外は微動だにせず椅子に座っている佇まい以外、殆ど覚えていない。オーケストラもプライム・タイムもその演奏は取り立てて印象に残らなかったのだろう。とにかくオーネットの存在感がすべてだったと言っていい。


 それ以来、数は多くはないが、クラシックの範疇をはみ出すオーケストラの演奏を何度か観る機会があった。だが、そのいずれの演奏もあまり記憶には残っていない。圧倒的な何かを残したという意味では、オーケストラと対峙したオーネットを超えるほどの演奏には出会えなかったということかもしれない。


 この10年あまり、ジェフ・ミルズはオーケストラとの演奏活動を続けてきたが、筆者は昨年初めて生で観た。オーネットの時と同じオーチャードホールで、栗田博文指揮の東京フィルハーモニー交響楽団との公演だった。記憶に新しいということを差し引いても、その演奏は印象深いものを残した。クラシック音楽へと変換されたジェフの「Amazon」や「The Bells」といった曲は、テクノを特徴づける音(ジェフが出すドラムマシンTR-909のバスドラやハイハット)を使い、クリックでタイミングを取ってもいるのだが、テンポの変化はオーケストラに委ねるという構成になっていた。また、ホールに持ち込まれたPAシステムを通して身体に響く重低音は、足下から伝わってくるクラブの箱の鳴りとは違うのだが、コンサートホールの持つ新たなポテンシャルを示すものであった。


 オーケストラのためのアレンジというものをどうおこなうのか、ジェフにインタビューで尋ねたのだが、それによると自分の楽曲をオーケストラ用に譜面化するアレンジャーとの綿密な話し合いを経ているとのことだった。一つ一つの音をどの楽器が再現するかということから、その音がそもそも表現していることが何かまで明確に言語化して伝えているのだという。そうした作業を経て、実際の演奏においては、ジェフはテクノを特徴づける音を巧みに抜き差しして、柔らかで時には消えてもしまうような骨格を作り、その中でオーケストラの多層的な響きが鳴っている構造を作り出した。それは、オーケストラへの歩み寄りとしては、興味深いアプローチに感じられるものだった。


 そして、今年もジェフとオーケストラの公演『爆クラ!presents ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモ二ー交響楽団×バッティストーニ クラシック体感系Ⅱ -宇宙と時間編-』を観たが、昨年と比べると、今回の演奏は別物と言っていい内容だった。同じ東京フィルハーモニー交響楽団で、現在の首席指揮者であるアンドレア・バッティストーニが指揮を務め、ジェフがオーケストラのために書き下ろした宇宙をテーマとした新作『Planets』を演奏した。その演奏においては、オーケストラもテクノ的な構造に介在してくるし、ジェフの出音もオーケストラのアンサンブルと積極的に交わりあって、新たな響きを出そうとしていたのが大きな違いである。


 1時間に及ぶ『Planets』の演奏の前に、ゲストにU-zhaanを迎えた「The Bells」の演奏もあったのだが、それも昨年観たアレンジとは異なっていた。U-zhaanのタブラと共に曲をテクノ的な構造から引き離し、オーケストラのアンサンブルの中で響かせることへとシフトしていることが感じられた。そのことは、『Planets』の演奏でより明確化した。オーケストラの出音に控えめにアクセントを加えていた昨年の公演とは違い、『Planets』でのジェフは時にオーケストラの演奏のトリガーとなるようなサウンドを出し、バッティストーニの指揮と共にアンサンブルの構築に積極的に関与していく。途中でホールの四隅にホルンとトランベット奏者を配して、音を前後、左右にパンニングさせて、ホールの空間性を積極的に利用するような演奏もおこなってみせた。


 『Planets』の楽曲がそもそもオーケストラのために書き下ろされたものなので、そうした有機的な交わりは当然だとも言えるのだが、本来譜面化できない音をコントロールしてトラックを作ってきたジェフが、アンサンブルの中でどう特質を活かしていくのかというのが次なるフェーズなのだろう。バッティストーニがファンだというフランク・ザッパは遺作となるアルバム『イエロー・シャーク』で、自らオーケストラを指揮してプロデュースした。その演奏を担ったドイツの室内合奏団アンサンブル・モデルンは、ザッパの死後に彼の曲を取り上げたアルバム『フランク・ザッパ:グレッガリー・ペッカリー』を発表したが、それにはまるでザッパが新しいバンド=オーケストラを持ったかのような素晴らしい演奏が収められていた。近年のオーケストラ・アレンジの一つの成功例としてこれを挙げることができるが、以後もオーケストラのアンサンブルは様々な音楽に使われる傾向が年々目立っても来ている。ジェフの試みはその中でも、DJとエレクトロニック・ミュージックの制作プロセスがどうアンサンブルと掛け合っていくのかという意味で特に注目されるものだろう。 (原 雅明)