2017年03月12日 10:34 弁護士ドットコム
他人のたばこの煙を吸わされる「受動喫煙」への対策を盛り込んだ健康増進法改正案の基本的な考え方が、3月1日に公表された。現行法では、禁煙は多くの施設で「努力義務」だ。この日、厚生労働省が公表した改正案では、施設に応じて「敷地内」または「屋内」を「原則禁煙」とし、違反すれば「30万円以下の過料」など、規制を強化する。
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他方、厚生労働省案に対抗して、自民党たばこ議員連盟が、3月7日、対案を発表した。「喫煙を愉しむこと」は憲法に定める幸福追求権だと主張し、対案では、飲食店は禁煙・分煙・喫煙から自由に選ぶことができ、表示を義務化する。
ネット上では、厚労省案について、「喫煙者が多い店に入るのためらうから、めちゃくちゃ嬉しい」と歓迎の声があがる一方で、「小さい個人店の居酒屋は潰れるぞ」などの指摘もあった。対策についてどう考えるべきか、受動喫煙に関する係争を扱う岡本光樹弁護士に聞いた。
自民党たばこ議員連盟は、「喫煙を愉しむこと」は、憲法に定める幸福追求権だと主張しています。しかし、最高裁昭和45年9月16日判決は「喫煙の自由は、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。」とし、仮に権利であるとしても制限に服しやすいものにすぎない、と解釈されています。たばこ議連の主張は、最高裁判例の趣旨を正しく理解せず、人々に誤解を与えるものです。
また、たばこ議連の議員は、「法律で締めつけるのではなく、マナーで解決すべきだ」などと主張しているようですが、これも、今回の法案の必要性を全く理解していないといえます。現行の健康増進法や労働安全衛生法の「努力義務」規定では限界があり、依然として飲食店や職場等での受動喫煙が多いため、厚労省は、今回の法案で罰則(喫煙者:30万円以下の過料、管理者:50万円以下の過料)を導入しているのです。
たばこ議連は、「たばこの消費削減を目的としてはならない」という主張も行っています。しかし、日本も、たばこ規制枠組条約(168カ国以上加盟)を批准しており、締約国は、たばこの消費を減少させる措置及び受動喫煙を防止する措置を実施すべき義務を負っていますので、議連の主張は、条約に照らして誤っています。
この点には、税収確保を目的とした「たばこ事業法」と、たばこ削減を目的とした条約との矛盾を長年にわたり放置してきた我が国の問題が現れていると言えるでしょう。しかし、条約が法律よりも法規として優位です。
小中高校、医療施設、大学、運動施設、官公庁、ホテル・旅館の宴会場、貸切バス・タクシーなどにおいても、厚労省案とたばこ議連案は規制内容が異なっています。その中でも、最も対立が顕著なのは「職場」と「飲食店」です。
厚労省案は、事務所(職場)について、原則屋内禁煙とし、ただし技術的基準に適合した喫煙専用室の設置は認めるという内容です。他方、たばこ議連案は、法案の対象外にして、労働安全衛生法に丸投げしています。これに対しては、強い憤りを覚えます。
先ほども述べましたが、現行の労働安全衛生法の「努力義務」規定で限界があるため、厚労省は、今回の法改正を提唱しているのです。たばこ議連は、そのことが全く分かっていないようです。
日本は、海外と比較しても、いつも顧客目線の議論ばかりが中心で、労働者の人権に対する意識が極めて薄弱だといえます。
飲食店での規制について、厚労省案(3月1日時点)は、30平方メートル以下のバー・スナック等は例外としつつ、それ以外の飲食店(食堂、ラーメン店、居酒屋等を含む)は、すべて原則屋内禁煙で、ただし技術的基準に適合した喫煙専用室の設置は認めるという内容です。これに対して、たばこ議連案は、飲食店は禁煙・分煙・喫煙を自由に選ぶことができ、表示を義務化するだけの案です。
厚労省は「国民の8割を超える非喫煙者の健康が、喫煙者の喫煙の自由よりも後回しにされている」と議連案を批判しており、私もその通りだと考えます。依然「世界最低レベル」です。
上記の二案では、私はもちろん厚労省案を支持します。ただ、厚労省案にも疑問がないわけではありません。厚労省案は、なぜ30平方メートルの面積で区切るのか、なぜ酒類を主に提供する店は例外なのか、合理的根拠があるか不明です。
私は、労働者の有無で線引きすべきと考えています。労働者を使用しない経営者だけ、いわゆる「一人経営者」の店を例外とするといった案が合理的だと考えます。法案を通すためにどうしてもさらに譲歩が必要であれば、職場の労働者全員が受動喫煙下で働くことに積極的に同意している場合に限り、許可制の下で条件を付して、例外的に許容するというのが私の意見です。
あくまで屋内禁煙が原則であって、労働者の体調不良に備えて同意はいつでも撤回でき(許可も撤回される)、受動喫煙に同意しないこと及び同意を撤回したことで労働者が不利益な取り扱いを受けない保障が必要でしょう。
今回の法案が、飲食店の売上に影響することを懸念する声もあるようですが、多くの研究が、法律で全面禁煙にしても、減収なし・売上に影響なし・むしろ非喫煙客が増えて売上増加、という結果を示しています。
個別に見れば、喫煙常連客に依存した一部の喫茶店やバーなどでは、経営努力をしなければ売上は下がるかもしれません。しかし、例外規定等により、「営業の自由」への配慮はなされているといえます。他方、現在のような労働者や顧客が望まない受動喫煙の被害を受けている状況は、「公共の福祉」に反しており(憲法22条1項、29条2項)、規制されて当然です。
海外諸国では、喫煙客は一旦店から出て屋外で喫煙することが習慣となっています。慣れの問題にすぎず、飲食店経営者の危惧は過剰ではないでしょうか。日本の特殊性として、路上などの喫煙規制が先に進んだという事情がありますが、厚労省は、市町村に対し、法案と調和のとれた対応を依頼するとしています。なお、近年は、コンビニの屋外灰皿に対して通行人が撤去を求める訴訟が複数起きています。将来的には、屋外における受動喫煙の防止も議論すべきでしょう。
非燃焼の加熱式たばこ等は、厚労省案でも、たばこ議連案でも、規制対象外になりそうです。厚労省案は、法律レベルでは一応対象に含めた上で、政令レベルで除外可能とするとしています。健康影響の知見に応じて、法律レベルよりも迅速かつ柔軟な対応を可能とするもので、合理的な制度設計といえるでしょう。
世論調査によれば、建物内完全禁煙を望む人々が、喫煙室設置や喫煙席による分煙を望む人を上回り、最大多数です。自民党たばこ議連の動きは、国民の世論とは、かけ離れています。今回の法案をめぐって、どの議員が賛成し、どの議員が反対し、また、どの議員がタバコ業界から多額の献金を受けているか、ある程度公表されていますので、国民は国会議員の動向をしっかり注視すべきだと思います。
2019年ラグビーワールドカップ及び2020年東京五輪に間に合うよう、また、受動喫煙に苦しんでいる人々を守ることができるよう、国際的な水準にできるだけ近い形で厚労省の法案が可決・制定されることを願います。
今後議論すべきことは、プライベートな空間での規制でしょう。家庭内や自動車内での子どもの受動喫煙や、近年トラブルが頻発しているベランダ・近所からの受動喫煙問題についても、法規制が議論されるべきです。
職場、飲食店の規制後も、それで終わりではなく、路上、公園、住居近隣、自動車内、家庭内と、受動喫煙の「他者危害」性の問題は常に残ります。こうした問題も踏まえると、私としては、燃焼性の紙巻たばこは、いずれ製造販売を禁止すべき商品だと考えます。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
岡本 光樹(おかもと・こうき)弁護士
1982年岡山県生まれ。05年東大法卒、06年弁護士登録。国内最大手の法律事務所などを経て、11年に独立。企業法務や労働案件、受動喫煙に関する係争・訴訟、家事事件などを幅広く扱う。第二東京弁護士会で人権擁護委・副委員長や受動喫煙防止部会長などを務める。
事務所名:岡本総合法律事務所
事務所URL:http://okamoto.2-d.jp/akiba.html