2017年03月12日 10:34 弁護士ドットコム
高層階から見渡せる東京湾や都心部の眺望、都心へのアクセスの良さ、2020年の東京五輪開催に伴うインフラ整備と再開発。近年、輝かしい条件と計画に刺激され、東京の湾岸地域では競い合うようにタワーマンションが建設されてきた。
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しかし現在、湾岸地域は東京五輪計画の見直しや豊洲新市場移転の延期問題、それに伴う風評被害に揺れている。加えて、これまで上昇基調にあったマンション価格は高止まりして停滞し、これまでのように「安く買ったマンションを高値で売る」という資産形成方法にも無理が生じてきた。
いま、湾岸地域でマンションを購入した人々は自分たちの置かれた状況をどう考えているのか。購入を検討している人々は今後をどう考えていくべきか。
2012年に東京湾岸地域を中心とした不動産総合ブログ「マンション購入を真剣に考えるブログ」を開設し、湾岸のマンションにまつわる情報を発信し続ける住宅ブロガー・のらえもんさんに聞いた。(ライター・亀田早希)
――湾岸地域のタワーマンションを購入されたきっかけを教えてください。
私は作家・橘玲さんの著書を愛読しており、住宅購入以前は「マイホームは人生の選択肢を奪う。とんでもない」と考えていました。しかし、結婚後にとある物件にを借りたことがきっかけで賃貸派から持ち家派となったのです。
そのマンションは、南向きで駅から近く通勤には便利でしたが、すぐ近くの建物で日差しがふさがれていました。南向きのベランダは埃が多くてとても洗濯物を干せる状態ではなく、加えてベランダの目の前の道はトラックの抜け道に。トラックが通る度に部屋が揺れてテレビがまったく聞こえなくなりました。つまり、QOL(=Quality of Life、生活の質)が低い物件だったのです。
この住まいに不満を感じた私は、その状況から脱出するために「賃貸」と「購入」を並行して検討し、調べていきました。その結果、当時「購入」には以下のメリットがあることに気づきました。
・当時はまだアップサイド(=値上がり)があり、賃貸に出しても利回りが相当見込める物件が購入できそうなこと
・購入によりQOLが相当上がりそうなこと
・住宅ローンによって低金利で資金を調達できること
もちろん、リスクもあります。
・大震災など天災が起こった場合は物件が破損してしまうこと
・勤め先の業績急変や転職、介護等が発生すると、ローンの支払い計画が不安定になること
・流動性が低い住宅を購入した場合は、売ることができず、にっちもさっちもいかなくなること
これらを勘案しつつ、結果として購入に傾きました。
湾岸ではない地域もいくつか検討しましたが、私は利便性が良くても「窓を開けたら電線が見える」という部屋を好まなかったため、自然と湾岸地域のタワーマンションに目が向くようになりました。
――リスクをとっても購入に至った理由を教えてください。
賃貸マンションは、大家さんが住宅ローンと比較して相当高率のローンを組んで経営しています。さらに、大家さんが暮らすためには、利益を上乗せして請求する必要があります。簡単にいえば、私達はマンションを借りるとき、「大家さんのローン分+利益分」を支払って住んでいることになります。
一方で、不動産を住居用に購入する場合は、国の政策上住宅ローンの金利が限りなく低い水準に抑えられています。住宅ローンの与信を持っている人は、適正な物件を購入することにより、「事業と住宅ローンの金利差、そして大家の利益分」の利益を享受できることになります。
最新の分譲マンションに住んでみれば分かるのですが、良質な住宅は日々のQOLをあげることにつながります。
また、マンションはどう取り繕っても「長屋」の一形態ですが、長屋であることは悪いことではありません。同じマンションを選択した、多種多様な人たちとの出会いがあります。学校や職場とはまた違う関係です。うまく活かすことができれば、より人生が豊かにすることができるでしょう。
そしてなにより、私は湾岸地域のタワーマンションが好きなのです。好きな場所に住む、最高じゃないですか。
――湾岸地域のタワーマンションに住んでいる方はどんな方が多い印象ですか?
パターンはいくつか別れますが、一番多いのはどちらも高学歴の共働き夫婦ですね。双方とも都心で働くサラリーマン、もしくは片方が会社経営している人を多くみます。
昨年、NHKの「クローズアップ現代+」の取材に協力した際に、同様の質問を受けましたが、典型的な事例として「郊外・地方出身者同士で結婚し、どちらも旧帝や早慶などを卒業した比較的高い学歴を持った人。もともと東京に住んでおらず「隅田川の向こうだから」「埋立地でしょ?」などと、住まいに余計な偏見を持たない人達」と指摘させていただきました。
湾岸タワーに住まわれる方は、合理性に基づいて意思決定をされる方が多いと思います。
――住宅価格は最近まで上昇傾向にありました。買い替えにより利益を手にすることは可能だったということでしょうか?
マンション価格は東日本大震災後もしばらく下落し続けましたが、民主党政権から自民党政権に移行し、安倍首相が就任してから一転、上昇傾向に転じました。さらに2020年の東京オリンピック開催決定と2014年の「黒田バズーカ」第二弾の金融緩和により上昇に弾みがつきました。この頃はマンションの買い替えに適した時期だったといえます。
新築物件は基本的に青田買いです。購入と引渡しには時間差がありますが、市況が全体的に上り調子だったため、今後値上がりが見込める新築を購入し、買い替えることによって資産形成をするには好条件だったと考えます。
ただしそれは、独身やDINKSの家庭に可能だったことです。保育園児や学童を抱えたご家庭には、住まいをポンポンと移り変わるのは難しかったでしょう。
――住宅の転売を繰り返して利益を得るいわゆる「空中族」と呼ばれる人々は今後も資産を形成できそうでしょうか?
まず、私は空中族を勧めようとは思っておりませんし、そのためにブログで発信をしている訳ではありません。加えて、もはやいまの相場で新築マンションを買ってもアップサイドは薄いと考えます。
既に湾岸地域の住宅価格は一般の給与所得者が払える水準を大きく超えました。共働き、もしくは片方が高額給与所得者でようやく手が届く、という水準に達しています。給与所得者の可処分所得が伸び悩んでいる現状では、8000万円や9000万円の価格帯のマンションが飛ぶように売れるほど需要は無いと思っています。
今後は、不動産を購入するリスクを減らすために、住宅ローンの元本返済スピードより値下がりが遅い、‟手堅いマンション‟を選ぶとよいでしょう。‟手堅いマンション‟とは、そのエリアの中でも継続的な需要がのぞめ、指名買いも期待できそうな存在感のあるマンションのことです。
――過去5年間を振り返ると、一番大きなイベントは2013年の2020年東京オリンピック招致決定だったかと思います。
そうですね。東京とイスタンブールの決選投票発表のとき、私は自宅のテレビでその様子を観ていました。「トーキョー!」と発表された時、映像で観る現地スタッフと同じくらい喜びを叫んだのはいうまでもありません。興奮してベランダに出ると、すでに日が登っていました。眩しい朝日が東京の湾岸を照らしていて、このあたりは素晴らしい発展を遂げるだろう、と確信しました。
住む街がどんどん新しく生まれ変わる。見える景色が変わる。高齢化に悩む日本で、湾岸地域以上にこの贅沢を味わえる場所は、なかなかありません。
私のブログは東京オリンピック開催を見越して書いたものではありませんでしたが、その直後のアクセスは凄まじいものでした。東京で家を買おうと思っていた人が、一斉に湾岸地域へ目を向けたのです。
現在、アクセスはピークを越したものの、一定以上のアクセスはあります。しかし、読者とメールなどでやりとりしていると、湾岸の将来よりもまず、小池都政に対する怒りを感じますね。実際に、湾岸地域に住んでいて小池知事を支持する人はほとんどいないのではないかとすら感じるほどです。
政治への失望は、湾岸地域の不動産へのシラケムードを助長しますが、オリンピック開催まであと3年あります。これから工事が進捗するにつれ、またムードは良いほうに向かっていくのではないでしょうか。
――小池都政になってから、オリンピック計画の見直しや豊洲市場移転延期など、湾岸地域には暗いニュースが続きました。
私は、自身の健康・勤め先の業績急落・転勤、もっといえば天災などはリスクとして考えていましたが、まさか小池都政のような「何をやりたいのか優先順位がよくわからないが、とにかく前任者のやることを否定して自分の味方を作ることを優先する」地方政治のような手法が東京都で用いられ、リスクになるとは、思ってもいませんでした。
いま彼女が都庁で行っているのは、短期間でクビになった防衛相時代と同じことです。でも鈴を付ける人がいませんので、これからもしばらく続くかと思います。加えて、豊洲市場移転延期の決断を正当化するために、いましばらく豊洲は“怪しい場所”にされるはずです。
しかし、江戸からいまの東京に至る歴史を紐解くと、その発展は臨海部の埋め立てと都市機能の拡張の連続によるものだったことが分かります。この流れはこれからも変わらないでしょう。そもそも豊洲移転延期の理由はかなり無理筋で、ヒステリックな世論はいつか反転することになります。
加えて、いまの日本のように個人の権利が強い国家においては、既に街が形成された地域にまとまった土地を確保し開発する行為は、かなり難度の高いものです。その点、湾岸地域は権利者が少数でまとまった広大な土地があり、開発しやすい土地柄だといえます。富を産み出す投資先として、今後も湾岸地域の開発は継続的に行われるでしょう。
懸念するのは、東京の一部に人口が集中することへの懸念(嫉妬?)と公教育インフラが追いつかないことから、都市部のタワーマンションに建設総量規制のような網がかけられてしまうことです。継続的に働き盛りの人口流入と地域世代の流動性がなければ、いま述べたシナリオは崩れてしまいます。
――今後5年を目安に、湾岸地域で着目すべきトピックについて教えてください。
オリンピック開催による開発の見直しや豊洲市場への移転延期があったからといって、基本的に、湾岸地域の開発がキャンセルされたわけではありません。湾岸地域の未来は明るいと考えています。
2016年の秋ごろから物件価格の緩やかな下落基調がみられますが、湾岸地域に限ったことではなく、首都圏全体に起こっていることです。その中でも湾岸地域が取り沙汰されるのは、いままで注目を浴び続けてきたことに加え、市況に敏感な需要層が多いからでしょう。
東京オリンピックの開催に向けて、この地域はまだまだキレイになっていきますし、住み心地も改善されていきます。
まずは豊洲市場の決着と、都心と臨海部を結ぶBRT(Bus Rapid Transit。路面電車と比較して遜色のない輸送力と機能を有するバスをベースとした都市交通システム)の趨勢だと思います。BRTについていま発表されているのは(虎ノ門~)新橋~勝どき~晴海~有明と豊洲のルートですが、銀座や東京駅方面への支線が増える可能性もあります。
中期的には地下鉄8号線(東京メトロ有楽町線の豊洲~住吉間支線)の今後の発展とオリンピック後の跡地利用でしょう。これは晴海選手村も含みます。有明の大規模ショッピングセンターや、ヴィーナスフォートを含むパレットタウン一帯の再開発も気になりますね。
ということで、短期的には住宅価格が10%ほど下落することもあり得ますが、マクロ環境が変わらなければ、週刊誌があおるような暴落は起きないかと考えています。
いまのような低金利で住宅ローンを組むと、元本は4年で10%分が、10年で25%が返済されます。先5年、賃貸物件に住み続けて住宅価格の下落を待っていても、その期間の家賃分を考えると結局変わらないという結果になるかもしれません。
――まだまだ湾岸地域の資産価値は維持されそうですね。ご自身は、その資産価値を活かして今後住宅の買い替えをするとすれば「湾岸地域の外」もお考えですか。それとも湾岸地域にしかご興味はありませんか?
これは「湾岸妖精」に聞いてはいけない質問な気がします(笑)。人生が何度もあれば、いろいろなところに住みたい気持ちはあります。東京に限らず魅力的な街はいっぱいありますからね。
【取材協力】
のらえもん
湾岸妖精、住宅ブロガー。震災後の湾岸タワーマンションへの風評被害をきっかけに、東京湾岸地区を中心とした不動産総合ブログ「マンション購入を真剣に考えるブログ」を2012年1月に運営開始。以降、湾岸地区およびマンションに対する一貫した姿勢は多くの賛同者とフォロワーを生み、現在の湾岸回帰世論の一助となる。2015年、消費者の立場からマンション購入を論じた『本当に役立つマンション購入術』(廣済堂新書、2015年)を刊行。前掲ブログをはじめ、他サイトへの寄稿多数。2017年3月、消費者のための住宅購入応援活動「住まいスタジアム」のプロデュースを開始。
マンション購入を真剣に考えるブログ:http://wangantower.com/
住まいスタジアム:https://sumai-stadium.com/
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