2017年03月11日 10:23 弁護士ドットコム
副業で年収アップを狙える――。政府は働き方改革の一環で、今後、副業を原則容認する方向に転換する見込みだ。厚生労働省の「モデル就業規則」から副業・兼業禁止規定がなくなると報じられている。また、政府は兼業・副業を普及・拡大するためのガイドラインも作成する。
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これまで本業での評価を気にして副業を控えた人たちには朗報といえるだろう。より副業に励むことで「あと10万円、いやいや20万円月収入アップ!」という望みも夢ではない。
一方、インターネット上では「残業カットの口実に使われ、残業代を当てにしているサラリーマンの収入が減る」というネガティブな指摘もある。
実際に副業が解禁される場合、労働者にとってどんなメリット・デメリットがあるのか。企業の労務案件を専門に手掛ける倉重公太朗弁護士に聞いた。
「労働者にとって、副業が許可されると、経験が多く積め、スキルの幅が広がるという良い面があります。また、終身雇用や企業の安定成長が見込まれにくくなった現代においては、複数のキャリア・収入源を持っていれば、リスクヘッジや自己防衛ができますね」
企業にとっても従業員にとっても良いことばかりに聞こえる。しかし実情はどうなのだろう。
「もちろんリスクはあります。労働者がいちばん注意すべき点は、事故に遭ったり、健康管理に支障が出てしまったりした場合です。例えば、副業中や副業に向かう途中で事故に遭った場合は、労災支給額は副業分のみから計算される場合があります。そうすると、副業の収入前提の補償となるので、十分な補償を得ることができません」
確かに、ダブルワークは実質的に労働時間が増加するため、体調不良や注意力低下には気をつける必要がありそうだ。
「また、副業に励みすぎた結果、過労状態になって本業の業務に支障がでた場合は、本業の上司や人事労務担当者から、副業をやめるよう注意を受けることも考えられます。本業との板挟みになって副業の就業や成果に支障が出たり、突然副業の仕事を辞めたりすると、それまで積み上げた信用を失うことにもなりかねません。本業の会社としては副業内容を把握することはできないわけですから、副業に際しては、労働者はより自己管理を徹底する必要があるのです」
労働基準法は、1日8時間1週40時間を超える労働は「時間外労働」つまり「残業」扱いとなると定めている。つまり、残業代(時間外手当)が発生するということだ。この法律をうまく使えば、本業と副業合わせて、かなり収入アップが期待できるのではないだろうか。
「確かに1日8時間以上働いた場合は、1日のうち後に就業する業務に対して時間外分の割増賃金が得られるとされています。しかし、私はこの規定はあまり実効性がないので早く改正すべきと思っています。なぜなら、副業が業務委託形式で行われていた場合はそもそも対象外ですし、割増賃金は労働者側が事業者に請求しなければ得られません。各事業者は自社以外の労働時間を把握していないためです。申請までして割増賃金を得たいという人は少ないのではないでしょうか」
多くの企業が副業解禁になる見込みとはいえ、労働者には苦労が多そうだ。さらに倉重弁護士は今後の風潮を「副業解禁」とする表現にも違和感があると語る。
「企業が副業を許可するとひと口にいっても、大きく分けて3つの段階があります。(1)完全に従業員の裁量に任せる場合(2)どこで何を行うか届出制とする場合(3)届け出たうえで許可制とする場合です。そのうち、(1)を採用する企業は少数で、(2)と(3)が大半になるでしょう。企業は自社の機密を保持し、従業員が自社の評判を落とさないよう管理をする必要があるからです。労働者が過重労働となり、自社の就業に影響を及ぼさないかも確認したいでしょう。つまり、労働者が自由に副業をできる環境になるとは言い難いのです」
つまり、禁止の企業が少なくなるだけで、基本的には企業に“おうかがい”をたてることが必要だということだ。業務内容を勤め先に報告することに抵抗がある人も多そうだ。
「企業が副業を許可する背景は、高度経済成長期のように、終身雇用と年功序列による雇用と賃金の安定を労働者に提供しづらくなっていることも一因です。事業が拡大し続ける見込みもないため昇給を低く抑えなければならず、バブル期のように高い給与水準を提供することも難しい。労働者に与えられるものが少なくなったからこそ“仕方なく”許可をする企業が大半なのではないでしょうか」
ということは、副業は労働者にデメリットが多く、企業はやや後ろ向きな姿勢なのだろうか。これでは多くの労働者が副業を行う風潮にはほど遠そうだ。
「副業を活かして競争力を強化しようとしている企業もありますよ。今後、労働人口の減少が見込まれるなか、優秀な人材は企業間で取り合いになることが見込まれます。そのため、副業を完全に自由とすることで能力の高い人材を獲得する取り組みも一部では始まっています」
労働者側にとっても副業はやり方によっては大きなメリットとなる、と倉重弁護士は語る。
「副業から得られるものは賃金だけではありません。例えば、副業が本業の業務につながるものであったり、NPOでの勤務やボランティアでリーダーシップを身につけたりすることができれば、本業での評価にもつながるはずです。何のために副業を行うのか、その経験をどう活かしていきたいか、労働者が自主的に考えるべき時代になったのだといえるでしょう」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
倉重 公太朗(くらしげ・こうたろう)弁護士
慶應義塾大学経済学部卒業。第一東京弁護士会所属、第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会( JSHRM)執行役員、経営法曹会議会員、日本CSR普及協会労働専門委員。労働法専門弁護士。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催し、著作は20冊を超える。代表作は「企業労働法実務入門」(日本リーダーズ協会)
事務所名:安西法律事務所