トップへ

すこっぷ、ゆうゆ、n-buna、buzzG、40mP……三月のパンタシア、異彩放つクリエイター陣を分析

2017年03月10日 19:03  リアルサウンド

リアルサウンド

三月のパンタシア『あのときの歌が聴こえる』

 ボーカリスト“みあ”を中心としたクリエイタープロジェクト・三月のパンタシアの1stアルバム『あのときの歌が聴こえる』が3月8日、発売された。


(参考:アニメ主題歌の理想形? 『亜人(デミ)ちゃんは語りたい』を彩る、三月のパンタシアの“物語力”


 三月のパンタシアはこれまで、TVアニメ『キズナイーバー』(TOKYO MXほか)のエンディング曲「始まりの速度」、OVA『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』のオープニング曲「群青世界」(読み:コバルトワールド)、現在放送中の人気アニメ『亜人(デミ)ちゃんは語りたい』(TOKYO MXほか)のエンディング曲「フェアリーテイル」と、話題のアニメ主題歌を次々と手がけてきた。当サイトコラムでも、さまざまな世界観を提示する“物語力”に注目してきたが、単体で強い個性を持つ楽曲たちが一枚のアルバムとしてパッケージングされることで、その魅力がさらに深まる良作に仕上がっている。


 同プロジェクトにコンポーザーとして参加しているのは、すこっぷ、ゆうゆ、n-buna、buzzG、40mPという、ネットの音楽シーンで異彩を放ってきたクリエイターたちだ。


 すこっぷは本作で、素直な言葉で日常に気づきを与えてくれる「フェアリーテイル」(M4)とともに、溢れる思いと諦念がないまぜになった別れの歌「day break」(M3)を手掛けた。ある意味では対象的な2曲だが、一聴して愛らしい曲に一筋縄ではいかないフックを作り、暗い感情が溢れそうな曲に愛らしさを感じさせるのが、すこっぷの真骨頂ともいえる。デビュー曲「ハローグッバイ」(2008年12月)以降、“別れの歌”を得意としてきたからこそ、輝ける日々の“当たり前じゃなさ”にフォーカスした「フェアリーテイル」に大きな説得力がもたらされているように思えるのだ。


 ゆうゆはインディーズ時代の名曲「七千三百とおもちゃのユメ」(M8)を手掛けたほか、meg rockが作詞を、AKB48や乃木坂46への楽曲提供でも知られるaokado(青葉紘季・角野寿和)が作曲を行った「群青世界」(M7)のアレンジも担当している。中高生時代からゲームフォーマットのデジタル音楽(BMS)で高く評価され、巨大な同人シリーズ「東方Project」の楽曲アレンジも行ってきた彼は、リスナーの感情を直接的に揺さぶり、バズを起こすことに長けている。「七千三百とおもちゃのユメ」も印象的なメロディラインが郷愁を誘い、耳に残る一曲だ。得意のアレンジも含め、今後も同プロジェクトを支えていくに違いない。


 持ち前のギターサウンド&ややトリッキーなバックトラックと、2つの視点からなる情緒的な歌詞が出色の「青に水底」(M6)を手掛けたのは、n-buna(ナブナ)だ。物語性、確固たる世界観の構築――という意味では、インディーズ時代、このプロジェクトが持つ魅力を決定的に印象づけた一曲といえるだろう。描かれている情景はリアリティとパンタシア(=空想)の間で揺れ動く、浮遊感のあるものになっているが、同時に突き刺すような鋭さも感じるのが面白い。メジャーシーンでもすでに活躍中のn-bunaが今後送り出すだろう、三月のパンタシアでの新曲も楽しみだ。


 buzzGは尖ったロック曲を得意とし、実力派の歌い手からも引っ張りだこのクリエイターだ。本作に収録された「イタイ」(M5)は、抜けのいいギターサウンドが切なさと痛みを強調するキラーチューン。音はどの曲よりもバンド寄りで、それだけに、みあのボーカルが身体性を持ち、いきいきと伝わってくる楽曲でもある。本作全体を通じて“物語に没入”していく感覚がありながら、ふわふわと曖昧ではなく、引き締まった印象が残るのは、この曲に寄るところも大きいだろう。


 そして本作で中核を担っているのが、イナメトオル名義でシンガーソングライターとしても活躍する40mPだ。本作は彼が手掛けたインスト曲「いつかのきみへ」(M1)から始まり、同じメロディを持つ「あのときの歌」(M12)でエンディングを迎える。NHK『みんなのうた』に「少年と魔法のロボット」を送り出していることからも分かるように、多くのリスナーに届く“王道感”が大きな魅力だ。ケータイ小説サイト「野いちご」のノベライズコンテストに課題曲として提供された「ブラックボードイレイザー」(M10)は、“黒板消し”という馴染みのあるアイテムから、これだけの物語が広がるか、と驚かされる。


 40mPは全体の構成にも目を配るセンスを見せており、「あのときの歌」では<終りと始まり その隙間にあるものを ただ、僕らは宝箱の中にしまう>というフレーズで、色とりどりの物語をひとつの作品に昇華している。そして、みあの透きとおり、ときに切なく絞り出すような歌声が、どの楽曲=物語にも深く溶け込んでいることが、三月のパンタシア最大の魅力といえるだろう。


 本作は楽曲単体でひとつの物語を構成しながら、全体として「青春」というひとつの物語のあらゆる側面を描いた作品と受け取ることもできる。ある人にとっては通り過ぎた、ある人にとってはまさにその渦中にある、ひとつの季節――その輝きや切なさ。「あのとき」という言葉への距離感はリスナーによって変わるが、それでもきっと共通して胸に響くものがある、美しいアルバムだ。


(橋川良寛)