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シリーズ興収新記録を狙える出足で初登場1位! 『ドラえもん』の新機軸を探る

2017年03月09日 12:03  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2017

 公開2週目の『ラ・ラ・ランド』が前週興収比95%という驚異的な高推移で、早くも15億を突破した先週末。しかし、それをはるかに上回る圧倒的な強さで首位に立ったのは、春休み映画の第一陣として公開された『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』だった。土日2日間の動員が59万人、興収が6億9200万円。この出足は、累計興収40億3714万8300円でシリーズ最高興収を記録した昨年公開の『新・のび太の日本誕生』の108%と良好なもの(ちなみにシリーズ最高動員は1989年の『のび太の日本誕生』の約420万人)。1980年に公開された『ドラえもん』映画の第1作『のび太の恐竜』から37年、37作目にして、いまだまったく衰える気配さえない『ドラえもん』映画の人気には驚かされる。


参考:初登場1位の『ラ・ラ・ランド』、映画業界の常識をくつがえす大ヒットの意義


 その息の長さの秘訣は、時代ごとに『ドラえもん』映画がアップデートを繰り返してきたことにある。『ドラえもん』の映画シリーズは、声優陣が交代した2006年以降の「新シリーズ」と、それ以前(ちょうど声優陣交代期にあたった2005年のみ映画が制作されなかったので2004年以前ということになる)の「旧シリーズ」の二つに分けられる。その「新シリーズ」第1作となった2006年の『のび太の恐竜2006』は、『ドラえもん』映画にとって初めてのリメイク作となった。それは単純に現代的な要素を加えて同じ物語を語り直すというより、オリジナルの要素を元に新たな着想で作り直す、ハリウッドのフランチャイズ作品における「リブート」に近い考え方だった。


 翌年の『のび太の新魔界大冒険 ~7人の魔法使い~』は再びリメイク作であったが、2008年の『のび太と緑の巨人伝』はオリジナル作品(原案はテレビアニメ作品)。その後もリメイク作とオリジナル作を毎年ほぼ交互に製作することで、『ドラえもん』映画はシリーズの歴史への目配せと、新しい作品世界の開拓、双方向に開かれたシリーズとして活気を取り戻していく。2012年の『のび太と奇跡の島 ~アニマル アドベンチャー~』以降はコンスタントに30億以上の興収を稼ぎ出し、東宝配給作品の中でも「最も安定したコンテンツ」として、春休み興行の軸となってきた。


 人材の開拓にも熱心で、今回の『のび太の南極カチコチ大冒険』の監督に抜擢されたのは、『千と千尋の神隠し』などで監督助手を務めてきたスタジオアジブリ出身の高橋敦史。今作で高橋は監督のほか脚本、絵コンテ、演出も担当していて、かなり大きな裁量を与えられている。システマティックに作られているように見えて、作家のテイストがしっかり尊重されているのが現在の『ドラえもん』映画なのだ。


 『のび太の南極カチコチ大冒険』の公開前に話題になったのは、これまでの『ドラえもん』のイメージを覆すスタイリッシュで象徴主義的なビジュアルイメージのポスターだ。そのデザインには新進のイラストレーター/ゲーム作家のヒョーゴノスケが関わっていて、昨年夏には「初めてのアニメ、初めての映画の仕事がまさかドラえもんになるとは…!夢のようです」とその喜びと驚きをツイートしていた(ヒョーゴノスケ氏が手がけているのはポスターや作品の元となるイメージボードであり、印象的なコピーも含めたポスター全体は複数のクリエイターによる共同作業であることを本人が追記している)。


 2006年から始まったリメイク路線の背景には、現在放送中のテレビアニメ『ドラえもん』の視聴者の中心層である小学生と、新作映画の元となったオリジナル作品を見てきたその親世代、「そのどちらの世代も楽しめる作品を」という健全なマーケティング的発想があったはず。しかし、それと並行して優れたオリジナル作品の製作も重ねてきたことで、今や『ドラえもん』映画は子供でも親世代でもない、その間の10代、20代の観客にとってもフレッシュな存在となりつつある。「コンテンツを育てる」というのは、こういうことなのだろう。(宇野維正)