18年ぶりにWRC世界ラリー選手権参戦を果たしたトヨタが、その復帰第2戦となるラリー・スウェーデンではやくも優勝を果たした。
第1戦ラリー・モンテカルロでいきなり2位に入ったことだけでも充分驚きに値するが、2戦目で優勝すると考えていたラリー関係者は多くないはずだ。
現在のWRCでは、長年トップクラスのWRカーを開発し続けてきたマニュファクチャラーが、それぞれ勝つ力を持った選手を抱えている。コンペティションのレベルは非常に高く、新参のチームが簡単に勝てるほど甘い世界ではない。
それを知っているからこそ、TOYOTA GAZOO Racing WRTを率いるトミ・マキネン代表は「表彰台争いをするまでにはしばらく時間がかかるだろう。シーズンの序盤はマシンの戦闘力を高めていくことに集中する」と、開幕前謙虚に語っていたのだ。
しかし、同時に彼の中には勝てるパフォーマンスを備えるマシンができつつあるという自信も、あったに違いない。
では、トヨタはなぜ復帰2戦目で勝利を飾ることができたのだろうか? 理由はいくつか挙げることができる。そのうち、マシン、チーム、ドライバー、そして運について分析していきたい。
■“マキネン流”WRカーの作り方
まずマシン、つまりヤリスWRCに関しては、チームがマキネン体制となって以降、彼が考える理想的なマシンを形づくるための開発作業が徹底された。
マキネンの理想とは、いかなる状況でも完全にドライバーのコントロール下に置けるマシンであること。ハンドリング、重量バランス、そしてエンジンのドライバビリティにマキネンは徹底的にこだわり、開発の過程では自らがテストでステアリングを握って方向性を確かめたほどだ。
現役を離れて久しいマキネンがテストを行なったことに関しては、批判の声も聞かれたのは確かである。しかしマキネンは自分の信念を貫き、そして結果的に自分とドライビングのベクトルが似ているフィンランド人選手を起用することで、進むべき方向性を明確にした。
マシンの開発に関しては、フィンランドの片田舎に各界で活躍していたエンジニアが集められた。トップWRCチームで働いていた者もいれば、モータースポーツとは無関係な分野で仕事をしていた者もいるなど、顔ぶれは多種多様。
しかしマキネンは、そういった異分野の人材が集まることによるシナジー効果を期待して、あえて広い分野から人材を募ったという。
そして、開発過程においては透明性とコミュニケーションを重視し、垣根のないオープンな環境で作業が進められた。
その結果、チーム内の結束力は自然と高まり、各部門間の情報交換スピードも向上したようだ。他のマニュファクチャラーと比べれば小規模ながら、個々のスタッフの関係はより濃密となり、開発速度は非常に速かったと開発担当エンジニアは述べる。
■導入直後から高い信頼性のエンジン
エンジンに関しては、ドイツのTMGが長年の経験に基づいた力強いパワーユニットを完成させた。ただ単にパワフルなだけでなく、軽量化や重量バランスにも徹底的にこだわり、フリクションも最低限に抑える努力が徹底された。
その結果、最初から非常にパワフルなエンジンに仕上がったことがスウェーデンでの結果でも証明されたが、それだけでなく信頼性も十分に高かったことにも注目したい。
モンテカルロではセンサー類のトラブルが発生したが、それは致命傷ではなく勝負に大打撃を与える類いのものではなかった。
ミスファイヤなどで大きくタイムロスをしたライバルも少なくないなかで、TMGのエンジンが最初から高い信頼性とパフォーマンスを発揮したことは称賛すべきこと。現時点でエンジンの仕上がりと、スノーロードで自然な挙動を示したハンドリングは、ヤリスWRCの大きなアドバンテージだといえる。
■最大のマジックは“ドライバーのメンタルケア”
チーム力に関しては、若い組織をうまくまとめ、そしてドライバーのメンタル面も上手にコントロールしたマキネンの力量による部分が大きい。マキネンは、精神的にややアップダウンが大きいヤリ-マティ・ラトバラに対し、ドライバー視点でのアドバイスを要所要所で与えている。
ある時は「タイムは気にせずリラックスして走れ」と気持ちを落ち着かせ、またある時はラリーを大きくリードしていても「スピードを緩めず最後まで全開でアタックし続けろ」と鼓舞する。その絶妙な忠告が、ラトバラから本来の速さを引き出したといえるだろう。
ラトバラはフォルクスワーゲン時代最後の去年、自分に合わないマシンと精神的なプレッシャーで最悪のシーズンを過ごした。しかし、自分と似たドライビングスタイルのマキネンが開発を指揮したヤリスWRCを得て息を吹き返し、マキネンの精神的な後ろ盾でエクストラの力強さを身につけた。ラトバラは「失っていた自信を取り戻すことができた」と、スウェーデン後に心からの笑顔を見せたが、ドライバーの潜在能力を引き出す術こそが、マキネン最大のマジックなのかもしれない。
ただし、セカンドドライバーで、ヤリスWRCの開発テストを担当してきたユホ・ハンニネンが、2戦連続でクラッシュしてしまったのは少し残念だ。彼は実はWRカーでの実戦経験がそれほど豊富ではないため、現在は経験値を高めている段階だともいえる。この先、マキネンがどのようにしてハンニネンの力を引き出していくのか、その手腕にも注目していきたい。
■現役時代から“持っていた”
最後に、非科学的ともいえる“運”について。マキネンは、4年連続チャンピオンとなった現役時代から“持っている”選手だった。可能性がゼロに近い状態から勝ったこともあれば、リタイア後に大逆転でチャンピオンとなったこともある。
同時代には他にも同じぐらい速いドライバーはいたが、マキネンは彼らよりも強い運に恵まれていた。そして、チーム代表となった今も、いろいろな部分でその勝負強さが見て取れる。
2戦連続でトップを走っていた選手がクラッシュし、順位が繰り上がったことを見ても、やはりマキネンは何かを持っているようだ。ラリーが勝負ごとである以上、運の強さもまた大きな武器である。
勝つ力を持ったチームとマシンを作り上げ、それを強運で良い方向へとぐいぐい牽引するマキネンの存在は大きい。もちろん、今後チームはさまざまな試練と向き合うことになるだろう。
ヤリスWRCもまだ完成の域には達しておらず、各部にさらなる改良が必要なことは明らかだ。しかし、開幕2戦ですでに充分な戦闘力を示したのだから、今後に対する期待はさらに高まる。
トヨタが世界の頂点に舞い戻るタイミングは、当初の予想よりもずいぶんと早まるかもしれない。