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Huluプロデューサーが語る、3媒体共同プロジェクト『銭形警部』に挑戦した理由「今は映像配信サービスの黎明期」

2017年03月03日 19:22  リアルサウンド

リアルサウンド

『銭形警備』第4話 場面写真

 日本テレビ×WOWOW×Huluの3社共同製作ドラマ『銭形警部』は、地上波、衛星放送、映像配信の3つの媒体を横断したビックプロジェクトだ。モンキーパンチ原作の『ルパン三世』シリーズに登場する刑事・銭形幸一を主人公に据え、各社のオリジナルストーリーが展開されていく。日本テレビ・金曜ロードショー枠で2月10日に放送された『銭形警部』を皮切りに、WOWOWで『銭形警部 漆黒の捜査ファイル』、Huluで『銭形警部 漆黒の捜査ファイル』が、それぞれ放送/配信されている。『俺物語!!』『変態仮面』で主演を務めた鈴木亮平が、チャーミングでダンディーな銭形警部を演じるほか、銭形のバディとして前田敦子(Hulu版)や三浦大貴(WOWOW版)が出演している。


参考:日本のアニメーションはキャズムを越え始めた 『君の名は。』『この世界の片隅に』から考察


 この度、リアルサウンド映画部では、Hulu版のプロデューサーを務めた岩崎広樹氏にインタビュー。3社共同製作を行うメリットやHulu版『銭形警部』の魅力、そして今後のビジョンについて語ってもらった。


■「地上波とは逆のことをやっていきたい」


ーー『銭形警部』の反響はいかがですか?


岩崎広樹プロデューサー(以下、岩崎P):他のHuluオリジナルのドラマと比べても反響は大きいです。視聴者から寄せられたコメントを拝見していると、特に「鈴木亮平さんが銭形にしか見えない」といった感想が多く、ほかにも「ストーリーに感動した」との声もありました。私たちとしても、地上波版やWOWOW版とは差別化したいと考えていたので、配信ドラマならではのサスペンス性やバイオレンス描写などを楽しんでいただけているのは嬉しいです。


ーー具体的に、日本テレビやWOWOWとはどんな差別化を?


岩崎P:Huluユーザーの中でも、割合として多いのが20~30代の男性の方になるため、今回は大人の男性が楽しめるドラマを目指しました。日本テレビ版は、ファミリー向けに作られていたため、子どもでも楽しめるコメディ色の強い作風になっていました。WOWOWはこれまでも、「ドラマW」というシリーズで重厚な作品をたくさん作り続けていて、今回はその延長にある、よりサスペンス色の強いハードボイルドな銭形が描かれています。Hulu版では、「真紅の捜査ファイル」というサブタイトルがつき、銭形が女性と相対した時にどんな表情を見せるのかが描かれています。銭形のバディを前田敦子さん務めていたり、銭形の知られざる恋愛事情も明らかになっています。


ーーユーザーは男性が多いのですね。


岩崎P:Huluの傾向として、若い男性の視聴者は多いと思います。原因はいろいろあると思いますが、近年の地上波ドラマは、世帯視聴率をとるためにまずは女性に支持されることを前提として企画を考えるケースが多いのではと。地上波放送ではM1層(20~34歳の男性)が視聴者層の中心ではないこともあり、若い男性が熱狂するようなドラマは作りにくくなっている。以前は、『踊る大捜査線』や『SP 警視庁警備部警護課第四係』といった、男性が好むような作品も多く作られていたと思います。もちろんM1層に見てもらうことを目指す企画もありますが、世帯視聴率を目指そうとすると、どうしても女性向けに作らざるを得ない状況にある。そういう意味でも、配信サービスは男性に支持されるドラマを製作したいという想いが強いです。インターネット配信は、地上波を見ない人たちも集まってくる場所という側面があるので、地上波の鉄則とは逆のことをやっていく必要があると思っています。


ーーそれは今回の『銭形警部』にも表れていると感じます。製作ではどんな点に工夫を?


岩崎P:刑事ドラマをきちんと描きたかったので、アニメのキャラクターをどのように現実の世界に落とし込んでいくのか、試行錯誤しました。銭形以外の警察組織もルパンを追いかけていて、その捜査一課にはやり手の捜査官やドジな捜査官もいる。そんな中で、現実でも起こりうるような犯罪を銭形が解決するために奔走したり、時には女性捜査官の桜庭夏希(前田敦子)にいじられて照れたりもする。そういう人間味やリアリティを持たせることが大事だな、と。やっぱりドラマは視聴者に共感してもらうことが大事なので、銭形の感情の流れは丁寧に描いていきました。


ーー桜庭などのサブキャラクターを通すことで、銭形警部の知られざる一面が浮き彫りになっていました。一方、銭形らしさもちゃんと描かれていたと思います。


岩崎P:第1話、両親を目の前で射殺された少女に銭形がある言葉をかけるシーンがあって……製作している側が言うのもなんですが、不覚にもその場面で感動してしまいました。「君は独りぼっちじゃないからな」というシンプルな言葉なんですけど、グッと心に刺さるといいますか。深く傷ついた人を勇気づける言葉をしっかりと伝えられる男ってなかなかいないのではと。銭形はそういう言葉を伝えることが出来る。そんなかっこ良さに憧れを持つ人もいると思います。まぁ、行動は無茶苦茶なことが多いですけど(笑)。


ーー3月3日(金)から配信される第4話には銭形の愛した女性が出てきます。


岩崎P:今回は“銭形と女性”がテーマになっているので、最後は銭形の恋愛模様が描きたいなと思いました。かつて愛した女性とのエピソードを通して、銭形が持つ仕事への愛情の深さや不器用さが浮き彫りになっていきます。おそらく、銭形のように人生の全てかけられる仕事を持っていたり、自分の道を文字通り真っ直ぐ生きている人は少ないと思います。だからこそ、ダンディーな銭形が映し出されていくので、その生き様をかっこいいと思っていただきたいです。特にサラリーマンの方が見たら、男として銭形に惚れてしまうようなストーリーになっています。若干男性に都合のいい話かもしれませんが(笑)、こういう生き方や恋愛に憧れる人もいるのでは。


■「3社が持つノウハウの交換がメリット」


ーー3社共同でドラマを製作することになったきっかけは?


岩崎P:3社で大きなプロジェクトを企画したいと話し合った際に、それぞれ共通していたのがドラマを製作していることでした。WOWOWはTBSと『MOZU』を作っていたし、Huluは日テレと『THE LAST COP/ラストコップ』を作っていたので、その経験を生かしてこれまでにない連続ドラマを作れないか、と。それぞれが持つ媒体力や宣伝力を駆使することで、大掛かりな製作費や宣伝費を組んで製作にあたれます。それに、HuluとWOWOWのユーザーを送客し合えるとも思いました。他作品と比べて予算もある程度確保できたので、まるで大きな実験場を与えられた気分でしたね。絶対に成功しなければならない実験でしたが(笑)。


ーー製作の進め方や収益の分配などは?


岩崎P:放送タイミングや宣伝方法は、各社のやり方や要望があるため、その都度話し合いながら進めていきました。3社の足並みを揃えるために、何度も何度も打ち合わせを行いましたね。特に放送タイミングを決めるのは重要で、製作者はもちろん、番組編成担当の方も話し合いに参加していました。ビジネス面においては、自社で製作したコンテンツで得た利益は、それぞれが確保していくという形です。


ーー今回のプロジェクトを通して、各社にはどんなメリットがありましたか?


岩崎P:なによりも大きかったのは、それぞれが蓄積してきたノウハウを交換できたことです。脚本の作り方からなにから違いました。たとえば、地上波の場合はCMが入るので、物語の各所に盛り上がるポイントを作らなくてはいけません。一方、衛星放送の場合は、全体を通して面白くしていければいいと考えている。配信の場合は、視聴を途中でやめないように、冒頭で視聴者を引きつける仕掛けが必要になります。あと、WOWOWは、製作したドラマを社員に観てもらう「ドラマを見る会語る会」という試写会を行っています。製作チームだけでなく、会社全体としてドラマを盛り上げていこうと意識を高める施策だと思いますが、Huluでもそういった社内巻き込みの取組みは真似していけたらな、とか。そういう文化の違いを知り、良いところを共有できたのは、各社のメリットになったと思います。


ーー認知度の向上という側面では?


岩崎P:HuluとWOWOWが宣伝を仕掛けていき、日本テレビには番組でのPRに力をいれてもらう。お互いのフィールドで、各社の作品の宣伝を手伝うことで、いままでにない大きな広がりを生むことはできました。もちろん、お互いに刺激し合うような環境ができていたので、全体の士気もあがりましたね。各社がどれだけ頑張ったのか報告しあうので、余計に頑張らなきゃいけないなと。実際、日本テレビの金曜ロードショーで『銭形警部』が放送された時に、加入者数は増えました。作りたい作品の方向性が合致しているパートナーを見つけて、コンテンツ製作の戦略を考えていくのは重要だと実感しましたし、今後もこういった取り組みは続けていきたいと考えています。


■「SVODの黎明期が来てる」


ーーNetflixやAmazonプライム・ビデオもそれぞれユニークな取り組みを行っています。他のSVOD(定額制動画配信サービス)はどのくらい意識していますか?


岩崎P:正直、かなり意識してます(笑)。いずれも世界的に成功を収めている巨大な競争相手なので、同じ土俵で戦う緊張感は常にあります。それぞれ優れたユーザーインタフェースを持っていますし、日本のマーケットもよく研究しているため、そこから私たちが学ぶことも多いです。熾烈な競争の中で、日本テレビと関係性のあるHuluにしか出来ないコンテンツ配信を追求しなければと思います。


ーーHuluはオリジナルコンテンツのクオリティも高いですが、他にもドラマの見逃し配信や海外ドラマのリアルタイム放送なども強みですよね。


岩崎P:海外ドラマであれば、『ウォーキングデッド』や『ゲーム・オブ・スローンズ』という二本柱があって、FOX作品のリニア配信も好評をいただいております。日本の作品であれば最近は『東京タラレバ娘』が群を抜いて人気があります。その中に、オリジナルドラマの『銭形警部』や配信向けに作った『住住』などがラインナップされている。ユーザーには、バランスよく楽しんでいただけているかと。当然のことですが、ユーザーには旬な作品が見たい、世間で話題になっているものを一緒に楽しみたいという思いがあると思います。そういう意味では、他のSVOD以上に“旬な感じ”は出していきたいと思っています。


ーー地上波ドラマのスピンオフや特別版の配信も増えていますね。


岩崎P:Huluでしか見れないものを作りたいというのが一番の理由ですが、配信の環境はテレビ側にとっても、新しい作品を打ち出す良い場所になっていると思います。例えば『住住』のようなシットコムは、本来の地上波放送の論理だと製作するのが難しいです。ドラマはバラエティ番組よりも製作費が高くつきますし、視聴率の低い深夜にそこまで投資するのはなかなかリスキーです。でも、Huluのために作るとなれば話は別です。配信は製作面でも自由度が高いですし、局のクリエイターにとっても世界を広げるチャンスになっていると思います。


ーーSVODの認知度も高まっていると思います。サービスが始まった頃と比べ、どんな変化を感じていますか?


岩崎P:Huluがサービスを開始した時は競争相手が少なかったので、その頃と比べればビジネスの状況も変化していると思います。SVODにとっての黎明期ですし、それぞれ鉱脈を探りながらコンテンツを製作している。ただ、Huluとしてやりたいことは変わっていないです。各社とも面白い作品を生み出していると思いますが、まだまだ日本全体に届いていない部分はあると思うので、これから先も日本のお客さんが観たいと思う作品を製作し、Huluを通してより多くの人々に届けていきたいです。


ーーHuluとしては、今後どのようなビジョンを持っているのですか?


岩崎P:まだまだ配信でオリジナル作品を作るためのルールが整っていないと感じています。初めての課題を一つずつ乗り越えながらの製作になるので、今はひとつの作品を作るのに膨大なカロリーを消費します。その中で恒常的にオリジナルコンテンツを生み出せるようになっていきたいですし、シリーズ化できるような作品も作りたいと考えています。たとえば、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』はHuluでもものすごい人気なんです。それに『HiGH&LOW』シリーズもコンテンツブランドを作った作品だと思います。どんな名シリーズもスタートは同じだったと思いますので、Huluの中でひとつのコンテンツを中長期的に育てて、「Huluといえばこれだよね」と言ってもらえるようなオリジナル作品を作ることが目標です。そのためにも、まずは『銭形警部』を盛り上げていきたいですね。(泉夏音)