「うつヌケ」(角川書店)は、鬱の暗いトンネルを抜けた人たちの体験を描いたノンフィクション漫画です。著者の田中圭一さん自身が、10年ものあいだ絶望的な鬱に悩まされ、ある日ふとしたきっかけで快方へ向かう様子などが紹介されています。
現代は、精神疾患で医療機関にかかる人の数は300万人以上、なかでも一番多いのは「うつ病」で、およそ100万人にも及ぶとのデータもあります。(厚労省「H23年精神疾患のデータ」)
鬱は誰でもかかる恐れがあり、放っておけば死の危険がある深刻な病。そのことは知っていたつもりでも、本書によって改めてそれを教えられました。今現在鬱に悩まされている人はもちろん、周囲に鬱の人や鬱になりそうな人がいる…という方にも、ぜひ読んでもらいたい一冊です。(文:篠原みつき)
「自分をキライになる」という状況が、一番いけない
田中さん自身を含め17人の体験談(と精神科医の意見)は、プログラマーやゲーム開発者、教師やロック歌手など様々です。各話とも長編漫画に出来そうなドラマチックな人生を、要点を整理して次々に手際よく読ませてくれます。
鬱ではない人が読むと、絵の説得力で理解が深まることは間違いありません。風景すべてが色を無くし、真っ黒いドロドロした正体不明のナニモノかが襲ってくる様子は、言葉で「つらい、苦しい。起きられない」と言われるよりも何倍も、どん底の精神状態を伝えてきます。
登場する人々は、それぞれに違う原因やきっかけで鬱になりますが、並べて見ることで共通点が浮き彫りにされます。例えば、田中さんと同じように「向いていない仕事を心にフタをして無理にやりつづけた」結果、自分も他人も追い込んでしまった小説家の宮内悠介さん。
プログラマーとして働きながら深夜まで小説を書く日々を送っていましたが、みんなの職場環境をよくしたいと管理者を自ら買って出たのが鬱になるきっかけでした。実は宮内さんの性格はマネージャーに全く向いていなかったのです。そこに外的な要因も加わってどんどん追い込まれ、とうとう原因不明の「体がまったく動かない!」という状態に。
宮内さんを追い込んだのは、プログラマーと小説書きの過重労働ではありません。自分にとって過剰なストレスのかかる仕事を無理に頑張り、結局うまくいかず自信を喪失するという悪循環でした。田中さんは、自分の経験からも「自分をキライになることが一番いけない」と強調しています。
うつヌケに必要なプロセス…それぞれの方法で自己愛を取り戻す
一方で、鬱を抜けるために必要なプロセスも、共通項として見えてきます。「健全な自己愛を取り戻す」ということです。登場する多くの人が、その人が抱える根元的な理由に向き合うことで、トンネルを抜けていました。それは、若くて仕事も実績も何もないという人にも当てはまると思います。
ただ、方法やきっかけは人それぞれ。田中さんは誠実に、医者ではないから断言はできないとして、自分の方法が絶対とは言いません。これを読めば直ちに治るというものでもないのです。
自身は薬に頼らない身体コントロール法で快癒していくのですが、医者が処方する薬を信じてほしいという話も真剣に聞き、読者にもそれを諭します。それぞれが自分に合う方法を見つけ、たった一人でも鬱を抜ける助けになりたいという思いで本書を書き上げた、田中さんらしい姿勢です。
また、鬱は本人も苦しいですが周囲の人間も苦しみます。対応を間違えば更に追い詰めることにもなり、かといって放ってもおけず難しい。ここに登場する人たちは、結果的に家族がうまく関わってトンネルを抜けられたケースが多く、ひとつの参考になります。
家族だけでなく、医者やアイドルなど、その人にとって信じられる、支えになるような人が現れるかどうかも、ひとつの助けとして大きいようです。鬱は病気なので医学で治すことは勿論なのですが、他者によって癒されるというエピソードはやはり胸を打たれるものがありました。
事態を客観的に見て、重症化を防ぐためにも
鬱は近年増える傾向にあり、自殺の原因としても問題視されています。私の知人にも、鬱で会社を突然休職した人たちが数人います。誰にとっても他人事ではありません。
鬱になりそうな危険を、自分も含め身近な人にも感じる方は、ぜひ読んでいただきたい。事態を客観的に見て重症にならないようにするヒントが、この本から見つけられると思います。