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映画館をミュージカル劇場に!? 立川シネマシティ『ラ・ラ・ランド』上映の挑戦

2017年02月25日 10:13  リアルサウンド

リアルサウンド

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 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第13回は“シネコンのキュレーション”実践編。


参考:映画館で映画以外のコンテンツを上映するのはアリ? “ハイパーローカル興行”という鉱脈


 この連載の第2回で“シネコンのキュレーション”というテーマで書かせてもらいましたが、口で言っているだけでは現場を担う人間としては失格ですので、実際にこれから行うことについて書こうと思います。


 今回僕が自分の趣味を丸出しつつ、たくさんの映画ファン、音楽ファンに自信を持ってお贈りする企画がミュージカル、音楽映画の特集上映、題して「ミュージカル劇場宣言!」です。
 
 まず2月24日(金)からスタートを切ったのは世界中の映画賞を獲得しまくっている『ラ・ラ・ランド』。女優を夢見る女と、ジャズピアニストを夢見る男の恋物語。このストーリーのクラッシックな王道感がウケている理由のひとつでしょうね。


 映画におけるミュージカルというジャンルは、ハリウッドの黄金期が終焉を迎えてからは、『サウンド・オブ・ミュージック』や『ウエストサイド物語』の頃より社会性を盛り込んだりとか、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のように環境音のリズムが導入になって主人公の妄想でミュージカルシーンが展開するとか、ドラマ『Glee』のようにヒットソングをつないだりとか、いろいろひねったりこねくりまわしたりして新しいスタイルを作ってきたわけです。


 ところが「ラ・ラ・ランド」は、クエンティン・タランティーノ監督が自分の好きな映画たちの好きなところを寄せ集めてひとつに仕立てたように、往年のMGM作品やフレンチミュージカルからストレートにエッセンスを抽出した映像と音楽と物語なのです。恋と夢と音楽と。「そうそう、ミュージカルはこれでいいんだ」と思うミュージカルファンも多いのではないでしょうか。


 さて、キュレーションの話に戻りましょう。『ラ・ラ・ランド』を皮切りに、今春は立て続けに大型のミュージカル映画、音楽映画が公開されます。次に始まるのは3月10日(金)からのディズニーアニメ『モアナと伝説の海』。ハワイ版『アナと雪の女王』を思わせるミュージカル仕立てで、歌われる歌は、大きな話題になったブロードウェイミュージカル「ハミルトン」の作曲家が手がけています。すでにアメリカでは高い評価を得て大ヒット、主題歌“How Far I'll Go”はアカデミー賞にノミネートされています。


 そしてその翌週3月17日(金)からは『SING/シング』です。こちらは『ミニオンズ』を作ったイルミネーション・エンターテインメントという制作会社の新作アニメーション。つぶれかけの劇場が再起を賭けて歌のオーディション企画を開催するという物語で、ビートルズからレディ・ガガまで新旧のヒットソングが山盛りに歌われるというのが売り。


 そして間違いなく日本でも大きなヒットになるであろう、『美女と野獣』が4月21日(金)から。もはやクラッシックの冠がふさわしい傑作アニメ『美女と野獣』の実写化で、オリジナルで使われたアラン・メンケンのミュージカルナンバーはそのままに、新曲も追加されるとか。プリンセスのベル役にハーマイオニーちゃんこと、エマ・ワトソン。監督に『ドリームガールズ』のビル・コンドンという強力な布陣ですからこれは期待せざるを得ません。


 この音楽系映画公開ラッシュを活かさない手はない、と考えたわけです。しかもいずれも大きなヒットが見込める作品ばかり。これは絶好のキュレーションチャンス到来です。僕の今回の挑戦は、大きめの器にいろいろ盛り付けて、それぞれを単品で売るよりもより大きな話題性を獲得し、複数本を観ていただくことで音楽映画の、胸が躍る歓喜を増幅することです。つまり“フェス化”です。


 フェスのスケールをもっと拡大するために、旧作の上映も混ぜ込みます。まずは『ラ・ラ・ランド』の監督の前作『セッション』のリバイバルです。公開当時もシネマシティの独自企画、音響家に依頼してその作品をこの劇場で上映するのに最適な音に音響調整してもらって上映する【極上音響上映】を行い、380席の最大劇場で満席を連発しましたが、今回は当時より飛躍的に音響設備が良くなっているので、よりスリリングな音楽体験を味わってもらえるという趣向です。音楽によるケンカバトルのような『セッション』と、うってかわって直球恋愛モノの『ラ・ラ・ランド』を併せて観ることで、若きスター監督デイミアン・チャゼルの作家性が見えてくるかもしれない、という提案でもあります。


 この他にも4本を用意しています。ですが、まだタイトルはシークレットです。段階的に発表することで、企画のフレッシュさを維持していくという戦略と、他の作品のヒット具合をみつつ公開タイミングを図るという理由からです。バラエティに富んだラインナップにしてあります。
 
 この企画、音楽系作品の特集上映、というレッテルだけで眺めると、よくあるもののようですが、これわかる人には、なかなかに前代未聞な企画だぞ、と気づいていただけるかと思います。


 今企画「ミュージカル劇場宣言!」に並ぶ新作は、それぞれに配給会社が別なのです。『ラ・ラ・ランド』はGAGA、『モアナと伝説の海』『美女と野獣』はディズニー、『SING/シング』は東宝東和です。それぞれに大きなヒットが見込める会社のシーズン看板作品を、他社の作品と勝手にまとめられて快くはないことでしょう。これは異例なことなのです。各配給会社様には今企画のことをご理解いただき、ご協力いただいたことに深く感謝しています。1本1本を大切に上映し、必ずや成果をあげます。


 加えて、ここに旧作も混じるわけです。旧作の特集上映、といえば一般的には名画座やミニシアターの得意分野です。ですが、それはどうしても熱心な映画ファンに向けてのものになります。映画館に年に数回足を運ぶかどうかという方には、上映をするという情報を届けるのもなかなか難しいでしょう。すでにソフト化やネット配信、テレビ放映されている作品なわけですから、劇場に足を運んでもらうのはなおのこと困難なことです。年に数回の方たちのほとんどは、映画館に行くならば近くのシネコン(あるいはシネコン的な劇場)であるのが現状だと思います。名画座やミニシアターで大型の新作が上映されることはまずありませんので。


 大型の新作数本と、旧作数本を混ぜ合わせた上映企画を立てることが出来るのは、シネコンだけでしょう。そしてそのことで、年に数回映画館に足を運ぶライトな映画ファンの鑑賞回数をもう1回、欲を言えばもう2、3回増やせるかも知れません。公開を終了した作品が再び映画館で上映されることがある、ということ自体をご存じない方もいらっしゃると思うのです。まずは入るハードルの低いシネコンで、すでに家庭で安くて手軽に観られる映画でも、時間もコストも掛けて映画館で観ると感動の量が違うよ、ということを知ってもらうことは大きいはずです。


 きっかけは世の中に広く宣伝される大型新作を観に来ていただいて、そこで感情が高まっているところに、旧作の同型作品、関連作品をおすすめして、“すでに観たことがある映画でも映画館で観る楽しみ”を知っていただく。併せて観ることで理解や感動が深まることがあることを知っていただく。それが“シネコンだけに出来る”キュレーションだと僕は考えます。


 そしてこれをきっかけに名画座やミニシアターにも足を運んでもらえるようになったら、映画ファン冥利につきます。誰もがタイトルを知っている新作映画以外にも、最高に楽しくて、最高にせつなくて、最高にカッコよくて、最高に美しい映画がどれほどたくさんあることか! 


 語らせたら、1週間は寝かせないぜ。自分の企画で“映画を映画館で観るファン”を作る。そんな夢みたいなこと本当に出来るかどうか、とにかくまずは挑戦です。初夏には良い報告ができるといいのですが…さて、どうなることやら。
 
 You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)(遠山武志)