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向井太一 × iriが語る、ポップスとR&B/HIPHOPが接近した世代観「フロウの感覚に近さがある」

2017年02月23日 19:13  リアルサウンド

リアルサウンド

向井太一 × iri(撮影=松木宏祐)

 スペースシャワーTVが主催し、3月3日~7日にわたって開催される「都市と音楽の未来」をテーマにした音楽とカルチャーの祭典『TOKYO MUSIC ODYSSEY 2017』。中でも3月5日に渋谷WWW Xで開催されるライブイベント『NEW FORCE』は、2017年期待の新人アーティストによるショウケース。事前に発表された今年注目のアーティスト10組(iri/saucy dog/SIX LOUNGE/Shuns‘ke G & The Peas/ドミコ/For Tracy Hyde/向井太一/YAJICO GIRL/ReN/The Wisely Brothers)の中から5組が出演して熱演を繰り広げる。今回はその中でも、類まれな歌声とモダンなプロダクションを武器にソウル・ミュージックを更新する向井太一とiriの2人に集まってもらい、お互いの音楽の魅力や同世代ならではの話、そして2人の音楽が生まれる場所について語ってもらった。(杉山 仁)


(関連記事:渋谷の街で音楽とカルチャーはどう育まれる? 『TOKYO MUSIC ODYSSEY 』プロデューサーインタビュー


・「両親や兄弟の影響でボビー・ブラウンを聴いた」(向井太一)


――今回2人が出演するライブシリーズ『NEW FORCE』には、去年で言うとSuchmosやDAOKO、never young beach、Mrs. GREEN APPLE、LILI LIMIT、ぼくのりりっくのぼうよみなどが選ばれています。まずはこの企画に選出された感想を教えてもらえますか?


iri:それはもう……とても嬉しかったです。


向井太一(以下向井):選ばれている人たちも共感できる人たちで、僕もすごく嬉しかったです。ドミコとは共演したこともあり(2016年10月の『exPoP!!!!!』)、そのときに観たライブもめちゃくちゃよかったんです。やっている音楽のジャンルは自分とは全然違いますけど、いい意味での“えぐみ”があって、ロウが強い演奏でかっこよかったです。


iri:私はShuns‘ke Gくんとはライブで共演したことがありますね。音楽自体はもちろんなんですが、ライブがかなりいいアーティストなんですよ。


向井:そして、僕は特にiriちゃんの音楽が好きです。これはもう色々なところで言い過ぎているんですけど……(笑)。


iri:(笑)。私もこの間、スペースシャワーTVに出演したときに、(最近好きなアーティストを訊かれて)「向井太一くん」と話したところですよ。


――まさに相思相愛という感じですね。2人の関わり合いというと、以前向井さんが主催したイベントにiriさんが出演したことがあるそうですね?


向井:それが最初に知り合ったきっかけです。昨年の6月だったと思います。僕は(iri『会いたいわ/ナイトグルーヴ』などのアートワークを担当する)kyneさんのイラストが好きで、そこからiriちゃんを知ってオファーをしました。


iri:でも、そのときはゆっくり話せなかったんです。ライブのあと、音源を聴いてハマって、さらにうちの母親もハマって……(笑)。


向井:おお、めちゃくちゃ嬉しいです(笑)。


――お互いの音楽にどんな魅力を感じますか?


向井:僕はまず「声」に惹かれました。iriちゃんは歌が(技術的に)上手いだけではないボーカリストだと思うんですよ。以前はギター一本でライブをやっていたこともあって、より声が印象に残ったのかもしれないですね。歌声を聴いた瞬間に度肝を抜かれました。


iri:私もまさに同じで、向井くんの「声」がいいと思いました。同世代の男性アーティストでどストライクな声の人はなかなかいなかったんですが、向井くんは声もすごいし、トラックもかっこいい。


向井:あと、iriちゃんのボーカルはちょっとラップっぽくなることがありますよね。僕は曲作りのときに、ループしたトラックに即興で歌を加えていくんですけど、そのフロウの感覚にすごく近いものを感じます。あと、時々レゲエっぽくなる曲もありますよね。僕も曲作りのときはレゲエに寄ることが多いので、そういう意味でも勝手に親近感を感じます。


――向井さんは両親がレゲエを聴いている環境で育ったそうですね。iriさんも幼少期から音楽好きの家庭に生まれたんですか?


iri:うちはそうでもなかったですよ。母親が音楽好きでボサノヴァはよく家でかかっていましたけど、それに影響を受けて音楽を沢山聴いていたというわけでもなかったんです。


向井:へえ。iriちゃんはてっきり小さい頃から色んな音楽を聴いてきたんだろうと思っていました。どうやったらそんな声になるんだろう……!


――2人ともブラック・ミュージックの要素を大切にしているという意味ではとても近い雰囲気がありますが、お互いソウルやR&Bに触れたきっかけはどんなものだったんですか?


iri:聴いてきた曲はかなりかぶっていそうですね(笑)。私の場合、小学校5年生の頃からダンスをやっていたんですよ。曲名までは知らなかったけれど音楽に合わせて踊っていて、そこから次第に曲自体に興味を持つようになりました。ダンスのときに流れていたのは、ニーヨだったと思います。それからアリシア・キーズがグラミー賞の授賞式で披露した「If I Ain't Got You」のパフォーマンス映像を見て、本当に衝撃を受けて……。女性でパワフルな歌声を出している姿がかっこよくて、最初に観たときは涙が出ました。


――2005年のパフォーマンスですね。ピアノの弾き語りと歌だけで観客の心をかっさらっていく凄まじい演奏でした。


向井:ああ! 僕も観てます。


iri:その影響もあり、私はもともとアリシア・キーズみたいに歌い上げるタイプのシンガーに憧れていたんです。でも、だんだんヒップホップも好きになってきて、(ヒップホップ的な)言葉遊びをしながら、同時に(R&B的な)ソウルフルな歌い方もするようになったんですよ。


向井:僕は両親や兄弟の影響でボビー・ブラウンを聴いたのが最初でした。なので、(ニュー・ジャック・スウィングの大袈裟な)シンセの音を聴くと今でもピクッとなります(笑)。ブラック・ミュージックに最初に触れたのはきっと、母親のお腹の中にいるときですね。


・「言葉遊びが面白いと思ったのは、七尾旅人さんや向井秀徳さんがきっかけ」(iri)


――2人は物心がついた頃からヒップホップやR&Bがポップ・シーンの中で大きな存在感を持っていた世代でもありますよね。R&Bはポップ・ミュージックの中でも近い存在という感覚だったと思いますか? 


向井:でも、僕が学生のときはロック・バンドの方が圧倒的に人気がありました。ただ、J-POPの中にもR&Bの要素が入っているものが多かったような気がします。日本でもヒップホップやR&Bをやられてきた方がすでに沢山いて、その要素がJ-POPにもどんどん入っていったというか。


iri:R&Bを聴いている子は、私の周りにもあまりいなかったです。やっぱりロックやJ-POPを聴いている子の方が多かったし。それに私の場合、別にソウルやR&Bを目指していたわけではなかったんです。PUSHIMさんやCOMA-CHIさん、男性だったら久保田利伸さんのようなJ-POPも聴いたりしていたので。


向井:やっぱり、iriちゃんは根本的にブラック・ミュージックの要素があるものが好きなんですね。僕で言うと、ポップ・ミュージックといえば坂本九さんのような音楽も好きで聴いていました。でも、日本のアーティストで一番影響を受けたのは宇多田ヒカルさん。僕は初期のファストなR&Bも好きですが、「光」のように別のジャンルの要素も混ざっているタイプの曲が特に好きで、宇多田さんからは言葉の使い方も影響を受けました。最新EPの『24』は、意識的に日本語詞の魅力を追究した部分もあるんです。(答えをはっきりと言わずに)聴き手が汲み取るという、日本人独特の感覚を大切にしました。


――iriさんも言葉の響きにこだわって作詞をしている印象がありますね。狙っているのかどうかは分かりませんが、たとえば、<夜が迫る/夜が迫る>という歌詞に続いてクラブでの一夜が歌われる「半疑じゃない」では、サビの<半疑じゃない>という歌詞が「hanging out at night」に聞こえたりと、どこか英語っぽい雰囲気の言い回しが多く出てきます。


iri:あっ、英語っぽく聞こえますか?(笑)。私は曲を作るときはギターで作ることが多いんですけど、即興でループを作って、そこに適当に乗せたフレーズをそのまま残したりするんです。それが英語っぽく聴こえる理由なのかもしれないですね。自分でも「半疑じゃない」ってどういうことか分からないんですよ。でも、なんか「いいな」って。


――2人はどんなときに曲ができることが多いんですか?


iri:それは自分でもすごく不思議なんです。「あっ、書ける」と思っていきなりパッとできるときもあるし、そうじゃないときもあるし。


向井:僕はレコーディングの途中でメロディがガラッと変わったりもします。


iri:すごい。私はメロディは最初に思いついたものから変わらないことが多いですね。


向井:ラッパーの人はリリックとメロディが一緒に出てくることがありますけど、iriちゃんの場合はその感覚に近いんですかね?


iri:そうなんですかね? でも私の場合、最初に言葉遊びが面白いと思ったのは、七尾旅人さんや向井秀徳さんなんです。ギターを片手に淡々と語るように歌うスタイルに憧れて、その頃から弾き語りで歌うことをはじめたぐらいで。歌詞については、私はしゃべるのが苦手なので、曲の中で自分が伝えたいことを表現することが多いです。自分でも歌詞カードを見ながら「これって私が書いたんだ」ってビックリすることがあるんですよ(笑)。


――お互いに作詞作曲を担当しつつ、それをトラックメイカーと楽曲に仕上げていますが、この作業はどんな風に進んでいくんですか? 向井さんはyahyelやstarRoさん、grooveman Spotさんと、iriさんはケンモチヒデフミさん(水曜日のカンパネラ)やmabanuaさん、Drianさんと共作しています。


向井:僕は音楽的な専門用語にそれほど詳しくないので、自分でベースを作った後に、トラックを作ってくれる方々にものすごくアバウトな形で伝えていくんです。本当に大変だと思うんですけど、たとえば、『24』に入っている「SLOW DOWN」のサビ前のリフでは「風呂場で桶を落としたような音を入れてほしい」とか、そんな風に伝えて作業を進めていく感じなんです。


iri:私も近い感覚ですね。最初のベースを用意して、「ここに『シャシャシャシャ』っていう音を入れてください」という感じで(笑)。


向井:僕は最初、iriちゃんは弾き語りの人だというイメージだったので、『Groove it』(1stアルバム)を聴いたときは度肝を抜かれました。クレジットを見たら参加メンバーも「うわぁ!」と思って。


iri:ケンモチヒデフミさんなどはそのタイミングで紹介していただき、残りの半分の曲はもとからの知り合いにお願いしました。たとえば「ナイトグルーヴ」は、曲が出来た時点で「この曲はmabanuaさんにお願いしたい」と思ったり。曲のイメージに合う人に、トラックをお願いさせていただきました。


向井:僕は、yahyelはライブを観て「いいな」と思ってすぐにオファーをしたんですが、そうやって「自分の好きな人たち」にお願いしました。starRoさんはLAに住んでいるので、日本に来ているときにセッションをして、その後はデータでやりとりをするという進め方です。僕の場合は「空間が作れる」「立体感のあるサウンドを鳴らせる」人を探していたと思います。yahyelのトラックなんて、まさにそうですよね。ライブでもみんなが息を呑むのが分かる。もちろん歌が第一で、歌モノを作りたいという気持ちは強いんですけど、僕は好きなものがどんどん変わっていく人間なんです。だから、音楽面では常に自由でありつつ、「伝える」ことを考えていきます。トラック以外にも、MVやアートワークを考えて、トータルで表現したいという気持ちは強いかもしれないです。


iri:へえ、私は歌うこと以外はあまり考えてないかもしれないですね。


・「自分が作る音楽もひとつのジャンルには当てはまらない」(iri)


――向井さんのトラックはどこかジェイムス・ブレイクやFKAツイッグス的というか、かなり奇抜なプロダクションに仕上がっている印象がありますね。一方のiriさんは、向井さんに比べるとよりグルーヴを重視している印象で。ちなみに、お互いに聞いてみたいことはありますか?


向井:今ハマっている曲は何ですか?


iri:それ絶対訊かれると思いました(笑)。最近はソン(SOHN)の新作『Rennen』を聴いていましたね。すごくよかったです。


向井:ああ、最高ですよね。僕はファーストの『Tremors』もすごく好きです。でも、iriちゃんが好きなのはちょっと意外な感じもする。


iri:(笑)。あと、この間改めて聴いていいなと思ったのはベン・ハワードとか。弾き語りですけどね。


――向井さんが最近聴いている音楽というと?


向井:以前はFKAツイッグスのようなものを聴いていましたけど、最近はよりブラック・ミュージックの王道に戻ってきているんです。たとえば、ケラーニのアルバムはよく聴いていますね。トラップの要素もあって、でもどこか懐かしい王道のR&Bの雰囲気もある。歌の力がある作品だと思うんです。それにビジュアルもすごく好きですね。今一番来日してほしいアーティストです。以前FKAツイッグスにハマっていたのはちょうど自分が作詞作曲をはじめた頃で、「プロダクションをどんな風にしよう?」ということにアンテナを張っていた部分もあったと思います。でも今は、もっと歌に重きを置いた人を聴くようになっていますね。最近はエイミー・ワインハウスも改めて聴いていますし。


iri:エイミー・ワインハウスはいいですよね。私も大好きです。


向井:すごく好きそう(笑)。エイミー・ワインハウスもiriちゃんも、ジャズやヒップホップのテイストが共通しているし、何よりスモーキーな声が似ていると思います。僕の場合は、音楽だけじゃなくて「ビジュアルがいい」ということも重要です。ただ、僕自身はR&Bが好きだからといって、R&Bっぽいファッションをするわけではないんですけどね。


――実際、向井さんのファッションにはクロい要素がまったく感じられませんね。


向井:(笑)。たぶん、今ってどんどんそういう時代になっていると思うんです。昔はヒップホップならヒップホップっぽい恰好をしていたり、R&BならR&Bっぽい恰好をしていたと思うんですけど、今ってそれがないというか。


iri:すごく自由な感じがしますよね。ラッパーでも、カジュアルな人が多い。


向井:やっぱり、それってインターネットなどを通じて「クラブに行かなくてもヒップホップが聴ける/R&Bが聴ける」ようになったからかもしれないです。好きな曲を聴いて、好きな音楽を表現するときに、インターネットによって単純にその幅が広がっている人が増えたというか。「色んな音楽に触れようとしている」というより、時代の流れの中で「そういう人たちが沢山でてきている」という感覚なんじゃないかと思うんですよ。


――実際、向井さんやiriさんの世代の人たちは、小さい頃からインターネットを通して年代や国、ジャンルを問わない様々な情報に触れてきた人たちなんじゃないかと思います。


iri:そうですね。結局「いいものはいい」ということだと思うんですよ。たとえば、ひとつのアルバムでも「私はこの曲だけ好き」ということもあるし、好きな音楽は色々あってひとつには絞れないし。だから、自分が作る音楽も何かひとつのジャンルに当てはまるものではなくなっているのかなと思うんです。


――3月5日には渋谷WWW Xに向井さんとiriさん、そしてドミコ、For Tracy Hyde、The Wisely Brothersの5組が集まって『TOKYO MUSIC ODYSSEY 2017 NEW FORCE』が開催されます。2人がライブで大切にしているのはどんなことですか? また、当日に向けてどんなことを考えていますか。


向井:僕はライブでは「言葉を伝える」ということを大切にしています。『24』では王道のR&Bからは少し外れたことをやったので、逆に心に引っかかるような、突き刺さるようなものを表現したいと思うんです。昔は力を入れ過ぎていたんですが、ちょっと力が抜けるようになってきて今は楽しんでライブがやれていると思いますね。当日は僕のライブを観たことのない人も多いと思うので、自分のファンの人以外にも、何か印象に残って帰ってもらえるようなライブにしたい。そして作品の世界観をしっかりと届けたいです。


iri:私はもともと弾き語りでライブをしていたので、トラックに乗せてハンドマイクで歌うという意味ではライブのやり方が昔とは大きく変わりました。ライブでは、歌詞を書いたときにイメージしていた曲の世界観を、その場に持ってくることを意識していますね。今回はみんなニューカマーということで、初めて観てくれる人が多いと思うので、そういう人にも楽しんでもらえるようなライブができたらいいなと思っています。


(取材・文=杉山 仁)


■イベント情報
『SPACE SHOWER NEW FORCE』
2017年3月5日(日)東京都 WWW X
OPEN 17:00/START 18:00
<出演者>
iri、ドミコ、For Tracy Hyde、向井太一、The Wisely Brothers
<チケット>
¥1,000(NEW FORCE CDコンピレーション付、税込・ドリンク代別途)