2017年02月21日 10:33 弁護士ドットコム
ビートルズの元メンバー、ポール・マッカートニー氏が1月18日、ソニーの子会社が所有するビートルズ楽曲の著作権返還を求め、米ニューヨークの連邦裁判所に訴えを起こした。
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報道によると、マッカートニー氏が求めているのは、音楽出版会社「ソニー/ATV」が保有する「レット・イット・ビー」「イエスタデイ」など、およそ270曲の著作権。米国の著作権法の規定に基づき、2018年以降順次、著作権が原作者に返還されるべきだと主張している。
一体、アメリカの著作権はどのような仕組みなのだろうか。また、仮に返還されるとして、ビートルズというグループの著作権はどこに帰属するのだろうか。唐津真美弁護士に聞いた。
この訴訟におけるポール・マッカートニー側の主張を理解するためには、米国著作権法の歴史や、米国著作権法における「移転の終了」に関する規定について理解する必要があります。ここではまず、米国著作権法の歴史を説明しましょう。
この訴訟の対象となっている楽曲は、1960年代から1970年代前半にかけて、ポール・マッカートニーが単独で、またはビートルズの他のメンバーと共に創作した楽曲です。
楽曲が制作された当時に、米国で効力があった著作権法は、1909年著作権法でした。1909年著作権法では、著作権法の保護期間は、著作物の発行日から28年間とされ(第1期)、28年目に著作権者が保護期間更新の手続をすると、更新後さらに28年間の保護が与えられていました(第2期)。
その後、現行法である1976年著作権法が制定されました。1976年著作権法では、更新後の保護期間(第2期)が、28年間から47年間へ延長されたため、計75年間となりました。1976年著作権法は、その後も保護期間の延長など何度も改正を重ねています。
今回ポール・マッカートニーがソニー/ATVに対して著作権の返還を求めている根拠は、1976年著作権法の中にあります。
この法律の第304条(c)項は、本項が定める「終了権」について規定しています。「終了権」とは、1978年1月1日に最初の保護期間または更新期間が存続している著作権について、著作者が1978年1月1日より前に、権利を移転した場合や、使用許諾を付与した場合、著作者やその承継人はこの権利付与を終了させることができる、つまり著作権を取り戻せるという権利です(実際の規定はもっと複雑なので概要だけ説明しています)。
当時の立法資料によれば、この規定の背景には、延長された保護期間は新しい財産権であり、たまたま延長前に権利の譲渡や付与を受けた者ではなく、本来の受益者である著作者やその相続人に保護期間延長の利益を受けさせるべきだ、という発想があるようです。
ポール・マッカートニーは、音楽出版社との契約に基づいて楽曲の著作権を音楽出版社に譲渡しています。そして、音楽出版社が取得した権利を、今回の被告になっているソニー/ATVが承継したという経緯があります。
そこで、ポール・マッカートニーは、1976年著作権法の規定に従い、自分が音楽出版社に移転した著作権上の利益の付与を終了するという旨の通知をソニー/ATV に送ったのですが、ソニー/ATVがこれに対して異議を唱えたため今回の訴訟に至ったという事情のようです。
なお、対象楽曲の中には、ポール・マッカートニーが単独で創作した楽曲だけではなく、他のメンバーと共同で創作したものもあります。1976年著作権法では、共同著作物の著作者は著作権を共有しますが、複数の権利者がいても、自分の持ち分についてのみ権利移転を終了させることができますので、この点は問題ありません。
仮に、ポール・マッカートニーが他のメンバーやその遺族と共に権利移転を終了し、著作者の権利が2人以上の者に復帰する場合はどうなるのでしょうか。1976年著作権法には、著作者が死亡し、相続が発生した場合の終了権の持分について規定があり、その比例持分に応じて各メンバーとその遺族に権利が復帰することになります。
第303条(c)項が規定する終了権は、著作権が最初に確保された日から56年後(または1978年1月1日のうちいずれか遅い日)に始まる5年間に行使するものです。公表してから半世紀以上を経てもなお商品価値がある作品でなければ、今回のような紛争は起こらないでしょう。その意味で本件は、貴重な事例といえます。
ここでは割愛しますが、今回の紛争には、契約上の義務と終了権の関係や、類似事例についての英国判例との関係など様々な論点があり、今後の動向には目が離せません(なお、1978年1月1日以降にされた権利付与については、権利付与の35年後から5年間の間に終了させることができるという規定があります(第203条(a)(3)項))。
ここまでで述べたように、今回ポール・マッカートニーが根拠とした条文は、保護期間の延長に対応して設けられた規定ですが、実は、同じような状況は日本にもありました。
日本の旧著作権法は、数回の改正を経て、最終的に著作物の保護期間は原則として著作者の生存間及び死後38年間と規定していましたが、現行著作権法(1971年施行)は、保護期間を原則として著作者の生存間及び死後50年間と規定しています。
しかし、日本の著作権法には米国著作権法の終了権に相当するような規定はありません。日本においては、旧法下で著作権譲渡契約が締結されている場合、その後の法改正によって著作権保護期間が延長されたからといって、当初の保護期間満了時に著作権の返還を求めることはできないのです。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
唐津 真美(からつ・まみ)弁護士
弁護士・ニューヨーク州弁護士。アート・メディア・エンターテイメント業界の企業法務全般を主に取り扱う。特に著作権等の知的財産権及び国内外の契約交渉に関するアドバイス多数。東京簡易裁判所・司法委員、第一東京弁護士会仲裁センター・仲裁人、第一東京弁護士会・法教育委員会副委員長。
事務所名:高樹町法律事務所
事務所URL:http://www.takagicho.com