2017年02月18日 08:43 弁護士ドットコム
会社員とその家族にとっては、「転勤」は時に、人生を大いに揺るがす。子育てや親の介護の真っただ中にいる場合には、自身や配偶者の転勤により、離職を余儀なくされたり、単身赴任になることもあるからだ。厚生労働省は1月から、「転勤に関する雇用管理のポイント」(仮称)策定のための有識者研究会を開き、従業員を転勤させる際の留意点などを指針としてまとめる方針だ。
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この会合では、独立行政法人が昨年8月から9月に行った調査結果が明らかにされている。調査によれば、従業員300人以上の企業1852社のうち、引っ越しが必要な転勤をさせている企業は、61%にあたる1133社にのぼった。また、赴任する期間や時期などについて、定めていない企業は72%だった。
指針では、どのような取り決め、配慮することが望まれるだろうか。野澤裕昭弁護士に聞いた。
野澤弁護士は「何年間も長期の単身赴任が当たり前の現状は異常であり、早急な改革が求められます」と指摘する。そして、今回の指針作りの背景について、次のように指摘する。
「育児介護休業法(育介法)が施行されるまで、労働法や裁判例は、使用者は賃金を支払った以上、労働力をどう使うかは原則として『使用者の専権事項』という考え方を取っていました。しかし、育介法は企業の利益に偏重した考えを改め、家族や個人の利益を優先する思想を導入したのです。
未だに企業の利益に偏重した考えはなくなっていませんが、現在は、家族優先の方向に変えていこうとする流れがあります。転勤に関する厚労省の有識者研究会で転勤の際の指針を定める動きは、この流れの中のものです」
育児介護休業法では、転勤についてどのように定めているのだろうか。
「育児介護休業法(育介法)26条は、事業主に対し、労働者の配置に関して、『その就業場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない』(配慮義務)としています。
重症のアトピー性皮膚炎の子どもがいること、共稼ぎであることから、転勤命令は育介法26条に反しているとして、転勤命令を無効とした裁判例もあります。裁判所は、この裁判で『配慮義務』について、次のように見解を示しています。
『育児の負担がどのようなものであるか、これを回避するための方策はどのようなものがあるか、少なくとも当該労働者が配置転換を拒む態度を示しているときは、真摯に対応することを求めているものであり、既に配転命令を所与のものとして労働者に押し付けるような態度を一貫して取るような場合は、同条の趣旨に反し、配転命令が権利の濫用として無効になる』(平成14年、東京地裁『明治図書出版事件』)」
転勤命令を出す場合には、どのような配慮をするべきか。
「転勤(就業場所の変更を伴う配置転換)において、裁判例にもあるとおり、まず当該労働者に養育する子や介護を必要とする家族がいないか確認することです。子どもがいる場合には、労働者の要望を真摯に聞く必要があります。
また、配転に関する相談窓口を設置し、育児・介護と仕事の両立ができるような人員体制、設備を設けることが必要でしょう。転勤する場所や期間も労働者の利益に配慮して限定的に行うべきです」
共働き家庭の場合、一方の転勤によって、就業を諦めざるをえなくなるケースもある。この点についても配慮を求めることができるのか。
「育介法は、女性に育児介護の負担が押し付けられるのを防ぎ、女性が労働する機会を保障することも目的としています。労働者が共稼ぎの場合は、もう一方の配偶者の就労への影響にも配慮するべきです」
総合職は転勤あり、一般職は転勤なし、とする企業もあるようだ。
「総合職・一般職、正規と非正規で転勤の有無を分ける企業もありますが、疑問です。一見、労働者に転勤の選択権を与えて配慮しているように思えますが、総合職や正規労働者には配慮はいらないかのような誤解を与えます。また、労働者が人間である以上、家族優先の思想は就業形態いかんに関わらず同じであるべきだと思うからです。
繰り返しますが、何年間も長期の単身赴任が当たり前の現状は異常です。早急な改革が求められます」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
野澤 裕昭(のざわ・ひろあき)弁護士
野澤 裕昭(のざわ・ひろあき)弁護士
1954年、北海道生まれ。1987年に弁護士登録。東京を拠点に活動。取扱い案件は、民事事件一般、労働事件、相続・離婚等家事事件、刑事事件など。迅速かつ正確、ていねいをモットーとしている。趣味は映画、美術鑑賞、ゴルフなど。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/labor