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アデルは“無敗伝説”更新し、ビヨンセは“ディーバ”の実力見せたーーグラミー賞授賞式を観て

2017年02月16日 19:23  リアルサウンド

リアルサウンド

アデル『25』

 日本時間の2月13日午前、世界最大の音楽賞レースである第59回グラミー賞授賞式が開催された。今年も大きな見どころに溢れた授賞式となったが、何といっても歌姫・アデルの5冠奪取が一番の目玉だろう。2015年にリリースされた3rdアルバム『25』を引っさげ、最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、そして最優秀アルバム賞の主要部門を含む計5部門にノミネートされ、見事そのすべてのトロフィーを奪取した。また、アデルは2009年のグラミー賞では最優秀新人賞も獲得していることから、これまでにビッグ4と呼ばれる主要4部門すべてのトロフィーを獲得した稀有な女性アーティストとなったほか、アルバム『21』をリリースした後に開催された2012年のグラミー賞でもノミネートされた6部門すべてを受賞したため、アデルの“無敗伝説”はさらに伝説的なものとなった。


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 ただ、この結果に複雑な気持ちを抱いた者も少なからずいた。当人のアデルまでもだ。最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀アルバム賞ともに、アデルと肩を並べてノミネートされていたのがビヨンセである。2016年に彼女が発表したアルバム『Lemonade』は、重厚な映像美と多彩なサウンドにより、ビヨンセの徹底した美意識とメッセージ性が反映された作品であり、結果、今年のグラミー賞においても最多9部門でのノミネートを誇るほどだった。授賞式の最後、最優秀アルバム賞が発表され、アデルの手に5つ目のトロフィーが渡されると、彼女はスピーチで謝辞のあとにこう述べた。


「この賞をいただくことはできません。とてもありがたいけれど、とても恐れ多い。ビヨンセは私にとって人生最愛のアーティスト。そして『Lemonade』は不朽の作品です。あのアルバムを通して、あなたは心をむき出しにして、いつもは見せない部分までをも私たちに見せてくれた。私たちアーティストは皆、あなたを愛しているし、あなたは我々にとっての光なのです」


 アデルはその後、バックステージで「最優秀アルバム賞をゲットするために、これ以上ビヨンセは何をすればいいわけ?」とコメントし、ついにはトロフィーを真っ二つに割って片方をビヨンセに差し出したのだった。ただ、アデルの『25』はアメリカだけでおよそ1000万枚を売り上げているほどのモンスター・アルバムであり、対してビヨンセ『Lemonade』は現時点でまだ160万枚ほどの売り上げにしか達していない(もちろん、デジタル売り上げやストリーミング配信などの販売形態の違いによるギャップはある)。この数字だけをもってしても、アデルの『25』の方がより万人に届く強力なパワーを孕んだ作品だということが証明できよう。


 ただ、以下は筆者個人の見解に過ぎないのだが、不安定なトランプ政権誕生後のアメリカにおいて、すでに国内では特定の移民入国禁止措置であったり中絶助成廃止の動きが進んでいたりと、社会的弱者の人権が脅かされているとも言える状況である。そんな中、去年はひときわジェンダーや人種にまつわる諸問題を声高に歌い上げてきたビヨンセにこそ、トロフィーという最大のスポットライトが当たるのでは、と期待していた部分もある。先述のスピーチを述べたアデルだって、もしかしたら同じように感じていたかもしれない(無関係かもしれないが、アデルは衣装の胸元にレモンのピンバッジを付けていた!)。9つの部門にノミネートされたビヨンセが受賞したのは、最優秀ミュージック・ビデオ賞と、最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞の2部門にとどまった。このアデルとビヨンセの受賞結果に、グラミーの偏りを感じるのは筆者だけだろうか。


 とはいえ、世界最大の音楽の祭典であるグラミー賞授賞式である。ビターでコントロバーシャルな部分だけがフォーカスされるべきではない。この日、最も多くの人々を笑顔にしたのは最優秀新人賞に輝いたチャンス・ザ・ラッパーだろう。1993年にシカゴで生まれた彼は、これまでにミックステープと呼ばれる、ネット上で無料公開している音源しか発表していないラップ・アーティストだ。昨年、Apple Musicのみで無料公開した3作目のミックステープ『Coloring Book』が大反響を呼び、なんとグラミー賞の委員会までもが「これまでは有償の音楽ソフトのみを選考対象としていたが、今後は無料(もしくはストリーミング形式のみ)で発表された作品も対象内とする」とルールそのものを改めたほどだ。結果、チャンスは初めてのグラミー賞で計7部門にノミネートされ、最優秀新人賞、最優秀ラップ・パフォーマンス賞、最優秀ラップ・アルバム賞の3冠に輝くこととなった。授賞式で登壇したチャンスが発したのは、「これはすべてのインディー・アーティストに捧げるトロフィーだ!」という言葉。レコード会社にも所属せず、常にインディペンデントであり続けたチャンスが、新たな音楽の可能性を示した一夜でもあった。


 そして、多くのトロフィーを持ち帰ったといえば、2016年1月10日に逝去したデヴィッド・ボウイもまた、死してなおその名誉をグラミーの歴史に刻んだ。アルバム『★』が選考対象となったボウイは、最優秀ロック・ソング賞など計4冠に輝いた。そして、「Stressed Out」のヒットで知られ、今回、最優秀ポップ・デュオ&グループ賞を受賞したtwenty one pilotsは「昔、メンバーの家でグラミーの放送を見ていた時、みんなパンツ姿で見ていたんだ。その時から、いつかグラミーに出席して受賞することがあれば、パンツ姿で受賞してやろうと誓った」とコメントし、実際にズボンを脱ぎ下着姿でトロフィーを受け取ったというアツい瞬間を提供してくれた。


 グラミー賞受賞式といえば豪華なパフォーマンス群も見どころの一つ。今年は冒頭からアデル、そしてThe Weekndとスペシャル・ゲストのDaft Punkが登場し、エド・シーランや、Lukas Graham&ケルシー・バレリーニのマッシュアップ・ステージなどが続く中、終盤に登壇したチャンス・ザ・ラッパーは、アルバムにも参加していた従姉妹のニコール、カーク・フランクリンやタメラ・マンといった本格ゴスペル・シンガーたち、そして地元シカゴの子供たちからなるシカゴ・チルドレン・クワイアとともに、彼のルーツとも言えるゴスペルの要素をふんだんに取り入れたステージを作り上げ、グラミーの会場、いや、中継を観ている我々すべてを教会へと連れて行き、歓喜の歌を聴かせてくれた。


 先日のスーパーボウルのハーフタイム・ショウでも圧倒的なパフォーマンスを披露してくれたレディ・ガガは、なんとMETALLICAとのコラボ・ステージを披露。自身もメタリカTシャツに身を包み、ロックな出で立ちで「Moth Into Flame」を熱唱した。ただ、METALLICAのボーカル、ジェイムズ・ヘットフィールドのマイクの電源が入っていないという痛恨のミスが起こり、ガガが自分のマイクを共有する場面も。


 加えて、グラミーならではのトリビュート・ステージも、今年はより盛大に行われた。デミ・ロヴァートやアンドラ・デイらによるThe Bee Geesのトリビュート、そして、The Timeの演奏にブルーノ・マーズが参加したプリンスのトリビュート・ステージでは、プリンスそっくりの衣装や髪型を模したブルーノがとにかく完璧でエネルギッシュなパフォーマンスを見せた。


 一方、盛大なプリンス・トリビュートのステージとは対照的だったのが、アデルによるジョージ・マイケルのトリビュート・パフォーマンスだ。オーケストラの演奏をバックに一人でマイクの前に立つアデル、歌い始めてからしばらくした後「TVで中継しているのは分かっているけれど、彼のためにもこのまま歌い続けられない。もう一度、最初からやらせて下さい」と自ら遮り、観客の喝采を浴びながら再度歌い直すという異例のパフォーマンスとなった。


 そして、ことさら強くメッセージ性が込められたパフォーマンスも。先日、双子を妊娠したことを明らかにしたビヨンセは、多くの女性ダンサーやホログラムなども駆使し、ポエトリー・リーディングも挟みながら壮大なパフォーマンスを披露した。金色の衣装に身を包み、お腹のふくらみを強調したビヨンセはさながら女神のようであり、多くの女性を勇気付けるステージでもあった。


 昨年、18年ぶりの新作アルバムを発表したヒップホップ・グループのA Tribe Called Questは、優秀新人賞にノミネートされたアンダーソン・パックらとともに急逝したメンバーのファイフ・ドッグを追悼しつつ、アメリカ合衆国憲法前文の書き出しと同じフレーズである「We The People」を披露。この楽曲、フックの部分ではムスリムやゲイ、黒人といったマイノリティらに向けた箇所があり、まさに団結を表現する歌となっている。パフォーマンスの途中、バスタ・ライムスがコンシークエンスとともに「エージェント・オレンジ大統領よ、お前のムスリム政策は失敗したが、俺たちはこうやって団結しているんだ」と登壇したほか(オレンジはトランプ大統領を揶揄する際に使用されるフレーズ)、ステージ上にはあらゆる人種・性別・宗教のバックグラウンドを持つエキストラも登壇し、拳を突き上げながら「Resiset(抵抗せよ)!」とシャウトを送り続け、この一夜の中でも最も政治的メッセージに溢れたステージとなった。また、新曲「Chained to the Rhythm」を初披露したケイティ・ペリーは「PERSIST(主張)」と書かれた腕章を付けてパフォームし、最後は背景にATCQと同じく「We The People」で始まる憲法の一部を映し出し、ステージを後にした。


 他、司会のジェームス・コーデンがオープニングのモノローグで「ドナルド・トランプが大統領だ、次に何が起こるが予測不能」とラップで発言したり、プレゼンターとして登場したジェニファー・ロペスが「これまで以上に声を上げることが必要」と前置きして黒人女性作家のトニ・モリスンの言葉を引用したり、さらには性同一性障害を乗り越えて女優として活躍するラヴァーン・コックスが、トランスジェンダーへの理解を深めるスピーチを披露したりと、中庸すぎる気もする受賞結果とは裏腹に、随所にそれぞれの“主張“が溢れるグラミー授賞式となったのだった。(文=渡辺 志保)