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阿部真央の楽曲が支持される理由ーー新作『Babe.』で見せた、嘘のない“100の顔”

2017年02月15日 16:33  リアルサウンド

リアルサウンド

阿部真央

 「女は100の顔を持つ」なんて言うけれど……阿部真央の7thアルバム『Babe.』を聴いて、そんなことを思った。そう聞いて意外に思う人もいるかもしれない。10代で地元・大分に住んでいた頃から、シンガーソングライターとして頭角を現し、赤裸々な自らの体験を踏まえ、等身大の女の子を表現してきた彼女。その「噓のなさ」が、彼女が支持されてきた理由だから、「100の顔」なんて言うと、いろんなキャラクターを演じるようになったの? と勘違いをされてしまうかもしれないけれど……「噓のなさ」は相変わらずなのだ。あんな顔も、こんな顔も、全てが彼女の素顔。100の顔を持って生きていかなければならない、或いは生きていける、女のしなやかさやしたたかさを、こんなにも痛快にパッケージしたアルバムには、なかなか出会えない。『Babe.』、大傑作である。


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 『Babe.』というタイトルには、自身の出産や、作品を産み出すという意味が込められているという。前作『おっぱじめ!』から2年。彼女は出産や離婚といった、大きな大きな出来事を経験した。それは、タイトルだけではなく、楽曲に赤裸々に反映されている。とは言え、「母の慈愛に満ちた壮大な楽曲」や「離婚の痛みを叫んだエモーショナルな楽曲」といった、安直に想像できる楽曲はない。そういったねっとりとした重さより、ふわっとした軽やかさを、今作ははらんでいる。筆者自身も出産を経験しているからわかるのだが、「産む」と、何より身体的な意味ですっきりする。彼女は、今作を産むことで、とてもすっきりしたのではないだろうか。そして、これほどの出来事を経験した後、これだけ軽やかなポップアルバムを産み出した彼女に、改めてシンガーソングライターとしてのポテンシャルを感じさせられる。様々な歌声を出すスキル、様々な音楽性の引き出しがなければ、感情そのものをそのままずしんと差し出すアルバムになっていたことだろう。今作には、彼女の背景を知らずとも楽しめる、音楽的な豊かさがある。


 とてもバラエティに富んだ仕上がりだ。1曲目の「愛みたいなもの」では、ストリングスが響く演奏をバックに、J-POPのど真ん中に突き刺さるようなしっとりした歌声を披露。かと思ったら2曲目の「逝きそうなヒーローと糠に釘男」(タイトルも凄い!)は、イントロからドラムがドガドガと響き渡るハードロックで、情けない男を豪快に打ちのめす。そして5曲目の「母である為に」では、アコースティックギターにのせて、いつも子どもに聞かせているような優しい声で歌う。さらに、8曲目の「Hello,Brand New Days」では、軽快なビートとキラキラしたメロディで、とびっきり「女の子」なキュートな歌声を届けてくれる。あらゆる心境や状況の人に伝わるであろう今作からは、彼女のプロフェッショナルな精神が感じられる。とは言え、そういうタイプの作品は、芯にあるものがブレているように聴こえてきて「……で、このアーティストって、どんなアーティストなの?」と疑問が浮かんでしまうことも多々あるが、今作からはそんな疑問は感じなかった。それは前述したように、どの楽曲からも彼女の素顔が見えるからだ。


 大人になると、一つの顔だけでは生きていけなくなる。母となれば、なおさらだ。仕事をしていればピリリと戦う顔となり、うちに帰ればおどけて子どもを笑わせる。そして一人になれば、弱気になって涙を流す。その、どの顔にも嘘はない。阿部真央は、今作で、そんな母たち、大人たちを体現している。いろんな顔をして、いろんな感情を持って、たくましく生きていく――彼女が今作で見せる「100の顔」は、そんな大人のちょっぴり複雑で、だけど楽しい現実を、鮮やかに彩ってくれるのだ。


 正直に言うと、今作の全てに共感できるわけではない。筆者は彼女と「幼い一児を持つ、働く母」という大きな共通点があるが、それでも、だ。例えば「母である為に」には<兎にも角にもどうかそのまま/元気に歳を重ねて 無事母を看取って下さい>という一節があるが、筆者は、子どもには元気に歳を重ねて欲しいけれど、看取ってもらうまでは望まないし、<立派なあなたの母になる為に 私は出来る限りを尽くしてゆく所存です>という一節には、筆者も子どもに出来る限りは尽くすけれど、「立派な母」になるのははなから諦めているなあ、と思ってしまう。それでも、この楽曲を聴くたびに涙が溢れて止まらなくなってしまうのだ。それは、細かい歌詞のディテールを越えたところから感じられる、彼女の「嘘のない母の愛」に、強く心が共振するからだろう。


 母になって阿部真央は変わったのか? それはもちろんYESだ。ただ、その変化も表に出す、赤裸々なところは変わらない。そして、母である自分だけを押し出すわけではなく、母の顔、少女の顔、人間の顔など、自分が持つ様々な「100の顔」を見せる今作を正直に作り上げた彼女は、本当に信頼できるアーティストだと改めて思うのだ。(高橋美穂)