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深津絵里、泥まみれでも“透明感”失わぬ理由 『サバイバルファミリー』の体当たり演技から読む

2017年02月15日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

(C)2017フジテレビジョン 東宝 電通 アルタミラピクチャーズ

 『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』の矢口史靖(しのぶ)監督の最新作『サバイバルファミリー』がおもしろいと評判だ。実力派俳優の小日向文世を主演に、電気が一切使えなくなった世界で、東京脱出を試みる家族を見つめたサバイバルドラマにて、一家の主婦を演じているのが深津絵里。小日向と夫婦役? と一瞬よぎる不安を吹き飛ばし、物語が進むにつれて輝きを増す、鈴木一家の“強いお母ちゃん”の光恵役に染まってみせた。


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 矢口監督には、爽やかな青春映画の監督というイメージを持つ人も多いかもしれない。しかしもともとは本作のような“サバイバル”系、というより主人公たちをこれでもかと追い込んでいくドS系の演出が大好きな監督。デビューのきっかけとなった、PFFグランプリ受賞の8ミリ長編『雨女』、PFFスカラシップを獲得した16ミリ長編の『裸足のピクニック』などにはそうした作風が顕著に見える。


 むしろ爽やかなお話しや単純なコメディというのは、もともとの矢口監督ファンには正直、物足りない感じがあったのだ。『サバイバルファミリー』は、まさに監督の真骨頂であり、キャリアを重ねたことで、主人公が悲惨な目に遭うというだけでなく、家族を軸に、その絆や現代社会をチクリと刺す物語へと昇華させた。


 そこにきて、さらにキャスティングが上手い。芸達者な小日向は言うまでもなく、深津が、一家の専業主婦役にバッチリとハマっている。


 仕事人間で家族にも横柄な態度を取る夫に、最初はなんとなく従っているように見える光恵だが、東京を脱出し、生きるか死ぬかのサバイバルがスタートしていくにつれ、底力を発揮し始める。タンス貯金(へそくり)や、物々交換の際の駆け引きに始まり、次々直面する危機を前に、光恵の本来の強さが見えてくる。


 かつて、矢口監督は、たとえばヒロインを川底に落とすといったシチュエーションで、“予算の”都合から、明らかにそれと分かる人形を使ったりしていた。しかし今、矢口監督には使える予算がある。もともと本物にこだわる監督。本作では飢えた鈴木一家が豚を追い掛け回して捕まえるシーンや、雨に打たれながら川を渡るシーンなどを、実際に役者たちにやらせている。川のシーンにいたっては、撮影がなされたのは11月末の天竜川である。もはや本気のサバイバルだ。


 女優にとってありがたい仕事とはいえないだろう。しかし、深津は、雨風に打たれ、土にまみれ、川に入り、炭で顔が真っ黒になろうとも(こうしたシーンがあるのだ)、美しさを失わない。きっちり汚れているのに、だ。それって失敗なんじゃないの? と思うかもしれないが、物語上、鈴木一家は、外見はみすぼらしくなっていこうとも、絆を育んでいくため、この美しさに間違いはない。当初、不安がよぎった小日向との夫婦役も、どんどんしっくり見えてくる。深津は、デビュー以降、変わらずに持ち続ける透明さを武器に、作品の求める色に染まっていく。


 1988年に『1999年の夏休み』でスクリーンデビューを飾った深津。テレビドラマ『最高の片想い』、『踊る大捜査線』、『きらきらひかる』、『彼女たちの時代』、『カバチタレ!』、映画『(ハル)』、『踊る大捜査線』シリーズ、『悪人』、『ステキな金縛り』、『岸辺の旅』、舞台『キル』、『半神』、『あわれ彼女は娼婦』『春琴』などなど、多くの代表作を持ち、それぞれの役柄をきっちりと生きながらも、留まることなく次の役へと、彼女は自由にたおやかに進んで行く。スクリーンデビュー30年を前に、今なおしなやかに透明であり続ける稀有な女優である。(望月ふみ)