2016年カナダGP セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)、ルイス・ハミルトン(メルセデス)、マックス・フェルスタッペン(レッドブル) フェラーリが合法性に関してFIAに問い合わせを行ったトリックサスペンションシステムについて、他のF1チームも加わって協議したものの、意見の一致が得られず、プレシーズンテストの前に、FIAが再度、技術指令書の形で見解をチームに通達することになった。
このサスペンション問題が起きた経緯、フェラーリが注目するシステムの効果について、英AUTOSPORTが解説した。
メルセデスが先鞭をつけたF1のサスペンションシステムについて、何とかその足を引っぱろうと術策がめぐらされるのは、いまに始まったことではない。だが、フェラーリがFIAへ質問状を送ったことで周知となった今回の一幕は、2016年シーズン最終戦アブダビGPでのある出来事が発端とされている。
消息筋によると、そのレース中にダニエル・リカルドとレッドブル首脳陣との間で、クルマのサスペンション・セットアップが空力に及ぼす影響についてのやり取りがあったという。そして、それを聴いた他のチームが、彼らの最新のサスペンション・デバイスは、当初考えられていた以上に空力面でも大きな効果があるのではないかとの疑いを持ち始めたのだ。
昨年末、フェラーリがFIAに対し、どこまでが許されるのかを明確にしてほしいという質問状を出した理由の少なくとも一部は、そこにあった。車体の姿勢をコントロールして、空力性能を高めることを第一の目的としたサスペンションシステム「FRIC」は、2014年の時点で禁止されているからである。
レースディレクターのチャーリー・ホワイティングに、そうした形でルールの明確化を求めるのは、F1ではよくあることだ。それによってチームは、自分たちが試そうとしているデザインの合法性を確認できるだけでなく、ライバルが使っているシステムをより深く理解し、他のチームがグレーゾーンでやっているかもしれないことに、FIAの目を向けさせるチャンスにもなる。
■フェラーリが注目した、新システムの仕組みと効果
フェラーリが問い合わせたのは、メルセデスが合法的に使ってきたものよりも、さらに複雑なシステムの使用の可否についてだった。簡単に言えば、サスペンションの動きによって生じたエネルギーを蓄えておき、そのラップの別の個所でクルマの空力的姿勢をコントロールするために、蓄積したエネルギーを利用するというものだ。
ただ、メルセデスやレッドブルが、すでにそうしたシステムを使っていて、フェラーリもそれを知っていたとすれば、彼らが質問状を出した真意はそう単純ではないかもしれない。つまり、フェラーリは2017年にそのようなシステムを使おうとしているというよりも、むしろすでにライバルに何歩も先んじられ、今後追いついていくにはコストがかかる開発領域を、先手を打って封じてしまおうとした可能性もあるということだ。
フェラーリがルールの明確化を求めた質問状の中で、一般の人々にとって最もわかりづらいのは、「保存したエネルギーを、後にスプリングまたはサスペンションの他のパーツを伸展させるために再利用する」という部分だろう。
これは特定の条件下でエネルギーを保存したり、放出したりするように設計された油圧アキュミュレータ、すなわち一種の高圧流体コンピュータの利用を暗示している。この流体論理システムは、1周の間にクルマが様々な条件の影響を受ける中で、インプットに対して複雑な形で反応する。
そうなると、ヒーブエレメントとそれに接続されたアキュミュレータは、3次元マップを用いた高度な姿勢制御システムと見なすことができる。一見したところ、ヒーブエレメントは単純な筒状のスプリングとダンパーのユニットのように見えるかもしれないが、その中には大小いくつものチャンバーが組み込まれていて、様々な入力、負荷状況、条件に応じた動作をするのである。
F1マシンがコーナーの手前で減速するとき、クルマの荷重は前方へ移動し、ダウンフォースの前後配分も変わってしまう。もしチームが、そこで生じる慣性を数学的に正確に理解していれば、マシンの姿勢変化を許容できる範囲内に維持するには前後のサスペンションがどう反応すればよいかについての数値モデルを作り、それに基づいた論理システムを組めるはずだ。
そのようにしてクルマの姿勢を安定させれば、メカニカルグリップと空力の両方が改善され、ドライバーはコーナーでのボトムスピードをより高く保てるし、立ち上がりでは、そうした制御がないクルマよりも早いタイミングでスロットルを開け始めることができる。
■FRIC効果の再現を目指す
ホワイティングがクリスマス前に出した技術指令書は、そうした形でエネルギーを保存し、再利用するサスペンションシステムは違法と見なされることを示唆していた。フェラーリが問い合わせたシステムは、かつていくつかのチームが用い、2014年ハンガリーGP前に禁止されたFRIC(Front to Rear InterConnected=前後の相互連結)システムと、実質的に同じ働きをすると考えられるからだ。
空力面での効果も見込めるクレバーなサスペンションシステムの端緒は、フェルナンド・アロンソがタイトルを獲得した2005~2006年にルノーが導入したマスダンパーにまで遡ることができる。そして近年では、メルセデスがFRICの技術で最先端を行っていた。
FRICが禁止された後、開発の焦点は、その「副次的な効果」を再現することに移ってきた。つまり、前後輪のサスペンションを油圧で接続せずに、同様の効果を生み出そうとしてきたということだ。
FRICが行っていたことの大部分は、ヒーブ、すなわちクルマの垂直方向の変位に関係している。また、前後のサスペンションの連結は、コーナーでのマシンのロールを安定させることにも役立ち、結果として空力的な安定性も向上させていた。
当然のことながら、当初チームはこのシステムを導入する理由について、タイヤの性能を十分に引き出し、ライフを伸ばすことにあると説明し、FIAもそれを信じて受け入れていた。実際、FRICにはタイヤ接地面積の変動を減らし、メカニカルグリップを向上させる効果があったのは間違いない。
しかし、チームの真の意図は、最初から空力性能の向上にあった。シャシーの姿勢が常に安定していれば、ピーキーでアグレッシブな空力ソリューションを使えるようになるからだ。
ヒーブエレメントは、高速時にサスペンションを硬くする効果をもたらし、ダウンフォースがかかったときに荷重でクルマが沈み込むのを防ぐ。そして、低速時にはヒーブダンパーが切り離されて、ドライバーが望むサスペンションのしなやかさを与えてくれる。だが、デザイナーたちがパフォーマンスを引き出さなければならないのは、そうした単純な定常状態ではなく、刻々と条件が変化するような過渡状態においてだ。
メルセデスの技術陣を率いてきたパディ・ロウは、英AUTOSPORTの精密なテクニカルイラストレーションの作者として知られるジョルジオ・ピオラとのインタビューで、彼らが2016年に使用したサスペンション・システムの空力的な効果について、隠し立てすることなくこう語っている。
「古典的なスプリングの変形は線形(=直線的)だが、現在私たちが扱っているのは、それとは比べものにならないほど複雑で、かつ広範囲にわたる非線形的な変位だ」
「そうして、私たちは理想的な空力プラットフォームを手に入れ、それを基盤としてセットアップを進めていくことができる。FRICと比べると、現在のシステムの方が扱いが難しいが、基本的には同じものと考えていい」
■レッドブルがリードするシステムと、成功の原動力となるテスト装置
昨年はレッドブルも、この領域で大きく進歩した。最新のサスペンションデバイスにより、コーナーでは強いレーキ角がもたらす空力的アドンバンテージを利用しつつ、ストレートではリヤを沈めてドラッグを最小化していたのだ。
このレーキ角の効果は、クルマの総合的なコンセプトによって変わってくる。したがって、たとえばメルセデスにレッドブルやマクラーレンと同様の強いレーキ角をつけても、すぐにパフォーマンスが向上するとは限らない。他の空力パーツが、すべてそれに合わせて考えられていなければ、十分な効果は期待できないからだ。
レッドブルが、2016年シーズンを通じてフェラーリを上回る成績を残したのは、他のチームが油圧ピッチ制御(HPC)サスペンションと呼ぶシステムを、うまく使いこなしたことにあると考えられている。
一昨年までは頻繁に空力アップデートを持ち込んでいたレッドブルが、昨シーズンは不思議に思えるほどアップデートの回数が少なかった理由も、おそらくそこにある。実際、彼らはシーズン中に仕様の異なる前後のウイングをいくつか試した程度で、どのグランプリでもクルマの空力的なワーキングウインドウを最大化するためのセットアップに専念していることが多かった。
そして、レッドブルがこのHPCサスペンションを使いこなすことができたのは、おそらく彼らがフルシャシー・ダイナモメーターを導入したためだとされている。VTT(バーチャル・テスト・トラック)とも呼ばれるこのテスト装置は、あらゆる面で実際にコースを走るマシンの状況を再現し、パワーユニットも含めたクルマ全体をシミュレーター・ループの中で「走らせる」ことができるというものだ。
この装置ではサスペンションも実際の走行時と同じように作動し、マシンをコースへ送り出す前に、空力とメカニカルグリップの両面で、あらかじめセットアップの方向性を決めておくのに役立つ。また、コースの直線部分ではクルマのリヤエンドを下げて、ダウンフォースとドラッグを減らしてストレートスピードを稼ぐという制御も、これによるテストを通じて可能になった。レッドブルにとって、ルノーエンジンの弱点を少しでも補うことは、きわめて重要だった。
レッドブルのHPCの使い方は、メルセデスとはやや異なるアプローチと言える。だが、どちらのシステムも、全体としてラップタイムを向上させるため、シャシーのあらゆる側面の相互関係を改善しようとしていることに変わりはない。
■どこまでが合法なのか?
FIAに質問状を出すというフェラーリの動きにより、2017年型マシンのサスペンションに関して、メルセデスとレッドブルが何をやろうとしているのかに注目が集まったことは間違いない。とはいえ、その点について本当のところを知っているのは、当の2チームだけだ。
そして、どこまでが合法なのかについてのFIAとの議論はまだ継続中で、いまのところ明確な結論は出ていない。しかし、少なくともメルセデスは、彼らが2016年に使用したシステムは、FIAの可動空力デバイスに関する解釈に抵触しておらず、最新の技術指令書の影響は受けないと確信しているようだ。
むしろ、フェラーリによるルール明確化の要求は、レッドブルが2017年に向けて計画していたことに影響を及ぼす可能性の方が高いと思われる。彼らは、昨年までのサスペンションシステムを、さらに発展させようとしているからである。
実際、この議論がまだ終結していないという事実は、おそらく一部のチームがグレーゾーンの限界を攻めたシステムを考えているために、合意が難航していることを示唆するものだ。
ある意味において、フェラーリも自ら投じた一石によってジレンマに陥っている。ホワイティングはウインターテストが始まる前に、改めて技術指令書を出す見込みだが、その内容は現時点では明らかになっていない。フェラーリは自分たちの新しいシステムの開発を推し進めるか、開発を中止するか、あるいは開幕戦のオーストラリアGPでライバルチームに対する抗議を提出することも念頭に置いて議論を続けるか、進むべき道を決めなければならない。
ダブルディフューザーをめぐる論争が起きた2009年の状況を先例として考えると、もしフェラーリがこの最新のサスペンションシステムについて、メルボルンでスチュワードに抗議を提出する姿勢を示せば、心当たりのあるチームは類似のシステムの使用をあきらめる可能性が高い。
だが、このF1の世界では、ものごとはそれほど単純には片付かない。新レギュレーションに基づいた2017年型マシンの登場を間近に控えて、このサスペンションに関する問題は、今後チーム間で繰り広げられる数多くの小競り合いの第1ラウンドになりそうだ。