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グーグルを救った「フェアユース」 日本の著作権法にも導入すべきか

2017年02月11日 09:13  弁護士ドットコム

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昨年から今年にかけて「キュレーションメディア」あるいは「まとめサイト」が抱える問題点が大きくクローズアップされた。なかでも、他のメディアの記事や写真を盗用する「著作権侵害」に対しては、コンテンツの作り手から厳しい批判が寄せられた。


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そんななか、ジャーナリストの津田大介さんは12月中旬、日本の著作権法にも課題があるという観点から、次のようなツイートをした。


「キュレーションメディア全般に火の手が上がったことで今後まともにコンテンツ作りしてるところの手間暇が増えて(ちょっと著作権的にグレーな使い方した場合でも文句来て潰される)リスクばかり大きくなると誰も幸せにならない感じなので、とっとと著作権法に日本版フェアユース入れるしかないと思う」


フェアユースとは、「公正な利用」であれば、著作権者の許諾がなくても著作物を利用できる制度である。もともとはアメリカの著作権法で定められたルールだ。なぜ、日本にもフェアユースを導入する必要があるのだろうか。フェアユースには、どのようなメリットがあるのか。


国際大学グローバル・コミュニケーションセンター(GLOCOM)の客員教授で、津田さんと同じように「日本版フェアユース」の創設を主張している城所岩生さんに話を聞いた。(亀松太郎)


●「公正な利用」ならば無断利用もOK

――城所さんは昨年『フェアユースは経済を救う デジタル覇権戦争に負けない著作権法』という書籍を出版しました。フェアユースとは、具体的にどのような内容なのでしょうか。


城所: フェアユースというのは、アメリカの著作権法107条にある規定で、次のように書かれています。


「批評、解説、ニュース報道、教授、研究または調査等を目的とする著作権のある著作物のフェアユース(公正な利用)は、著作権の侵害とならない」


そして、著作物の利用が「フェアユース」にあたるかどうかを判断する場合に考慮すべき要素として、次の4つを挙げています。


(1)利用の目的および性質


(2)著作権のある著作物の性質


(3)著作権のある著作物全体との関連における利用された部分の量および実質性


(4)著作権のある著作物の潜在的市場または価値に対する利用の影響


――法律の表現なので言い回しが難しいですが、要は、誰かの著作物を無断で利用する場合、通常は著作権侵害になるけれど、「フェアユース」にあたれば著作権侵害にならないということですね。そして、フェアユースかどうかは、4つの要素で判断する、と。


城所: そうですね。特に、フェアユースの考慮要素の中で大事なのが、(1)利用の目的・性質と(4)著作物の潜在的市場・価値への影響です。


(1)利用の目的・性質については、かつては商業性があるかどうかが重視され、商業性があると、裁判でフェアユースが認められない傾向がありました。しかし1990年代のパロディをめぐる裁判で、米最高裁は、商用目的であっても「変容的」であればフェアユースにあたると判断しました。


「変容的」というのは、「別の作品」になっているかどうかということです。この点、パロディは、元の作品とは別の価値を作り出しているといえるので「フェアユースにあたる」と、最高裁は認めたのです。


もう一つの重要要素である(4)著作物の潜在的市場・価値への影響ですが、これは元の作品の市場を奪うかどうかということです。「変容的」かどうかとも関係しています。変容的であればあるほど元の作品の市場を奪うおそれは少ないわけですが、この事件でも最高裁は「市場を奪うおそれは少ない」として、フェアユースを認めました。


●検索エンジンの勝敗を決めた「フェアユース」

――そのようにアメリカでは、「フェアユース」にあたる場合は著作物を無断で利用できるということですが、日本はどうなのでしょうか?


城所: 日本の著作権法でも、著作権者の許諾なしに著作物を利用できる場合を定めています。しかし、アメリカのフェアユースのような一般的な権利制限規定ではなく、私的使用や引用など、個別の権利制限規定がいくつか置かれているのみです。フェアユースに比べると、解釈の自由度が低いので、どうしても著作権者の保護に傾きがちになるという点が指摘できます。


――フェアユースがあるアメリカと、フェアユースがない日本。その違いがもたらした一つの事例として「グーグル」があると、城所さんは言っていますね。


城所: グーグルはいまではさまざまなネットサービスを展開していますが、もともとは「検索エンジン」としてスタートしました。実は、グーグルが創業したころ、日本発の検索エンジンもあったのですが、日本には「フェアユース」がなかったために、グーグルに遅れを取ってしまったのです。


――どういうことでしょうか?


城所: 検索エンジンというのは、インターネット上の情報を集めて整理し、キーワードで検索したとき、それにマッチしたウェブページを表示するものです。そして、検索のためのデータベースを作るために、対象となるウェブページの記事全文を複製(コピー)する必要があります。


複製は著作物の利用にあたる行為なので、本来は著作権者の許諾が必要です。ところが、グーグルを始めとするアメリカの検索エンジンは、データベース作成のために、許諾を得ずにウェブページを複製したところ、案の定、裁判を起こされました。


――そうなんですね。


城所: これに対してグーグルは「検索のデータベース作成のために全文を複製するが、検索結果としては数行表示するだけなので、フェアユースである」と反論し、2000年代初めにカリフォルニア州の裁判所もこれを認めました。


一方で、日本の著作権法にはフェアユースがなかったので、日本の検索エンジン業者は、対象となるウェブページの権利者に対して、いちいち許諾を求めなければいけませんでした。しかし、なかなか許諾が得られず、検索できるウェブページが少なくなってしまいました。グーグルとの差は歴然で、日本の検索エンジンはアメリカに敗れたのです。


日本政府もこれではまずいと気付いて、2009年になってようやく検索エンジンの複製を認めるように著作権法を改正しましたが、ときすでに遅し、でした。現在、日本語の検索エンジン市場は米国発のグーグルとヤフーが席巻していて、日本生まれの検索エンジンは2、3%にすぎません。


●フェアユースは「ベンチャー企業の資本金」

――グーグルは検索エンジン以外のサービスも展開していますが、それらとフェアユースとの関係はどうでしょう?


城所: グーグルは2004年に「書籍検索サービス」を始めました。すると、図書館の蔵書を許諾なしにスキャンされたとして、著作権者から訴訟を提起されました。それに対して、グーグルはフェアユースを主張しました。


訴訟は一時和解が試みられましたが、裁判所が和解案を承認しなかったため、訴訟に復帰し、結局、訴訟でフェアユースが認められました。さらに著作権者は、蔵書をグーグルに提供した図書館も訴えましたが、この訴訟でも裁判所はフェアユースを認めました。


グーグルが2005年に買収したユーチューブもフェアユースの恩恵を受けています。こう考えると、グーグルは、フェアユースのメリットを最大限に生かした企業であるといえます。


――ネットベンチャーにとっては、アメリカのほうが起業しやすいのでしょうか?


城所: グーグルやフェイスブックなど、起業後に短期間でグローバル市場を制覇するIT企業が、アメリカのシリコンバレーから次々と生まれています。その理由として、シリコンバレーの起業インフラが整っていることが挙げられます。起業インフラの一つが、「ベンチャー企業の資本金」とも呼ばれる「フェアユース」です。


このため、アメリカ以外でも最近は、シリコンバレーに学んでイノベーションを促進しようと、フェアユースを導入する国が増えています。具体的には、2004年にシンガポール、2007年にイスラエル、2011年に韓国、2012年にマレーシアといった具合です。また、オーストラリア政府も昨年末、フェアユース導入を提案しました。


――日本ではフェアユース導入に向けた動きはないのでしょうか?


城所: 実は日本も、「知的財産推進計画2009」での提案を受けて、文化庁が日本版フェアユースの導入を検討したことがあります。しかし、権利者の反対などのため、2012年の著作権法改正で実現した規定は、アメリカのような「権利制限の一般規定」と呼ぶにはほど遠い内容に終わってしまいました。


いまは「知的財産推進計画2016」や「日本再興戦略2016」を受けて、文化庁が「デジタル・ネットワーク社会に対応した著作権制度等の整備」について検討しているところです。そこでは、「柔軟性のある権利制限規定」という表現が使われていますが、再び「日本版フェアユース」の可能性が検討されています。


文化庁の審議会は権利者団体の委員が半数近くを占めているため、今回もまた骨抜きにされてしまう恐れがありますが、日本発のベンチャー企業によるイノベーションを促進するために、「日本版フェアユース」を導入すべきだと思います。


(弁護士ドットコムニュース)