ウイリアムズF1チームは、2017年のレースドライバーに、ルーキー、ランス・ストロールを抜擢した。大きな後ろ盾を持つ若者は、楽をしてF1への切符を手にしたのだろうか? それとも純粋な才能の持ち主が、多大なる資産を生かし切っただけなのか? ストロールを“ペイドライバー”と考えているなら、その先入観は、捨て去るべきかもしれない。
■金持ちの道楽息子では断じてない
ストロールがF1ドライバーとなったことを歓迎しない者もいる。トミー・ヒルフィガーの大株主である彼の父ローレンス・ストロールが、とてつもない大金でシートを手に入れたとささやかれているからだ。しかし、たとえ父親がジュニアカテゴリーに気前よく大金を注ぎ込んでいたとしても、ドライバー自身が結果を出さなければならない。ストロールは、それをやり遂げた。
これは重要なことだが、彼は資金をあまり持たない同期からF1のシートを奪った道楽息子ではない。ヨーロピアンF3選手権で才能あふれるライバルたちを出し抜いて、タイトルを獲得したのだ。彼は賢くて好感の持てる、勤勉なレースドライバーである。プレマ・パワーチームのドライバーコーチを務めるヌーノ・ピントは、2013年10月に行われたフォーミュラ・ルノー2.0にストロールが初参加した時以来の付き合いがある。
■ジュニア時代のコーチが語る、ストロールの真の姿
「ランスについては非常に感銘を受けた点が、3つ、4つある。まず、彼があまりに賢いので、16か17歳であることを私はすぐに忘れてしまっていた。その聡明さのせいで、まるで同い年の相手のように話をしてしまうんだ」と40歳手前のピントは言う。
「一方で、とても勤勉なところも気に入っている。彼のように普通とは異なる出自を持つ若者は、この競技に真剣に取り組まない傾向があることを我々は皆、知っている」
「印象に残っているのは2年前(ストロールが2014年にイタリアF4でチャンピオンを獲得した年)、まだF1にデビューするに当たっての最低年齢が設定されていなかった時のことだ。当時はスーパーライセンス獲得に必要なポイントなどもなかった。しかし彼は『何があろうともF1に行くんだ』という姿勢を、一度も見せなかった」
「彼は最初から『いい走りがしたい、進歩したい、勝ちたい。他の誰かに自分の良さを証明するためではなく、自分自身に対して、自分が十分に速いことを証明するために』という姿勢でいたんだ。『F4で勝ちたいけれど、それよりもF3で勝ちたい』と私に常に語っていた。スーパーライセンス獲得のためのポイントは必要なく、『F1のシートなら買える』と考えることもできたはずなのだから、本当に驚かされた」
「だが彼はそんな形でF1に行きたいと考えたことはなかった。彼はまず自分自身とチームに対して、私たちが擁する他のドライバーと同じだけの良さがあることを、証明したがっていた。だからこそ彼は、他の誰よりも懸命に努力した」
「また、彼の頭がF1に行くことでいっぱいになっていなかったことも、印象的であり好ましかった。もしかしたら私たちの方が、その考えにとらわれていたかもしれないね! 自身の能力を証明するために、行きたがってはいたものの、他のレースやモータースポーツの他の側面も楽しんでいた」
「彼はデイトナ24時間(2016年のレースでチップ・ガナッシ・レーシングから参戦)も楽しみ、素晴らしいレースだと話していた。やりがいのある場を好み、『いつかル・マン24時間にも出たいし、危険すぎないのであればインディ500にも参戦したい』とも語った。新世代のドライバーの多くはF1にしか目を向けないので、彼のそういう部分は好ましいと思う」
■「ウエットが得意」なのは実力の証
プレマの関係者によると、マカオGPに参戦できなかったことを誰よりも残念がったのは、本人だったという。しかし、F3で2年間の経験を積むことで、早期にF1デビューを果たしたマックス・フェルスタッペンやエステバン・オコンと同様の準備ができたと、ストロールは考えている。彼は昨年ウイリアムズとのレースドライバー契約が発表される以前に、次のように語っていた。
「チャンスがきたら、つかまなければならない。F1に行ってからも学ばなければならないことはある。100%準備が完了した、完成形のドライバーとしてデビューするわけではないと思っている。僕はまだとても若く、学ぶべきことがたくさんある。だけどダウンフォースが大きいマシンで一発の速さを叩き出し、レースをするという部分では、バトルが少ないこともあるとはいえF3だって相当なレベルにある」
2016年シーズンのストロールの最も注目すべき点は、どれだけの準備を行ったかよりも、本能に頼らざるを得ない状況におけるパフォーマンスだった。コース上でもシミュレーターでも多くのテストをこなし、エンジニアと開発の力を頼りに、ドライコンディションでポールを獲得したのであれば、資金力による準備が多くの割り合いを占めていたと言える。ところがストロールはポール・リカールの湿ったコースで、桁外れにうまいドライビングを見せた。ポー市街地コースでの水浸しの路面でも、スパでのウエット路面でも、プレマ・ダラーラ・メルセデスのマシンをポールポジションに導いた。こういったコンディションは、準備でどうにかできるものではない。ストロール自身は、マシンへの理解が深まったと語っている。
「ウエットなどの複雑なコンディションが得意だというのが、僕の強みだ。2016年はマシンのことがより理解できるようになり、運転していてもさらなる自信を感じる。どこを走ればいいのか、コーナーをどれだけのスピードで通過するのか、トラクションを失ったり危ない状況に陥らずに、どれだけ早くスロットルを開けられるかが分かる。経験と、マシンにどれだけ乗ったかがものを言うんだ」
「F3は相当に高いレベルにあり、ドライビングも本当に難しい。グリップもダウンフォースも強大で、それらのすべてを生かし切るのは、雨であっても簡単ではない。マシンには大きなポテンシャルとグリップがあるものの、パワーはそれほどでもないので難しい。限界ギリギリで走らなければならないが、やりすぎてもダメだ。時間をかけることが必要だ」
「早い段階でコツをつかんだドライバーもいたけれど、僕が本当に集中していたのは、マシンのポテンシャルを最大限に生かすこと。フェリックス(・ロゼンクビスト/2015年のF3でストロールが教えを受けた)がしていたようにね。2016年の僕は、彼と同じレベルに達したと思っている」
■F3とF1の違い
ストロールは2014年仕様のウイリアムズ・メルセデスFW36でテストプログラムをスタートした当初、F3とF1は大きく違うが、じっくり慣れていきたいと語っていた。
「ゆっくり始めている。シルバーストンではシェイクダウンのような感じで20周を走った。それからハンガリーへ行き、1日目に60周、2日目に40周をこなしたんだ。つまり……足を踏み入れたところだよ。走った感触は、とても印象的だった。もちろん2014年のマシンだから、2016年に走っていたものと、まったく同じではない。それに2017年のマシンは、それこそ関係のないものになる」
「当然ながらF3からの、大きなステップアップということになる。ないことではないが、誰もが経験することでもない。さっきも言ったように、F3のマシンは特に中低速コーナーで本当に優れていた。高速コーナーでもスピードを維持できるのだから、機械的にも空力的にも素晴らしい」
「F1はさらに空力が大きいけれど、重量もある。つまり違うものだし、パワーも驚くべきものだ。止めることなんてできないよ! F3は時速260kmが最高で、それ以上はない。でもF1は、ストレートで踏み続ければ最終的には時速400kmにもなるんだ! 本当に素晴らしいよ。コーナーでの速度ときたら、進入したと思ったらすぐに次のコーナーに入っていくことになる。しっかり心構えをしておかなければならない」
「だけどすべての要素は比例する。パワーが上がればグリップも増す。新しいマシンでの、新たなチャレンジにはなるけれど、とても扱いやすい。F4からF3にステップアップした時と同じように、リズムに乗ってマシンを学べば、最終的には限界で乗れるようになる。繰り返しになるが、新しいやり方で新しい経験を積んでいくんだ」
■「F3の2年目にして全くミスがなくなった」
ストロールは過去3年間、プレマで多くを学んできた。マネジメントとエンジニアリングの部分では、おそらくはF1に匹敵するレベルのチームだ。最近では2014年にF3でチャンピオンを獲得したエステバン・オコンが、F1へのステップアップを果たしている。オコンとも仕事をしてきたコーチのピントは、ストロールにはF1ドライバーのシートを得るだけの価値があると考える。
「なぜならランスは、参戦したすべてのシリーズでチャンピオンを獲得してきたからだ。一番最初にテストした時から素晴らしい速さがあり、全員が強い印象を受けた。常に速さを持ち続け、年間を通して維持してきた。ランスの何が好きかって、いまもなお進化を続けているところだ。これまでに我々が見てきたチャンピオンたち(ロゼンクビスト/2015年、ラファエル・マルチェッロ/2013年、ダニエル・ジュンカデラ/2012年、ロベルト・メリ/2011年)と同等に格付けしている」
「彼がポールを獲るのを何度も見たし、スピードではフェリックスやエステバンと同等だ。ただし、まだスランプを経験していない。毎週改善が見られるうえに、まだとても若い。ここ2年間のチャンピオン(ロゼンクビストとオコン)については、スピードにも現在のポジションにも、疑問は抱いていない。しかしランスはまだ成長中だ。3年前と今の彼を比較すると、大きな改善が見られる」
レースの組み立て方については、まだ疑問が残る。ストロールはF3デビューイヤーの序盤に、大きなクラッシュを経験している。また2016年にはレース中、チームメイトから明白な協力を得ていたことについても、論争が巻き起こっていた。しかし、これらの出来事がなかったとしても、最終戦のひとつ前のイモラではF3タイトルを獲得していた計算になる。ピントはストロールのF3での走りを、以下のように分析する。
「2015年は、レースに勝てることを証明したいという彼の気合や不安、それに加えて彼の速さがミスを招いた。いくつかはとても明らかなミスだったが、後半は何のミスもなかった。そして2016年シーズン全体を分析してみると、一度もレースコントロールに呼ばれていない。つまり非常に一貫した走りで、ミスやブレーキングの遅れによる接触もなかった。まだ若いドライバーには、ありがちなことだというのに」
「(F1での)レースはF3とは異なる。F3はスピード、予選、スタートと1周目が重視される。F1に関しての評価をするには、少し早すぎる。たとえば、F1の方がオーバーテイクがまやかしの部分が大きいし、どういうドライバーがF1で最高のレーサーといえるのか、私には判断しづらい」
■“未知のF1”に静かな自信
ストロール自身は、F1デビューへの準備は整っていると考えており「以前と比較すると、ドライバーとして完成されたと感じている。だけど(どんなパフォーマンスができるかは)はっきりとは分からない。F1については未知の部分も多く、どんな仕組みなのか、マシンはどう乗るのかなど、これからたくさんの発見がある」と話している。
F1のファンにも同じことが言える。きっとこの若きカナダ人ドライバーが、F1でまったく場違いな存在ではないことを発見し、驚くことになるのではないだろうか。