2017年02月10日 10:23 弁護士ドットコム
漫画を読んでいて、「このキャラクターは、あの人物がモデルなのでは」と思ったことはないだろうか。
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見た目の特徴を捉えているだけでなく、名前をもじったものも少なくない。先日のアメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏が当選した際、人気格闘漫画「刃牙道」にも「トラムプ」というトランプ大統領をモデルしたキャラクターが登場し、ネット上で話題となった。
モデルにしているというケースにとどまらず、実際に実名で登場するケースもある。野球漫画「巨人の星」では、当時のプロ野球選手が実名で数多く登場している。
漫画には「この漫画はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません」といった注意書きがあることも多いが、本人の許諾なしに、実在する著名人などを漫画に登場させた場合、法的に問題はあるのか。石井邦尚弁護士に聞いた。
一般論としては、漫画に実在の人物が搭乗した場合、漫画の内容やその人物の描かれ方などによっては、(1)名誉毀損、(2)プライバシー侵害、(3)肖像権侵害、(4)パブリシティ権侵害などが問題となり得ます。これらに該当すると、民法上の不法行為として、損害賠償請求などの対象となったりします(名誉毀損には刑事罰もあります)。
(1)名誉毀損は、事実を摘示したり意見や評価を述べたりして、描かれた人物に対する社会的な評価を低下させる行為です。漫画の内容や描写がその人物の社会的評価を低下させるようなものであると、名誉毀損となる可能性があります。
(2)プライバシーは、私生活をみだりに公開されない権利です。公に知られていないような事実を描写した場合など、プライバシー侵害となる可能性があります。
名誉毀損やプライバシー侵害は、実際に真実を暴露したわけではなく、架空の事実であったとしても、一般の読者が真実らしいと受け止めるような場合には成立し得ることに注意が必要です。
(3)肖像権は、自己の肖像をみだりに他人に撮影されたり使用されたりしないという権利です。イラストは作者の主観や技術を反映するものであるという特質があり、写真とイラストがまったく同じに扱われるわけではありませんが、判例では、イラストであっても肖像権侵害になり得るとされています。
(4)パブリシティ権は、芸能人や著名人の氏名や肖像が有する「顧客誘引力」のもつ経済的利益や価値を保護するものです。
著名人等の氏名・肖像を使用すれば直ちにパブリシティ権侵害となるというのではなく、漫画の中に実在の人物を登場させることが、専らその肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権侵害となります。パブリシティ権侵害かは、いろいろな要素を考慮して総合的に判断されるので、ケースバイケースで考えるしかありません。
なお、今回は詳しく説明しませんが、表現の自由に配慮する必要等もあり、名誉毀損、プライバシー侵害、肖像権侵害に該当するような行為でも、ただちに不法行為等となるのではなく、一定の場合には違法性が阻却されるなどします。
名前や肩書を変えたとしても、本人が特定できるのであれば、名誉毀損、プライバシー侵害、肖像権侵害などには該当し得ます。裁判例でも、モデル小説(実在の人物をモデルにした小説)で、実名でなくても、名誉毀損やプライバシー侵害が認められています。
もっとも、名前や肩書を変えることによって、描かれているのが「真実ではなく架空の事実である」と読者が認識する可能性が多少なりとも高まるケースもあるでしょうから、裁判となったときに、間接的には、名誉毀損やプライバシー侵害の成立を否定する方向に働く要素の一つになり得る可能性はあります。
パブリシティ権侵害については、名前や肩書を変えても、専らその著名人の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合はあり得るでしょう。ただ単純に「名前・肩書を変えれば、パブリシティ権侵害とならない」と直ちに言えるようなものではなく、パブリシティ権侵害となる可能性はあると考えます。
名誉毀損やプライバシー侵害については、こうした文言が入っていることにより、読者が「書かれていることは真実ではない」と認識する可能性が高まり、裁判となったときに、間接的には、名誉毀損やプライバシー侵害の成立を否定する方向に働く要素の一つになり得る可能性はあります。したがって、こうした文言は入れておいた方が良いです。
ただし、こうした文言を入れれば直ちに免責になるというわけではありません。
こうした文言があっても、実在の人物がモデルとなっている場合、読者は、「フィクションとはいっても、この部分は真実ではないか」「どこかはわからないが、真実も含まれているのだろう」「本当にこんな性格なんだろう」などと得てして考えがちです。
作者も、そうした効果を期待していることも少なくないのではないかと思います。一般の読者がフィクションではないと認識するような部分があれば、いくら上記のような文言を入れていても、名誉毀損、プライバシー侵害となり得ます。
なお、肖像権侵害やパブリシティ権侵害との関係では、このような文言の存在が、侵害を否定する方向に働くようなケースは考えにくいです。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
石井 邦尚(いしい・くにひさ)弁護士
1972年生まれ。専門は企業法務。特にIT関連の法務やコンテンツビジネス関連の法務に力を入れている。著書に「ビジネスマンと法律実務家のためのIT法入門」(民事法研究会)など。東京大学法学部卒、コロンビア大学ロースクール(LL.M.)卒。ブログ「企業法務の基本形!IT法務の未来形!!」:http://www.blog.kakuilaw.jp/
事務所名:カクイ法律事務所
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