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THE BACK HORN、宇多田ヒカル共同プロデュース作に見るクリエイティブの“豊かさ”

2017年02月09日 15:12  リアルサウンド

リアルサウンド

THE BACK HORN

 山田将司(Vo)の歌声からはじまるイントロだけを聴くと、目の前がTHE BACK HORNらしいバキッとした原色で染められるのだけれど、宇多田ヒカルのピアノが聴こえてきた途端に、その色はグラデーションがかって、マーブル模様を描くようにしなやかに動き出す。――THE BACK HORNと宇多田ヒカルが共同プロデュースを手掛けた、THE BACK HORNのニューシングル曲「あなたが待ってる」から、そんな不思議な印象を受けた。宇多田ヒカルが入ることによって、全く変わる曲。そこからは、双方の個性を改めて感じさせられる。ふたつの強い個性が、溶け合うわけでも、ぶつかり合うわけでもなく、手を繋ぐように同じ場所で共存している。そして、「ああ、THE BACK HORNは、“男の子”らしい素直な歌声と、強固なバンドアンサンブルが魅力なのだな」、「ああ、宇多田ヒカルは、“女性”らしいしなやかな表現力と、強靭なポップセンスが魅力なのだな」と、双方の魅力が伝わってくる。自立したアーティスト同士が、尊敬し合っていたからこそ完成した曲なのだと思う。なんて素敵な関係性なのだろう!


この関係性は、この曲からはじまったものでも、ましてやビジネス的なところからはじまったものでもない。かつて宇多田はTHE BACK HORNのライブに足を運び、2006年にリリースされた4thアルバム『ULTRA BLUE』の収録曲「One Night Magic feat.Yamada Masashi」で山田をゲストボーカルに招聘した。そして今回は、資料によると「新曲のメロディを作るなかで『将司と一緒に宇多田ヒカルの歌声が聴こえた』という菅波(栄純=G)が、デモ音源を添えて旧知の仲である宇多田ヒカルにオファーを行った」のだという。自分たちの音楽に「必要不可欠」になる時がある相手、それがTHE BACK HORNと宇多田ヒカルの関係性なのだ。だからこそ、曲はピュアに澄んでいて、誇りの高さが洗練となって表れているのだと思う。仲良しこよしというだけでも、売るためだけでもない。これぞ、理想的なアーティストのコラボレーションといえよう。


 宇多田が参加することによって、歌詞は新たに書き加えられ、宇多田自身はピアノやバックグラウンドボーカルとして参加するだけではなく、ピアノやストリングスのアレンジにも積極的に参加したという。資料の中で菅波は「宇多田さんのプロデュースは、楽曲において何が大事か、ということを見極める『視点』が際立って鋭いし、ブレないと思った」とプロデュースワークに対して称賛を送り、宇多田は「バンドの楽曲にこんな形で介入することは初めてで、プロデューサーとしての私の意見をメンバーのみんなに信じてもらえるのか最初は不安でしたが、一緒にスタジオに入った瞬間その不安は吹き飛びました」と、THE BACK HORNにバンド独自の強固さを感じていた気持ちを綴っている。曲を聴けば、この二人の言葉に頷くことができるだろう。全てが透けて見えるから。


 そもそもTHE BACK HORNは、宇多田ヒカルのみならず、アーティストやクリエイターに愛されてきたバンドだ。遡れば、映画『アカルイミライ』(監督・黒沢清/2003年)の主題歌「未来」をはじめとして、映画『CASSHERN』(監督・紀里谷和明/2004年)の挿入歌「レクイエム」、映画『機動戦士ガンダム00 -A wakening of the trailblazer-』(監督・水島精二/2010年)の主題歌「閉ざされた世界」など、数々の彼らの曲がスクリーンを彩ってきた。その極みとも言える作品が、2014年に熊切和嘉監督とタッグを組み制作された『光の音色 -THE BACK HORN Film-』。セリフが一切なく、感情を音楽と映像で表現したこの作品は、ワールドプレミア上映でも喝采を浴びた。


 また、彼らが重ねてきたのは、アーティスティックに振り切ったコラボレーションだけではない。お茶の間でもその魅力は発揮されていて、石原さとみが出演しているサントリー「鏡月」のCMで歌唱を担当しているのは、実は山田なのだ。最近では、松本人志が出演しているリクルート「タウンワーク」のCMで印象的に使われているのが、彼らの「With You」である。バンドマンにリスペクトされる骨太なバンドである彼らだが、CMへの起用は、それと共にお茶の間にも溶け込む浸透力を湛えている証だろう。


 また、シンガーソングライター・高橋優の「福笑い」の曲名は、実はTHE BACK HORNの松田晋二(Dr)が名付け親というトリビアも。幅広いアーティストと交流しながら、刺激し合ってTHE BACK HORNの今があるのだ。


 昨年リリースされた8年ぶりのオリジナルアルバム『Fantôme』で、健在ぶりを知らしめた宇多田ヒカルとのコラボレーションということで、改めてTHE BACK HORNに注目が集まっている今。しかし、ここに至るまでの彼らの道程を辿ってみると、「あなたを待ってる」は必然として生まれたような気さえしてくる。アーティストやクリエイターと共に広げてきた彼らの世界観は抱えきれないほど大きくなり、宇多田ヒカルという「究極の翼」を得て飛び立つこととなった。それが名曲「あなたを待ってる」なのだ。あとはこの曲が、届くべきたくさんの「あなた」に届きますように。(文=高橋美穂)