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スタージル・シンプソンが貫く“アウトロー・カントリー”とは? グラミー賞候補シンガーのスピリット

2017年02月08日 13:02  リアルサウンド

リアルサウンド

スタージル・シンプソン

 アデル、ビヨンセ、ジャスティン・ビーバー、ドレイク……。2017年のグラミー賞の最優秀アルバム部門には、錚々たるメンツがノミネートされたが、そのなかで異彩を放っていたのがスタージル・シンプソンだ。R&Bのミュージシャンが多いなか、シンプソンは唯一人のカントリー・シンガー。これまで日本盤がリリースされたこともなく、日本ではほとんど無名のシンプソンだが、実は日本と意外な接点があった。


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 シンプソンは1978年生まれで現在38歳。ハイスクールを卒業後に米軍に勤務して、短期間だが横須賀の米軍基地で働いていたことがあった。その後、軍を辞めて2004年にブルーグラスのバンドを結成するが芽が出ず、ソルトレイクシティの鉄道で貨物列車の作業員として働いていた。その間、音楽から離れていたが、妻や友人に支えられて音楽活動を再開。カントリーのメッカ、ナッシュビルに拠点を移して、2013年に自主制作で1stアルバム『High Top Mountain』をリリースした。その際、彼は初めてのミュージック・ビデオ「Railroad of Sin」をわざわざ東京で撮影していて、シンプソンが日本に特別な思い入れがあることが伝わってくる。




 『High Top Mountain』はUSカントリー・チャートで31位を記録。トップ・ヒットシーカーズ(大きなヒットを飛ばしたことがないアーティストを中心に集計される新人発掘チャート)では11位を記録するなど、シンプソンは順調なスタートを切った。そして、その勢いにのって、2014年に2ndアルバム『Metamodern Sounds in Country Music』を発表。レコーディングとミックスを5日半で済ませ、4000ドルの経費で作り上げた手作りのアルバムは、USカントリー・チャート8位の大ヒットを記録。全米作曲家協会が選ぶ2014年のアルバムの1位に選ばれ、グラミー賞の最優秀アメリカーナ・アルバム部門にノミネートされるなどメディアからも高い評価を受けた。さらに、人気テレビ番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』に出演して歌を披露したりと、シンプソンはカントリー界の時の人になった。そうなると、レコード会社がほおっておかない。各社争奪戦の結果、ワーナーと契約したシンプソンは、2016年に3rdアルバム『A Silor’s Guide to Earth / ア・セイラーズ・ガイド・トゥ・アース』で遂にメジャー・デビューを果した。

 


 シンプソンの歌は伝統的なカントリーではなく、“アウトロー・カントリー”の系譜で語られることが多い。70年代後半に生まれたアウトロー・カントリーは、保守的なカントリー界に反旗を翻し、長髪にカウボーイハット姿で反骨精神に貫かれたカントリー・ソングを歌ったムーブメントで、そのシーンの中心にいたのは、彼が影響を受けたウェイロン・ジェニングスやウィリー・ネルソンだった。アウトロー・カントリーは、ロックンロールなスピリットを持ったカントリーともいえるかもしれない。そのアウトロー精神はシンプソンの歌のなかにも息づいていて、『A Silor’s Guide to Earth / ア・セイラーズ・ガイド・トゥ・アース』では、なんとNIRVANAの「In Bloom」をカバー。ロックやソウルを吸収した多彩な音楽性や、ストリングスやホーンをフィーチャーしたドラマティックなアレンジで、カントリーという枠を越えた独自の世界を生み出した。その結果、本作は全米チャート3位(1位と2位は急死したプリンスのアルバムが独占していた)、カントリーチャート1位を記録。そして、グラミー賞の「最優秀アルバム」と「最優秀カントリー・アルバム」にノミネートされることになる。




 『A Silor’s Guide to Earth / ア・セイラーズ・ガイド・トゥ・アース』は初めて日本盤がリリースされるが、偶然か運命か、収録曲「Sea Stories」には、横須賀、新宿、渋谷、六本木など、シンプソンに馴染み深い地名が続々と登場する。そんな形で日本にラブコールを送ってくれるのを聴くと、グラミーの賞レースで肩入れしたくなるのが人情というもの。見事受賞した暁には、いや、残念ながら賞は穫れなかったとしても、ぜひ想い出の地、日本でその骨太な歌声を響かせてほしい。(文=村尾泰郎)