トップへ

『カルテット』は大人の道徳の時間ーーひとは“ドーナツの穴”とどう向き合うべきか

2017年02月07日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)TBS

 火曜10時放送のドラマ『カルテット』(TBS系)には、してやられた。こんなにハマるつもりなんてなかったのに、気づけば次回が気になってしかたない。4人の男女が集まって共同生活をしながら、カルテット(四重奏)を組む。まるで、童話のブレーメンの音楽隊の現代バージョンを観ているようだ。


参考:満島ひかりはやっぱり凄かった! 『カルテット』誘惑から涙まで、卓越した演技に絶賛の声


 ブレーメンの音楽隊とは、かつて働き者だったロバが年を取り、仕事ができなくなったために、飼い主からぞんざいな扱いを受けてしまう。ロバはブレーメンに行って音楽隊に入ろうと考えて旅に出ると、途中で同じような境遇のイヌ、ネコ、ニワトリに出会う。共感した4匹は、共に音楽を奏でながら暮らしていくという話だ。


 ドラマ『カルテット』でいえば、巻真紀(松たか子)が夫の突然の失踪により、妻という役割を果たせなくなってしまい、その現実から逃げるように偶然(?)出会った、別府司(松田龍平)、世吹すずめ(満島ひかり)、家森諭高(高橋一生)の3人と、弦楽四重奏を組む。童話なら、これで「めでたしめでたし」となるのだが、このドラマはここからが本番だ。


 この4人が出会ったのは、もちろん偶然なわけではない。すずめは、「息子の失踪が真紀による殺害だ」と疑う真紀の姑である巻鏡子(もたいまさこ)から雇われた、いわば密偵。別府は、学生時代に見かけた真紀に恋をする、ちょっとしたストーカー。では、家森は……? その秘密が明かされるのが、今夜放送の第4話というわけだ。


 登場人物が少なく、4人の共同生活という舞台も限定的であることから、それぞれの心理状況の変化に集中できるのも、このドラマが観ごたえのある要因だと思う。余分な情報が削ぎ落とされているために、一つひとつの描写が際立ってくる。とくに印象的に用いられているのがドーナツ。各々の欠落した部分(ドーナツの穴)が、1話ごとにフォーカスされ、それを埋めるように奏でる旋律がとても切ない。


 第3話までの段階で、真紀は“自信”を、別府は“恋”を、すずめは“居場所”を。それぞれの穴と向き合って演奏を披露する。胸がギュッとなる展開ではありながら、穴にとらわれていたときには気づかなかった、自分を取り囲む甘いフワフワした部分もあることに気づき、心おだやかになっていく様子が、観ていて救われる。


 第1話では聞き返されるほどに声が小さかった真紀も、第3話では道の向こう側にいるすずめを呼び止められるほど主張できるようになった。別府は「偶然を運命にするチャンス」を自分で棒に振っていたことを自覚して、行動に移せるようになった。すずめは居場所を守るあまり自分の思いを人に打ち明けられずにいたが、思いを寄せる相手に素直に行動できるようになった。それぞれ、少しずつ自分というドーナツをしっかり見つめられるようになったのではないか。


 穴を隠すためにつく嘘は、強く生きるために必要なもの。だが、それだけで切り抜けようとしても、自己否定がつきまとってくる。それがわかっている4人だからこそ、お互いの穴にちゃんと向き合おうとする。では、大人になったら、何を覚悟しなければならないのか。4人が四重奏を奏でるほどに、他者や社会との調和していくように思えてくる。もしかしたら『カルテット』は、大人の道徳の時間なのかもしれない。


「唐揚げにレモンをかけるか問題」「冷蔵庫にあるゼリーは勝手に食べていいか問題」「壁に画鋲を躊躇なく刺せるか問題」「行間を読み間違えたら大変なことになる問題」「ボーダーは誰かとかぶるかもしれないと考えて着るか問題」……毎回、日常的な問題が提起されて、自分はどうだろうと考えてしまう。4人には4人それぞれの回答があり、「この人に一番近いかな」などと見るのもひとつの楽しみ方だ。


「全員嘘つき、全員片想い」というのが、このドラマのコピーだが、その真相はどのような形で明かされていくのか。家族ではないけれど、新しい居場所を見つけはじめた4人が、それぞれどんな変化を遂げていくのか。そして、このドラマを見終わったときに自分自身にどんな感情が芽生えるのか。続きが楽しみで、ミゾミゾする。(佐藤結衣)