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映画「虐殺器官」山本幸治Pインタビュー 時流の真逆を突き走る尖った映画になった

2017年02月02日 18:54  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

映画「虐殺器官」山本幸治Pインタビュー 時流の真逆を突き走る尖った映画になった
『屍者の帝国』『ハーモニー』に続く、Project Itoh最後の映画『虐殺器官』が2月3日に全国公開となる
Project Itohはノイタミナムービープロジェクトの第2弾で、当初『虐殺器官』は最初に公開される映画だった。しかし2015年10月に制作スタジオのマングローブの倒産と共に本格的な公開延期に至った。

存続が危ぶまれた制作は、ツインエンジンの代表取締役・プロデューサーの山本幸治がジェノスタジオを立ち上げたことから再スタートを切り、制作を続行。この2月に公開決定となった。

もともと山本はフジテレビに籍を置いており、ノイタミナの立ち上げや企画に長年携わってきた。2014年に独立し、アニメーションの企画・製作を目的にツインエンジンを設立。サイエンスSARU、スタジオコロリド、WIT STUDIOなどとパートナーを組み作品を生み出してきた。

『虐殺器官』の公開にあたり、現在の心境やこれまでの振り返り、プロデューサーとしての立ち方など幅広く話を訊いた。
[取材・構成:川俣綾加]

『虐殺器官』
2017年2月3日(金)全国公開
http://project-itoh.com/

■ 今を楽しく生きている人も、観たあとに自問自答してしまうはず

──いよいよ公開ですね。心待ちにしていたファンも多いと思います。最初に公開される予定だった『虐殺器官』は、マングローブの倒産や公開延期など困難な局面がありました。

山本幸治さん(以下、山本)
マングローブで制作しているときも、ジェノスタジオで制作している今も毎日ヒヤヒヤしながら過ごしていますけどね(笑)。マングローブが破たんし公開延期が決まる前は、これが一体どんなクオリティで公開されることになるのか戦々恐々でした。マングローブが破たんした時は「大変なことが起きてしまった」という気持ちと、一方で「安心」と表現するとおかしいかもしれませんが、そんな気持ちがありました。あのままひどいクオリティのものが世に出ることを考えれば、最悪の事態は避けられたわけです。今は、制作を継続できているのでそう思えるのですが、破たんの話を聞いたときは、プロジェクトが中止になってしまう事態もありえたわけですけど。

──公開が延期になったことは、結果として悪いことではなかった?

山本
結果的に、続けられて公開まで進めることができたのでよかったですね。中止になってしまったら元も子もないですから。

──公開延期から、そのまま制作中止になるか、再びスタートするか選択肢があったと思います。

山本
延期の決定から1週間くらいはあらゆる可能性がありました。頓挫の可能性もあったし、他の制作会社に頼む手も理屈上はあった。結局は自分でスタジオを設立することになりましたけどね。でもそれぞれに問題もあります。受けてくれる制作会社が無い、スタジオを設立するにしてもお金がないとか。並行して色々と検討していくうち、自分でスタジオを設立することが現実味を帯びてきて、公開延期から3週間後には制作再開を決めることができました。


──ジェノスタジオ以前のお話ですが、2014年にフジテレビから独立してツインエンジンを立ち上げていますよね。独立しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

山本
テレビメディアの力に限界が訪れていて、ノイタミナの編集長としても、局のプロデューサーとしてもある種行き詰っているというか、よく言えばやりきった感がありました。ちょうどノイタミナも10年の節目だったんですよね。自分の中では次の10年に向けた仕事を、フジテレビに残ってすることも考えましたが、外に出てもっと大きな枠組みを作りたかった。発注側の立場で仕事をしてきていましたが、いずれ制作側にも進みたいとは考えていました。

──大きな枠組みとは?

山本 ノイタミナの頃は制作から悲鳴が上がっていても「作品のクオリティが最優先」という大義でフタをしていたところがある。今は制作側にもなって「クオリティを追うと赤字になる制作会社の宿命を、どうすれば仕組みとして支えられるか、強化できるか」と考えている。
若手が制作に専念できる環境作りや、村瀬(修功)監督のような才能をいかせる場所づくりをしたいです。いま一番モチベーションを持って取り組んでいるのは、制作現場が頑張ったことに応えられるビジネススキームを整えることです。

──メディアの力がどんな風に変わったと感じたのでしょうか。

山本
舞台としてのテレビさえあれば、みんなが幸せになる空気がなくなっていきました。昔は月9のラインナップだってもっとみんなの関心事だったんですよ。原作は何か、脚本家や監督は誰か、キャスティングは? ってみんなが楽しみにしていた。たぶん僕の世代がそういった意味でのメディアの力が強かった最後の世代。それが変わっていくことは明白だったけれどテレビの中の人たちはその変化を受け入れにくい。自分が、ノイタミナという、深夜であったりアニメであったり、テレビ局の中でいえばメインじゃないところをずっとやっていたので、変化がやってきている実感が強かったのと、このままでは通用しないという危機感も強かった。ノイタミナを強くしたい、何とかしたいということで手を打つことや、準備することが、結果独立に向け下地を作ることにもなっていたと思います。



──山本さんがお仕事をしていく中で、伊藤計劃作品にたどり着いた経緯も知りたいです。
山本
毎年開催しているノイタミナプロジェクト発表会に象徴されるのですが、ノイタミナは、斬新な企画性だったり、オリジナル作品だったり、何かしらの新機軸を打ち出さないといけないという強迫観念でやってきていました。その方法論としてテレビから映画への進出があった。それ以前にも伊藤計劃さんの小説はノイタミナのテレビの企画にも何度か上がっていましたが、特別なクオリティの作品として仕上げなくてはならないハードルの高さがあった。あるタイミングが重なって、特別な原作を特別なクオリティーの映画にすることが、攻めの戦略と合致したのです。


──昨年12月に行われたノイタミナプロジェクト発表会2017で、伊藤計劃さんの担当編集だった塩澤快浩さんが一度アニメ化の話が持ち上がったけれど実現しなかったと言っていたのは、TVシリーズではなく劇場アニメのほうが向いていると判断したから?

山本
それもあったし、僕らが過去にこの原作にアクセスした時は、原作の映像化のオプション権が他のアニメ会社にとられていたんです。で、その権利が切れて、こちらの企画として動くことになりました。

──山本さんは『虐殺器官』の物語をどう受け止めましたか。

山本
アメリカ人の話だけど日本人っぽいというか、日本のSFの特別なポジションにある作品。『All You Need Is Kill』もそうですが、日本独特の繊細さや精密さをもって世界に向かっている。『ハーモニー』のほうが顕著だけど、日本人らしい繊細な息苦しさが描かれていますよね。

──言われてみれば、主人公・クラヴィスも日本の男子大学生っぽい悩み方しますよね。

山本
そうですよね。「正しいか正しくないか」を真剣に考え、それが正解でないとわかっていても選択せざるを得ない時、苦しみながら飲み込むというよりは次第に麻痺していく感覚だと思うんですよ。でも生きづらさを感じている人たちはそうなれない。「これでいいのか?」と立ち止まってしまうのがクラヴィスであり、『ハーモニー』のトァンである。アニメっぽくいうと厨二病っていうのかな



──ちなみに、原作でいうと3作品の中ではどれが好きですか?

山本 『ハーモニー』ですね。女性が働いている姿ってとても生き生きとして、元気じゃないですか。でもどこかで男性社会に立ち続ける女性の息苦しさってあると思う。それを大人の手前で切り取ると女子高生、トァンたちなんですよね。僕も娘がいるんですけど、女の子って本当に大変だなって……(笑)。

── 一方で男性は男性の息苦しさもありますよね。

山本
そうなんですよ。男は満員電車に象徴されるようなフタのされ方がありますよね。「絶対幸せじゃないけどそれが普通だよね」という同調圧力。『虐殺器官』はフタをされたタブーに対する罪悪感と、それを崩壊させる爽快感があって、そこも日本っぽいと感じます。あとそうそう、僕はすごく嫌な奴なんです。

──嫌な奴なんですか?(笑)。

山本
学校で女の子ってグループ化しますよね。僕が小学生の頃、ジョン・ポールじゃないですけど、彼女たちの誰かに耳打ちするといがみ合ってグループの組み換えが起こるんですよ。そんな感じでイジって遊んでて……いやぁ、本当にひどい奴でした、今となっては申し訳ない。そういったことと同時に、人間ってなんて醜いんだろうと感じていたので、個人的には『ハーモニー』が心に響いているのはありますね。


──小学生ながら小狡いと同時に達観もしていますね(笑)。それはそれですごい。話を『虐殺器官』に戻しますね。完成した作品はどんなアニメーションになったと感じていますか。

山本
村瀬監督の作るアニメーションの良さは、やっぱり映画的なカッコよさ。ビジュアル面でいえば光やカメラワーク、レイアウト。お話のまとめ方も映画的で、それが合わさっていい作品になったと思います。この作品は非常に尖った方向に寄せているので入りやすいというより覚悟がいる作品ですが、見応えを求めている人ほど楽しんでもらえるはず。『君の名は。』や『この世界の片隅に』を観た人はきっと「次は何を観よう? もっと違った作品はないかな?」と思うのではと僕は信じているんですけど(笑)、ぜひそこで『虐殺器官』を観て欲しいです。

──『君の名は。』『この世界の片隅に』で胸キュンしたり感動したり、あたたかな感情が生まれたところに『虐殺器官』を観る。やさしい味付けだった料理に大量の唐辛子を投げ入れるみたいな感覚がありますね(笑)。

山本
唐辛子じゃなくてもう、針金ですよね。口の中に入れたら血が出てしまう(笑)。

──最後に、アニメ!アニメ!読者にメッセージをお願いします。

山本
『虐殺器官』は今の時流とは真逆の作品です。でもそれだからこそ価値がある作品と思っています。今を楽しく生きている人もこれを観たあとは「これでいいのだろうか」と思わず自問自答してしまうのではないでしょうか。ぜひ劇場に来てください。