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『タンジェリン』ショーン・ベイカー監督が語る、編集の重要性とハリウッドメジャー映画について

2017年01月30日 22:22  リアルサウンド

リアルサウンド

ショーン・ベイカー監督

 アメリカン・インディペンデント界の気鋭ショーン・ベイカーが監督・脚本・編集・撮影・製作を手がけた映画『タンジェリン』が1月28日より公開されている。アナモレンズを装着した3台のスマートフォンを使用して撮影された本作は、ロサンゼルスの街を舞台にトランスジェンダーの女性たちが繰り広げるクリスマス・イブの大騒動を描いたコメディドラマだ。リアルサウンド映画部では、メガホンを取ったベイカー監督にインタビューを行ない、撮影や編集時のエピソードや、ハリウッドメジャー映画に対する考え方などを語ってもらった。


参考:ギャヴィン・オコナー監督が語る、『ザ・コンサルタント』の挑戦 「ジャンルに縛られたくなかった」


■「編集は監督の仕事のうち、半分の割合を占めるもの」


ーー今回の作品は、全編iPhoneだけで撮影されたというのにも驚きましたが、シンディ役のキタナ・キキ・ロドリゲス、アレクサンドラ役のマイヤ・テイラーをはじめとする登場人物たちのナチュラルさにも目を見張るものがありました。ある種ドキュメンタリーのような印象も受けたのですが、演出はどの程度されたのでしょうか?


ショーン・ベイカー(以下、ベイカー):最近は、物語性のあるフィクションとドキュメンタリーの境界線がわからないような、その2つを組み合わせたような作品が増えてきているよね。まさに僕はそういうスタイルの作品を作りたいと思っているんだ。キャストたちがそれぞれのキャラクターに近い人生を経験していたり、それぞれの人生経験から何かが引き出せるものがあれば、アドリブを通してそれを表現してほしいと思っている。それは演出であり、僕が引き出さないといけない部分でもあるんだけどね。同時に、それはプロット内で成立していなければいけないものでもあるんだ。今回は最初から自分の頭の中である程度の尺もイメージしていたので、思っていたよりもプロットがしっかりある作品に仕上がった。ひとつのシーンに対して、物語の起承転結のようなものがあるような作りになっている。だから、アドリブで何でもありというわけではなく、ある程度僕が手綱を握った状態でやらなければいけなかった。そうは言っても、スタッフやキャストに対して、自由度のある現場にしたいと思っているから、みんな好きにいろいろと実験してもらっているよ。究極的にはそれを使うのも使わないのも監督の僕が決めることだからね(笑)。


ーー確かにプロットはかなり綿密に作られている印象でした。セリフに関しても脚本にしっかりと書かれていたのでしょうか?


ベイカー:それはシーンによるかな。でも僕は自分が脚本に書いたセリフをそのまま一言一句キャストに言ってほしいタイプではない。セリフは割と自由に変えてもいいと思っているんだ。すぐアドリブを勧めるタイプでもあるし、そのほうがよりリアルで興味深い内容になると思う。ただ、今回は共同脚本家のクリス(・バーゴッチ)の力が大きかったと言える。彼はメインストリームの脚本作りを学んできたので、今回の作品構成がハリウッドのような三幕仕立ての構造になっているのも彼のおかげなんだ。僕はどちらかというと編集段階までそういった構造のことは考えないんだ。


ーー脚本や編集もそうですが、今回の作品では撮影まで兼任されていますね。


ベイカー:ハッキリ言うと、本当は撮影なんかやりたくなかったんだよ(笑)。自分に撮影の才能があるとは思わないし、好きでもない。僕にとってはストレスだったね。今回は撮影監督のラディウム(・チュン)が最初の1週間だけ参加することができないというスケジュールの関係と、予算的な問題もあって仕方なく自分でもカメラを回しただけなんだ。それと撮影機材がiPhoneだったのも大きいね。これが35mmのパナビジョンのカメラだったらとてもじゃないけど自分で撮影なんかできなかったと思う。一方で、編集に関しては考え方がまったく異なる。僕の作品のスタイルにおいては、編集は監督の仕事のうち、半分の割合を占めるものなんだ。編集の段階で映画を見つけることも救うこともできるし、『タンジェリン』に関しては、編集段階で発見したことが多かった。最初はまったく使うつもりがなかった音楽を使おうと思ったのも、編集段階で決めたことだった。最初は退色させようと思っていたカラーをよりポップにしたのも編集段階だったね。僕にとって編集はそれぐらい大事なものなんだ。


ーーなぜ編集段階で音楽を入れようと思ったのでしょうか?


ベイカー:実は、編集に入る前にちょっと時間が必要だと思って、プロデューサーの許可を得て3ヶ月ほど時間をおいたんだ。そして編集をするために3ヶ月ぶりに撮影した素材を観てみたら、自分でもビックリするほどのエネルギーを感じた。まさにビートを要求しているようにね。当時僕はVineにハマっていたんだけど、そこで見つけたトラップ系の音楽が編集している映像にとにかくピッタリと合ったんだ。そこからリサーチをはじめて、実際にそのアーティストを探し出し、楽曲の使用権を得ることができた。雰囲気もパーフェクトだったし、カット割り的にもすごく合っていた。そこから、トラップミュージックを中心に、いわゆるミュージックビデオのようなビートに合わせたカット割りを意識した編集の仕方をしていったんだ。中盤でペースがゆっくりになるシーンでは、クラシックを使った。もちろん高いお金は払えないから、パブリックドメインのベートーヴェンの演奏をしている楽曲を見つけて合わせてみたら、それもうまい具合に映像にマッチしたんだ。そこからは、とにかくトラップでもクラシックでもエレクトロでもジャズでも、何でもそのシーンにハマって、リアリティにきちんと即せばいいという考えになったんだ。インパクトを残したかった最後のシーンだけは、操作性のあるものを排除して、シンディとアレクサンドラのキャラクターとリアリティーだけで描きたかったから、音楽も一切使わなかった。この作品を構成する大事な要素でもある音楽の決断を下したのも編集に入ってから2~3週間後に見えてきたことだったから、編集は本当に大事な作業だね。


ーー“音”で言うと、録音に関してはプロ仕様で行われていましたね。


ベイカー:そもそもiPhoneで撮影をしているから、通常のカメラで撮ったような映画の映像とは違う。だからまずはそれを観客に受け入れてもらう必要がある。映像に加えて音も同じようにしてしまうと、それが作品を阻害することになってしまう。だから、iPhoneで撮った映像だけど、音質はどの映画にも匹敵するようなクオリティにしなければいけないと思ったんだ。だから、もしもiPhoneで映画を撮ろうとしている人がいれば、音に関してはプロの録音と録音処理をするべきだとアドバイスするよ。


■「マーベルなどコミックものの監督は絶対にやらない」


ーー今回の作品はあなたにとって長編第5作目となりますが、日本であなたの作品が劇場公開されるのはこの『タンジェリン』が初めてです。アメリカのインディーシーンで活躍されているということもあり、ジョン・カサヴェテスが引き合いに出されることも多いですが、監督自身はどんな作品や監督から影響を受けてきたのでしょうか?


ベイカー:僕にとってはまさにカサヴェテスがNo.1なんだ。自宅の壁に『ハズバンズ』のポスターを飾ってるぐらいだからね(笑)。あとは、僕がニューヨーク大学で映画を学んでいた頃に出会ったマイク・リーや、ケン・ローチなどのイギリスのソーシャル・リアリズムの映画作家たちだね。それに、ラース・フォン・トリアーをはじめとするドグマ95の映画からも影響を受けているよ。世界各国のいろいろな映画を観ているから、各国に必ずひとり影響を受けた監督がいるかもしれないね。最近だと、『フレンチアルプスで起きたこと』などで知られるスウェーデンのリューベン・オストルンドがお気に入りだね。日本の映画監督だと、園子温が好きだよ。溢れるエネルギーと絶対的な狂気が素晴らしいと思う。クラシックな映画や巨匠の作品が好きだと思われることもあるけど、実際は現代のいろいろな作品にも大きな影響を受けているんだ。


ーー最近はインディペンデント出身の監督がハリウッドメジャー映画に挑戦することも増えてきていますが、あなたがそのような映画に挑戦する可能性は?


ベイカー:どうだろう、わからないな……。僕は長いこと低予算のインディーズの世界に身を置いてきたけど、最初の頃は、どこかで一歩外に出て、違うタイプの作品を手がけるイメージも持っていたんだ。ただ今のところ、僕がいる世界はとても居心地がいいからわざわざ離れようとは思わない。それと、ハリウッドメジャー映画に対して僕が最も恐れているのは、監督にファイナルカットが与えられないということだね。あのスコセッシでさえもスタジオからファイナルカットをもらえないんだよ。自分の作品なのにコントロールができないというのは、僕には考えられないことなんだ。とはいえ、最近はスタジオのシステムも変わってきていて、AmazonやNerflixが監督やクリエイターにファイナルカットを与えつつ、自由にやらせるような環境が整ってきている。AmazonもNetflixもそれぞれがスタジオと呼べるほど急成長を遂げているから、それはとてもいい傾向だと思う。ひとつ断言できるのは、マーベルなどのコミックものは絶対にやらないということだね。実は、もともとニューヨーク大学で学ぼうと思ったきっかけは、新しい『ダイ・ハード』を撮りたかったからなんだ。メインストリームの映画もジャンル映画も含め、いろんなタイプの映画が好きだったけど、今はそういう映画を自分で撮りたいとは思わないし、それに対する情熱はなくなってしまったね。とは言え、業界も毎日変動しているから、もしこの質問を1年後に受けたら、まったく違う回答をするかもしれないけどね(笑)。(宮川翔)