2017年01月27日 10:13 弁護士ドットコム
政府は低所得世帯の大学生などを対象に、返済不要の「給付型奨学金」として月2万から4万円を給付する制度を2018年度(一部で2017年度)からはじめることを昨年12月に決めた。
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給付する額や、成績など給付条件なども具体化されているが、今回の制度について、奨学金問題に取り組む弁護士はどう見ているのか。奨学金問題対策全国会議の事務局長と日弁連貧困問題対策本部委員をつとめる岩重佳治弁護士に聞いた。
貸与型奨学金がほとんどを占めていた日本で、国の給付型奨学金が導入されることには大きな意義があります。
他方で、機構の奨学金の貸与者は2015年度で約132万人います。今回の対象者が各学年2万人というのは極めて限定的です。
住民税非課税世帯から進学する人だけをとっても、推計6万人と考えられるのに対し、その3分の1しかカバーできていません。また、学費の高さに比べて、給付額は限定されています。
特に、私立大学に進学して下宿する場合には、授業料を無料にして、生活費を給付型で補い、貸与型を併用して、やっと進学できるレベルです。
対象者の推薦基準にも問題を感じます。推薦のガイドラインに示された要件は、高い学習成績や、教科以外の学校活動などでの大変優れた成果などですが、経済的困難の中にある家庭の子どもは、学習すること自体が困難な環境にあることも少なくなく、基準を満たすのは容易ではないと思います。
教育の機会を確保する「奨学」の視点よりも、優秀な人材を育てる「育英」の視点が重視されてしまったように感じます。
入学後に成績が著しく不振な場合には返還を求めることがある点にも注意が必要です。今回の給付型の規模では、貸与型を併用せざるを得ません。
その場合、なるべく借金を増やさないようにするために、アルバイトに追われる可能性があります。そのような問題を改善することなく、学業不振を本人だけの責任に帰すことは適当ではありません。
返還のリスクをおそれて利用をためらうことのないようにするのが給付型奨学金の大きな意義ですが、運用次第では利用者の不安を払拭できない事態も考えられます。
せっかく実現した給付型奨学金を今後も拡げ行くこと、利用者の置かれた状況に配慮し、今後、制度の改善を続けていく必要があると思います。
給付型奨学金の対象は、新規利用者の一部ですが、現在、返済に困っている人をも救済し、無理な回収を防ぐためは、多くの人が利用する貸与型奨学金制度の改善が不可欠であることを強調したいと思います。
日本学生支援機構の貸与型奨学金には、返済に困難を抱える人に対応するために、返済を先延ばしにする「返還期限の猶予」などの救済制度があります。
しかし、「どんなに経済的困難でも10年しか利用できない」、「延滞がある場合には、それを支払うなどして延滞を解消しないと利用できない」、「機構が訴訟を起こした場合や、利用者が時効を主張した場合などには利用が制限される」など、様々な不当な利用制限があり、困難を抱えた人が必ずしも救われない仕組みになっています。
給付型奨学金など大きなところに目が行きがちですが、貸与型奨学金における歪(いびつ)な返済制度を改善することも、喫緊の課題であることに留意すべきです。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
岩重 佳治(いわしげ・よしはる)弁護士
1958年、東京都生まれ。97年に弁護士登録(東京弁護士会)。東京を拠点に活動。日弁連貧困問題対策本部に所属。弁護士活動の傍ら、多重債務問題や貧困問題に取り組む。得意案件は借金問題、消費者被害、生活保護など。趣味は音楽鑑賞。
事務所名:東京市民法律事務所
事務所URL:http://www.tokyocitizens.com/