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吉田凛音、ようなぴ、根本凪…『E TICKET RAP SHOW』が“アイドル×ラップ”で伝えたかったこと

2017年01月24日 17:52  リアルサウンド

リアルサウンド

『E TICKET RAP SHOW』リリースパーティーの様子。

 2017年1月8日、E TICKET PRODUCTIONがプロデュースしたアイドルラップアルバム『E TICKET RAP SHOW』のリリースパーティーが代官山LOOPで開催された。


 出演は吉田凜音、ようなぴ(ゆるめるモ!)、椎名ぴかりん、根本凪(虹のコンキスタドール)、寺口夏花&山崎愛(sora tob sakana)という『E TICKET RAP SHOW』の参加アーティスト全員。


 さらにオープニングアクトとしてNEWKIDSCREWが出演することになっていたものの、CD『E TICKET RAP SHOW』は約27分しかないアルバムだ。どのようなライブになるのだろうかと思いながら会場に向かった。


 ここで簡単に今回の主役であるE TICKET PRODUCTIONについて紹介しよう。1977年生まれである彼は、「由一」という名義で1998年に「クリアラバーソウル」という個人サイトを開設。当時次々と開設されていた初期テキストサイト(ときに『コジャレ系』とも呼ばれた)の中でも特に注目を集める存在となった。「侍魂」のようなテキストサイトが21世紀に入ってから開設されるよりも昔、いわば古代文明の話である。


 由一はその文才を買われて小説やゲームの脚本を書くようになり、「桑島由一」名義で知られるようになる。ライトノベル『神様家族』が大ヒットして漫画、アニメ、ゲームにもなり、アニメ版やゲーム版の音楽で作詞家としても活動するようになった。


 ここまで読むと、ラップと何の関係もない経歴だが、2007年にはMOE-K-MCZというプロジェクトを発足させる。ここで初めてサウンド・プロデューサー「E TICKET PRODUCTION」が誕生した。MOE-K-MCZの活動休止後は、2011年から2015年2月26日までライムベリーのプロデューサーを務めることになる。


 ヒップホップはもちろん、テクノやハウスへの深い愛情は、ライムベリーの楽曲を際立たせていた。中学生にして不登校になった過去を持つE TICKET PRODUCTIONの傷を投影させたかのようなリリックとともに。特に「Ich liebe dich」は、ライムベリーの最高傑作のひとつとして今も色あせない。


 E TICKET PRODUCTIONは、自分自身のラップの音源を残さない。その代わり、アイドルがラップをしているアルバムが『E TICKET RAP SHOW』だ。E TICKET PRODUCTIONのもと、企画・制作にアイドル専門ライターの岡島紳士、エンジニアに里本あすか(Pastel Pants)、デザインに山田意匠堂、写真にフチザキと、旧知のメンバーが結集している。そして、ジャケットに登場しているのは、今やすっかり売れっ子モデルのりりかだ。


 『E TICKET RAP SHOW』のリリースパーティーは超満員の中で開演し、まず登場したのはオープニングアクトのNEWKIDSCREW。E TICKET PRODUCTION、イイヤン、岡島紳士によるラップグループだ。それなのに岡島紳士がステージに参加するのは実は初めてである。2016年7月22日に開催された『IDOL NEWSING LIVE 2』に彼らが登場した際には、フロアから微妙な反応が起きたものだが、今回は観客も心構えができていたのか、耐える姿勢は万全の雰囲気だ。


 E TICKET PRODUCTIONがDJブースから低音を響かせ、イイヤンとともにラップをスタートさせると、それをただ撮影する岡島紳士。間奏になると「皆さん、踊るところですか?」と岡島紳士が問いかけるのも新鮮だった。岡島紳士は1曲目が終わると「主催だからこんなことをしている場合ではない」とステージを去った。何をしに出てきたのだろうか……。しかし、岡島紳士が去ってバランスを崩したのか、2曲目ではイイヤンがトラックを止めてやり直す一幕も。E TICKET PRODUCTIONは「お前クビ!」とイイヤンに通告し、まさかのグループ崩壊でオープニングアクトは終了した。


 当初からステージの中央には、長い台のようなものがあった。開演ジングルが鳴ると、その台に現れたのは人形劇の人形たちだ。2体の人形は、「ラップをして森に住むみんなをロックしたい」「それはドープ」という話をしはじめた。


 すると、まず寺口夏花&山崎愛(sora tob sakana)がステージに現れた。「AS ONE」での彼女たちは、すっかりフロウが安定しており、高校生と中学生の彼女たちの成長の早さに驚かされた。人形たちも楽曲に合わせて踊り、DJブースには着ぐるみの姿も。


 アイドルの転換時に人形劇が行われる形式でステージは進行した。2番手として登場したようなぴ(ゆるめるモ!)は、「GOES ON」の難しそうなラップをも見事に操ってみせた。


 根本凪(虹のコンキスタドール)のメランコリックな「アウトラウド」は、将来への不安を描いたリリックだ。そして、「グラビアの撮影」というフレーズが出てくるなど、現実の彼女と交錯するリリックでもある。ときに人形たちに手を振りながら「アウトラウド」を披露する根本凪は、ふだんとは異なる輝きを見せていた。


 椎名ぴかりんの「FIRE LIAR」は、ギターがうなり、ビースティ・ボーイズをも連想させるサウンド。ラップの合間のシャウトも彼女ならではのものだった。


 トリは吉田凜音。16歳のラッパーとして「りんねラップ2」を投下し、フロアの体感温度を一気に上げた。曲間には「吉田と友達になりたい!」という人形たちとの会話もあり、そこから「りんねラップ」へ。その熱狂は、まさにひとつの演劇の大団円の感すらあった。


 「りんねラップ」は、そもそもは岡島紳士が制作するDVDマガジン『IDOL NEWSING』のために企画された楽曲だ。そうしたE TICKET PRODUCTIONとのコラボレーションが、これほど吉田凜音のラッパーとしての資質を開花させるとは予想もできなかった。「りんねラップ」と「りんねラップ2」は、それぞれ『E TICKET RAP SHOW』の最初と最後を飾っている。


 人形劇によって『E TICKET RAP SHOW』のリリースパーティーは終了した。観客がアンコールをしはじめるのが遅れるほどの「終劇」感だった。


 アンコールの拍手を受けて、再び登場した吉田凜音の司会のもと感想を聞かれた出演者たち(椎名ぴかりんは「魔界」に帰還して出てこなかった)は、口々に楽しかったと述べていた。


 最後はステージ上の全員による「りんねラップ」。アイドル5人と、人形7体、DJ着ぐるみ1体によるドリーミーな光景とともに『E TICKET RAP SHOW』のリリースパーティーは幕を閉じた。


 ひとつ気になったのは、人形劇のストーリーだった。仲間を作って森の外に行こう。そんなシンプルなメッセージだった。その一方で主人公は、家でインターネットばかりしていて、そのくせ自分を特別な存在だと思っている、というキャラクターだった。


 その主人公は39歳。実はE TICKET PRODUCTIONと同い歳なのだ。その点に気づいたとき、おそらくは彼自身を投影させた人形劇だったのだろうと考えた。人形劇でのメッセージも含めて。


 E TICKET PRODUCTIONは、自分自身のラップの音源を残さない。その代わり、アイドルにラップをしてもらう。そして、人形劇の人形たちには自分のメッセージを託していた。


 そんなE TICKET PRODUCTIONがプロデュースした『E TICKET RAP SHOW』のリリースパーティーは、アイドルたちのふだんの活動では見れない面を見せてくれるイベントだった。ふだんからラップをしているアイドルは一組もいないのだから。


 そして、こうした試みが日本のフィメール・ラッパーのシーンを少しでも刺激してくれれば、きっと面白いことになるはずだ。遅咲きのヒップホップのプロデューサーとして、E TICKET PRODUCTIONにシーンで活躍してほしいと改めて感じたイベントでもあった。(宗像明将)