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NetflixはSFファンにとって「希望の光」だ! 超常現象ドラマ『The OA』に驚愕せよ

2017年01月24日 15:12  リアルサウンド

リアルサウンド

『The OA』より

「『SF』の表記はNGで」。これは、映画についてものを書く仕事をしていて、実際これまで何度も日本の外国映画を配給する会社から直接、または間接的に通達された注意事項だ。作品の解説に「SF」という言葉が入ると、映画のヒットにとって不可欠される女性層に敬遠されるからだという。なんとも女性をバカにした話だが、そのようなマーケティング主導のSF作品への冷遇は日本だけでなく、現在のハリウッドにも蔓延しているようだ。リドリー・スコット監督『エイリアン:コヴナント』(アメリカ5月公開)やドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ブレードランナー 2049』(アメリカ10月公開予定)のような巨匠の作品やシリーズ/リブートものにはGOサインは出ても、例えば『ブレードランナー 2049』と同じドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品の『メッセージ』(日本公開5月予定)のようなチャレンジングな単発SF作品は、現在のハリウッドのスタジオ・システムの中ではなかなか実現しないのだと、映画業界系サイトの記事でプロデューサーも明かしている。(参考記事:Denis Villeneuve, 'Arrival' producers on making their $50m sci-fi outside of the studio system)


参考:Netflix『火花』なぜNHK総合で放送? 吉本興業による映像事業の可能性


 そのようにハリウッドのメジャー・スタジオが新規のSF企画に及び腰になっている中にあって、今、最も気を吐いているのがNetflixと言えるだろう。この2年間だけでも、ウォシャウスキー姉妹製作(及び主要エピソードを監督)の『センス8』(2016年末にクリスマススペシャルが配信され、シーズン2が今年5月に配信予定)、昨年のテレビシリーズ界の話題を席巻した『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(シーズン2が今年配信予定)、そして今年はルーニー・マーラ、ジェイソン・シーゲル、ロバート・レッドフォードという豪華キャスト陣が話題の『ザ・ディスカバリー』(3月31日配信予定)とメジャーのSF作品クラスの予算で製作されたSF関連のドラマシリーズが目白押し。さらに、SFファンにはお馴染みの英国Channel4製作による1話完結のブラックユーモアSF作品『ブラック・ミラー』も、2年弱のブランクを経て昨年のシーズン3からはNetflixが製作を引き受けている。SF作品のファンにとって、今やNetflixは「希望の光」と言える状況なのだ。


 そんな中でも、本稿で注目したいのは、昨年12月16日から配信がスタートしている『The OA』だ。製作・脚本・主演を手がけているのは現在34歳のブリット・マーリング。マーリングはまだ20代の時点で今作と同じように製作・脚本・主演を手がけた『アナザー・プラネット』と『Sound of My Voice』(日本未公開)、2本の長編作品を発表。それ以降も女優仕事の傍ら(なにしろ女優としても普通に売れっ子なのだ)意欲的に自身の企画を実現させるべく奔走し続け、今回のNetflixでの『The OA』は、『Sound of My Voice』、『ザ・イースト』に続く3作目のザル・バトマングリ監督とのコラボレーションにして、初めて自身が製作にも関わったテレビシリーズとなる。


 アメリカの映画界にはダイアン・キートンやジョディ・フォスターを筆頭に、自身が映画製作に乗り出すだけでなく、原案や脚本や監督にも意欲的に取り組む女優の系譜がある。しかし、マーリングのキャリアは20代から製作サイドに立ってきたこと、そしてその作品が極めて限定されたジャンルの作品ばかりであることにおいて際立っている。発表順にそのジャンルを簡潔に記すなら、『アナザー・プラネット』=SFヒューマンドラマ、『Sound of My Voice』=SFサイコスリラー、『ザ・イースト』=クライムスリラー、そして『The OA』=SF超常現象ドラマといったところ。唯一、SF要素が希薄な『ザ・イースト』だが、これは多国籍企業にテロを仕掛けるカルト的なエコロジスト集団を描いた作品で、マーニングにとって「SF」と並ぶ頻出テーマである「死生観」や「宗教」の一側面を過激に描いた作品であった。


 見目麗しい若い才女が、どうして「SF」や「死生観」や「宗教」に取り憑かれた不思議な作品ばかり作っているのか? 理由の一つは、彼女がワシントンDCの名門校ジョージタウン大学で経済学の学士を取得した後、リーマンショック直前の時期に世界有数の投資銀行ゴールドマン・サックスで投資アナリストのインターンとして働いていた経験だという。金融の最前線で働くことで、マーリングは「人生の無意味さを知った」とインタビューで率直に語っている。つまり、『ザ・イースト』で描いてみせた企業へのテロは、極めてマジな政治姿勢の表明だったわけである。女優の道に進むようになってからも、駆け出しの時期にもかかわらず「こういう典型的な女性像の役は演じられない」と決まりかけた作品への出演を拒否するなど、マーリングはかなり扱いづらい存在だったという(それでも女優として活躍してきたのだから大したものだ)。


 そんなマーリングが「2年間の白昼夢と、半年間自室に引きこもっての執筆作業」(本人のツイートより)を経て仕上げたのが本作『The OA』の脚本。当初、彼女はまるで自動筆記のように一心不乱に脚本を書いた後、我に返って「こんなにストレンジなストーリーの作品に、SFに対して保守的になっている映画会社が製作にGOサインを出すわけがない」と映画化を半ば諦め、舞台での上演に向けて動いていたという。そこに手を差し伸べたのが、SF作品の製作に異常なほど積極的(だとしか思えない)なNetflixだった。


 さて、未見の読者のみなさんの中には「で、The OAってそもそもなんのこと?」と思う人も多いだろう。本作の驚くべき点は、全8エピソード、約8時間の全編を観終えて口から出てくるのも「で、The OAってそもそもなんのこと?」という言葉に違いないということだ。ロシアの新興富豪の家で生まれた主人公は、事故で失明し(その時に臨死体験をする)、アメリカのある平凡な夫婦に里子に出された後、7年間失踪した後に目が見えるようになって(身体中には不思議な傷跡もできて)里親のもとに戻ってくる。そして、自分のことをThe OAと名乗るようになる。ええっと、一応OAがオリジナル・エンジェルの略だってことまではセリフの中に出てくるんだけど、そのオリジナル・エンジェルが何を意味するかについては、完全に視聴者の解釈にゆだねられているのだ!


 そんな強烈なツカミを持つ本作『The OA』。リアルサウンド映画部の編集部では、ほとんどの部員はこの年末年始にかけて本作を最後まで完走していたが、その解釈をめぐって会議が紛糾。これまでのマーリングの作品同様に主要テーマは「SF≒超常現象」と「宗教」なのだが、マーリングの過去作の免疫がないと「なんだこれ?」で終わってしまう可能性がないとは言えない。


 しかし、どう考えても映画化困難で、仮に映画化されていたとしても(後にカルト作品として語り継がれていくことはあっても)インディーズで少ない予算で製作され、本国で細々と公開、普通に日本では公開スルーされそうなこの作品が、こうして潤沢な資金で8エピソードという贅沢な尺で製作されて、世界中に配信されるやいなや多くの熱狂的なファンを生んでいるという現状は快挙と言えるだろう。なにしろ、これまでマーリングの「才能」と「狂気」について熱く語ろうにも、語る相手がなかなか見つからなかったのだ。それが、「家に帰ったらNetflixで『The OA』見てみて」の一言で広がっていくのだから、マーリング・ファンとして、そしてSFファンとして嬉しい限り。


 ちなみに、マーリングの右腕、ザル・バトマングリ監督は、2013年にリリースされた最新作がビルボードのアルバムチャートで1位にもなったヴァンパイア・ウィークエンドの元中心メンバー、ロスタム・バトマングリ(昨年、バンドを脱退)。ニューヨークのブルックリン・シーン最重要バンドのキーマンであった彼は、本作『The OA』で劇伴を担当している。また、主人公が7年間監禁されていた「ある場所」で出会うことになる、主人公と同じく臨死体験をしたことのあるキューバ在住のシンガーを演じているのは、ブルックリン・シーンの人気シンガーソングライター、シャロン・ヴァン・エッテン(本作が女優としての初作品)。USインディー音楽好きにも見逃せない作品であることを、最後に付け加えておく。(宇野維正)