2017年01月24日 10:33 弁護士ドットコム
長時間労働に起因する過労自殺事件などを受けて、長時間労働の是正に向けた動きが企業で広がっている。日経新聞の調査によると、上場企業301社の73%が、働き方改革の最優先課題として、長時間労働の是正をあげているという。
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紳士服の販売業などを営むはるやまホールディングス(岡山市)は1月12日、月の残業時間がゼロだった社員に対して、月に1万5000円を支給する「No残業手当」を4月から導入することを発表した。
また、求人広告業などを営むトーコンホールディングス(東京・中央区)は社員の残業時間がゼロでも、月に30時間分の残業代を支払う制度を2016年10月から導入している。
企業によってさまざまな取り組みが進んでいるようだが、こうした施策について、労働問題に取り組む弁護士はどう見ているのか。長時間労働の問題に取り組む今泉義竜弁護士に聞いた。
現在、長時間労働抑制のために企業が様々な努力をしはじめていること自体は、よい傾向であると思っています。実施した結果どのような効果が出ているかについても、継続的な発信をしていただきたいと思います。
ただ、「No残業手当」や「残業ゼロでも残業代支給」という制度は、運用によっては違法になる可能性があるので、注意が必要です。
これらの手当は、残業をしない人にも手当を出す、ただし、残業した場合にはその手当を残業代分減らすもののようです。これは、残業してもしなくても、一定の時間外手当がつくといういわゆる「固定残業代」制の一種であると見ることができます。
実は、この「固定残業代」制は、以前より多くの企業で導入されていますが、実際にはその多くが違法であり、サービス残業の温床になっています。
裁判例では、適法な「固定残業代」と言えるためには、通常支払われる賃金と残業代が明確に区分されていることが必要とされていますが、その要件を満たしているケースはまれです。
今回の『No残業手当』なども、通常払われる賃金と残業代の境界が曖昧になる制度ですので、運用によっては違法となる可能性が高いといえます。
そもそも、「残業しない従業員に手当を出す」「残業しない従業員を高く評価する」というのは、残業するかどうかについて労働者に決定権があることを前提とした議論ですが、その前提自体疑問です。
労働者は業務命令に従う義務があり、業務が終わらなければ残業する義務も生じます。今問題となっているのは、多くの労働者が過重な業務で健康を害するほどの長時間労働を余儀なくされている日本の現状をどう打開するかです。
労働時間を適正に把握して管理する義務は使用者にあります。使用者が、所定労働時間の範囲で業務が終わるようなマネジメントをすること、そのために知恵を絞ることこそが必要です。そこをせずに、「残業しない従業員を評価」するという方向で時短を実現しようとすれば、必ず「残業隠し」「持ち帰り残業」が発生します。
労働者個人に自己責任を負わせる形での「働き方」改革ではなく、組織的な「働かせ方」改革こそ求められています。
また、各企業の努力だけに委ねていては、適正な時間管理をしている真面目な経営者ほど短期的には競争に負けてしまうという面もあることは否めません。
一律に適用される厳格なルールによって公正な競争を担保するという観点からも、労働時間の上限を明記し、残業代の割増率を引き上げ、違反した場合には厳重な罰則、制裁を課す方向での労働基準法改正が必要です。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
今泉 義竜(いまいずみ・よしたつ)弁護士
2008年、弁護士登録。日本労働弁護団事務局次長。青年法律家協会修習生委員会事務局長。労働者側の労働事件、交通事故、離婚・相続、証券取引被害などの一般民事事件のほか、刑事事件、生活保護申請援助などに取り組む。首都圏青年ユニオン顧問弁護団、ブラック企業被害対策弁護団、B型肝炎訴訟の弁護団のメンバー。
事務所名:東京法律事務所
事務所URL:http://www.tokyolaw.gr.jp/