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筒香嘉智が見せた“本気の顔”ーー『FOR REAL ベイスターズ、クライマックスへの真実。』レビュー

2017年01月23日 15:02  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)YDB

 『FOR REAL ベイスターズ、クライマックスへの真実』は“顔”の映画だ。選手、スタッフ・コーチ・監督、ファン、そしてベイスターズという球団。1年間の闘いの中で、苦悩し、涙し、歓喜する彼らの“顔”がカメラに刻みこまれている。ファン限定の特典映像では決してない。正真正銘のドキュメンタリー“映画”として、本作は輝かしい魅力を放っている。


参考:「週末映画館でこれ観よう!」今週の編集部オススメ映画は『FOR REAL ベイスターズ、クライマックスへの真実。』


 かつて、山形国際ドキュメンタリー映画祭にスタッフとして参加した際、ディレクターを務める藤岡朝子氏が「ドキュメンタリーは世界の窓」とお話されていた。断片的な情報ではなく、知らない場所や時代を見せてくれるもの、自分が知っている世界の固定概念をひっくり返してくれるもの、と。


 本作もまた、その条件を満たしていると言っていい。プロ野球選手の、プロ野球の、これまで知らなかった世界を垣間見ることができるからだ。


 映画は2015年の最終戦セレモニーから始まる。カメラはこのシーズンで退任が決まった前監督・中畑清の姿を追い、ベンチ内での最後のスピーチを映し出す。


「もうここまで来てるぞ。俺はお前らの力を引き出せなかった。全員が勝つための強い気持ちをもっていけば、必ず勝てるようになるから」(意訳)


 ベイスターズにとって、2015年は天国から地獄を味わったシーズンだった。5月16日には26勝15敗で11の勝ち越しのダントツ1位。優勝した1998年以来、最大の勝ち越し数であり、このまま優勝に、少なくともAクラス(3位以上)には入るとファンの誰もが胸をときめかせた。もうあの弱い時代とはおさらばしたのだと。しかし……前半戦を首位で折り返すも、後半戦に失速。プロ野球初となる貯金二桁からの最下位という不名誉な記録を作ってしまった。


 去りゆく指揮官の言葉の熱さと寂しさ。ベイスターズは2016年、初のクライマックス出場(3位)を果たすのだが、その結果を知っているだけに、中畑清が最後に投げかけた言葉の重さ、それを受け止めた選手たちの顔がどうしようもなく胸にくる。2016年躍進の第一歩はここから始まっていたのだ。


 2016年、開幕戦こそ勝利するものの、4月終了時点で9勝18敗2分けの大失速。一時期は「年間100敗ペース?」などと言われたりもした。前年後半戦の不調そのままに、「今年もダメなのか……」と新指揮官のアレックス・ラミレス監督に懐疑的なファンも少なくなかった。しかし、テレビやニュースで見るラミレス監督は常に前向きだった。ファンの意識とは逆に、選手たちの中でもこれまでのようなネガティブな空気はなかったという。いかにして、チーム内で上昇する空気が作られていたか。本作ではその答えを教えてくれる。


 空気の中心にいたのは、チームの4番でありキャプテン、日本代表でも4番を務める筒香嘉智だ。インタビューなどでは、ほとんど笑うこともなく、冗談も言わない。まさに真面目。しかし、本作ではそのパブリックイメージとは真逆の筒香嘉智の姿を観ることができる。


 試合前には爆音でラテン音楽を流し踊る。選手だけではなく、監督やコーチにも大声を出しながらコミュニケーションをとり、文字通りチームのテンションを挙げ、試合中の姿しか知らない人にとっては、こんな一面もあったのかと大いに驚くことだろう。劇中、2013年(当時21歳)の頃の筒香が映し出されるが、その姿、顔付きは今とは別人と言っていいほど。歳を取れば、顔付きは変わるものだが、わずか3年間でここまで人は変わるのか?と思えるほど纏う雰囲気がまったく違う。誤解を恐れずに言えば、2013年の筒香は気弱で自信がない、そんな印象だった。


 元来、自分はキャプテンタイプではないし、喋ることも苦手だと話す筒香は、なぜここまで変わることができたのか。筒香は言う。


「本気になったら、恥ずかしいとか何も思わなくなった。チームのために、勝つためにやっているだけ。個人成績がすごい選手はいる、でも個人成績もすごくてチームも勝たせられる選手はそんなにいない。僕はそういう選手になりたい」(意訳)


 私たちは会社であれ、学校であれ、部活であれ、サークルであれ、何かコミュニティに所属するとき、“自分”を守るために、遠慮したり、我慢したり、建前を言うことがある。しかし、その組織の中で何かを成さなければいけないとき、自分を守ることは時におおきな足かせともなる。本気になったとき、人は変わる。そして、その本気は人に伝染していく。本作を観ながら、自分はどこまで本気になっているか、それを問わずにはいられなかった。


 チームは筒香を中心に変わった。若手選手たちがクライマックスシリーズの激闘を経験し、勝ち方と勝利への執念を得た1年だった。本稿では語ることができなかったが、本作で中心選手としてピックアップされた今永昇太、石田健大、桑原将志、梶谷隆幸らの姿を見れば、12球団で一番弱いと言われた負け犬チームではもうないと確信を持てるだろう。


 プロ野球という輝かしい舞台の裏で生まれる葛藤と苦悩、そして喜び。金澤裕太監督のチームの一員となる姿勢によって生まれた本作は、これまで私達が知ることのなかった世界を拡げ、自らへの問いも与えてくる。ファンだけではなく、多くの人に観てもらいたいドキュメンタリー映画だ。(石井達也)