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『島々清しゃ』は不器用な大人たちを包み込むーー沖縄の離島で“グルーヴ”が生まれるまで

2017年01月22日 19:02  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)2016「島々清しゃ」製作委員会

 ちんだみが狂う。それは、登場人物それぞれが奏でる不協和音のようなものだろう。それが沖縄を代表する作曲家・普久原恒勇の名曲「島々清しゃ」によって一つの美しい音楽としてグルーヴする。


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 『島々清しゃ』は故・新藤兼人を祖父に持つ新藤風が手がけた、沖縄の離島を舞台にした映画である。


 主人公うみ(伊東蒼)は、耳が良すぎて少しでも音のズレを感じると頭痛がしてしまう。


「ちんだみ狂ってる、わじわじする」


 うみの言う「ちんだみ」はチューニングのようなものだ。学校の喧騒も吹奏楽部の音も、母親さんご(山田真歩)の唄も、自分自身が奏でる音さえも、彼女は聞くだけで頭が割れそうになり、否定するしかない。


 映画の冒頭は、彼女がちんだみを否定して回っているところから始まる。指摘される対象は、当惑することしかできない。それだけで彼女がこれまで周囲と壁を作り、衝突し続けてきただろうことがわかるのだが、そこに、ピアノの調律が狂っていることに気づき困った表情を浮かべるヴァイオリニストの祐子(安藤サクラ)が登場する。それは、祐子とうみがどこか共通した存在であること、これから祐子がうみの絶対的な理解者になっていくだろうことの幸せな予兆である。東京からやってきて島の空気に癒され、うみをはじめ子どもたちをサポートしていく祐子を、安藤サクラがまるで彼女自身であるかのように自然に演じている。


 この物語は、3人のよそものの物語だ。唄三線の名手で島の人々に愛され、尊敬されているおじい(金城実)の娘であるにも関わらず唄と踊りができないさんごと、聴き手としての能力が際立って生まれてきてしまったその娘であるうみ、そして東京から来た祐子である。


 さんごとうみは島で浮いている。それは、さんごの母親が誰かわからないということから派生しているのだろう。サックス奏者である漁師・真栄田(渋川清彦)が家督を継ぐために夢を諦めて島に戻ってきた話を聞くにつけ、因襲を重んじる島では、おじいの正式な娘ではないさんごは、島の中で認められていないのである。唄三線の名手であるおじいの娘なのに唄も踊りもできないさんごは、そのことを笑われ、おじいにもうみにも否定され、島に居場所がなくなり島を出て行く。そしてうみもまた、おじいの孫でありさんごの娘として色眼鏡を通して見られるわけだが、だれもわからない音の違いを指摘して騒ぐ変わった子どもとして当惑されている。


 さんごはうみに耳あてをつけさせる。それは、うみの「耳がよすぎるから少し聞こえなく」するというさんごなりのうみへの思いやりなのであるが、それは音のずれが耐えきれないうみのためであり、島の中で生きづらいさんごの、島の人たちが自分達を噂する声をシャットアウトするための措置だったのだろう。しかし、自分が母親の唄を否定したせいで母親が島を出て行ったと思っているうみは、その耳あてをつけることで、自分の耳を「悪い耳」と否定せずにはいられないのである。母親の愛のように暖かくて静かな耳あては、よりうみを外の世界と隔離し、自分の世界に閉じ込めてしまう。


 うみは吹奏楽部に次第に受け入れられていく。自分の音にも他人の音にも否定的だったうみは、「みんなもっと他の人の音を聞こう」という孝太の言葉がきっかけで耳あてを少しずらして周りの音を聞こうとするようになる。そして、自分自身の音からも逃げずに練習を続けるのだ。


 最後、うみはさんごを音楽で包み込む。耳あてをさんごに預け、「耳ふさいでたらいつまでもあわん」と言って。彼女は自らの成長をもって、孤立し自らの世界の中に閉じこもって苦しんでいたさんごを包み込むのである。


 そして、祐子もまた同じようにうみをはじめ子どもたちに救われる。自然に島の人たちに溶け込んだかのように見える祐子だが、最初は真栄田に警戒され、ヴァイオリンで沖縄の曲を演奏するとうみに否定される。誰にも何も言わずに東京に逃げるように去ろうとする彼女が、最後に子どもたちと「島々清しゃ」を演奏する場面は、本当の意味で彼らに受け入れられたということを示しているのである。


 真栄田が、みんなで演奏した曲名を問われて「レッテルなんかいらん、グルーヴしてるかしてないかさ」と答えるように、彼らはグルーヴする。島の人間かそうでないかでもなく、母親がいるかいないかではなく、音が聞こえるか聞こえないかではなく、全ての垣根を越えて、音楽で一つになる。ただがむしゃらに「きれいな音になろう」とするうみと子どもたちが、不器用な大人たちを包み込む。その姿は、涙なくして観られない。(藤原奈緒)