2017年01月22日 10:53 弁護士ドットコム
奈良市の婦人科クリニックが、凍結保存していた受精卵を、夫の承諾を得ないで妻に移植していたことが報じられ、波紋が広がっている。
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報道によると、夫婦は2010年に体外受精が成功し、長男が生まれたが、2013年から別居していた。女性は2人目の妊娠を希望し、2014年、冷凍保存されていた受精卵を移植した。その際、クリニックは男性の意思を確認しなかった。妻は移植で妊娠し、2015年4月に女児を出産。男性の嫡出子として出生届を出した。
一方で、男性は女性の妊娠後、移植の事実を知ったという。2人は2016年に離婚。夫は、女児とは法律上の親子関係がないことを確認する訴訟を奈良家裁に起こしている。
男性側は「同意がない移植による出産を民法は想定していない」として、親子関係を認めるべきではないと主張しているというが、親子関係は法律上どのように決まるのか。今回のような問題についてどう考えればいいのか。打越さく良弁護士に聞いた。
法律上の親子関係は、お互いの相続権や扶養義務などの大切な「土台」です。ところが、生殖補助医療が進展する一方で、それが用いられた場合の親子関係をどのように規律するかという点について、法律上の規定は用意されていません。そこで、今のところ、生殖補助医療を用いた場合の親子関係も、民法の親子の規定によることになると考えらます。
民法上、妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定されます(772条1項)。ただし、判例上、懐胎時期に夫が海外出張や刑務所への収監などにより長期不在であったり、すでに別居して事実上の離婚が先行していたりする場合など、妻が夫の子を懐胎することが外観上不可能だった場合には、懐胎を推定する基盤を欠き、父子関係が生じない(嫡出推定を受けない)ことになっています(外観説)。
本件では、別居後に受精卵を移植、妊娠したということですが、それが「夫の子を懐胎することが不可能であることが外観上明白な場合」にあたるのかどうか、具体的事情がわからずなんともいえません。懐胎当時別居していても、婚姻の実態がないことが明らかであったとまでは言いがたいとして、請求を却下した事案もあります(最高裁平成10年8月31月判決)。
外観上明白な場合だとしても、家庭裁判所の実務上、DNA鑑定を実施し、別の男性の子であることを確認するものですが、本件の場合、血縁上は元夫の子です。外観上明白ではあるが、血縁上は元夫の子という場合に、どのように判断されるべきか。裁判例がないところです(だからこそ訴訟提起がニュースになるのですが)。
ある文献で、「第三者の提供による精子を用いて懐胎する生殖補助医療(AID)について、夫が同意を与えたときには、父子関係の否認は認められない」との規定案が提示されていました(窪田充見著「実親子法」中田裕康編『家族法改正 婚姻・親子関係を中心に』有斐閣、2010年、68頁)。
すなわち、「AIDについて夫が同意を与えてないときは、父子関係を否認できる」ということですが、上記の文献にも本件のような配偶者間人工授精(AIH)についてはこのような規定は提案されていません。
父子関係が否認されないとしたら、元妻から元夫へ養育費を請求できるのでしょうか。同意なく移植した元妻からの請求は信義則違反として斥(しりぞ)けられるという見解もありえます。
他方で、婚姻費用の分担の事案ですが、有責配偶者からの生活費分は否定されても、子どもの監護費用相当分については生活保持義務が認められ認容されていることからすると(東京家裁平成20年7月31日決定)、認容される可能性もあり得るのではないでしょうか。
生殖補助医療を用いた場合に限らず、実親子関係についての規定は不備が多々あり(誰が母であるかについての規定はない、嫡出否認権者を父に限定していることetc.)、生まれてくる子の立場が不安定にならないよう、早急に見直しが必要でしょう。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
打越 さく良(うちこし・さくら)弁護士
離婚、DV、親子など家族の問題、セクハラ、子どもの虐待など、女性、子どもの人権にかかわる分野を専門とする。第二東京弁護士会所属、日弁連両性の平等委員会・家事法制委員会委員。夫婦別姓訴訟弁護団事務局長。
事務所名:さかきばら法律事務所
事務所URL:http://sakakibara-law.com/