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『おんな城主 直虎』が子役パートをじっくり描く理由 人間ドラマ重視するNHKの狙いを読む

2017年01月22日 06:02  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)NHK

 その勇気が素晴らしい。


 大河ドラマ『おんな城主 直虎』(NHK)が、1か月間に渡って子役パートを描くと聞いたとき、率直にそう感じた。子役パートを作らなかった『真田丸』(NHK)とは対照的であり、昨今のせっかちで飽きっぽい視聴者傾向を踏まえると、大きなチャレンジであるのは間違いない。


参考:大河ドラマは朝ドラ並の人気を獲得できるか? 『おんな城主 直虎』森下佳子の脚本を考察


 子役パートをじっくり描くことの目的は何なのか。


 最大の狙いは、「作品のテーマと、主人公のアイデンティティを視聴者に植えつける」ことだろう。今作で言えば、井伊直虎(おとわ)、井伊直親(亀之丞)、小野政次(鶴丸)の絆と、直虎が“おんな城主”になる理由がそれにあたる。


 幼い時期に、切ない思いを抱き、悲しい別れを経験し、宿命の重さを実感するからこそ、視聴者は3人に感情移入でき、「その人生を見届けよう」と心に決める。だからこそ今後3人が苦境に陥り、道を切り拓くシーンでは、何となく「こういう人だからできたのかな……」と思うのではなく、「幼いころからこういう人だったから」と確信を持って見ることができるのだ。


 特に『おんな城主 直虎』は、『真田丸』と比べると小さなスケールの物語であり、主人公の直虎を筆頭に未知の人物が多い。視聴者にしてみれば、「放送前のイメージが薄く、共感しにくい」という前提があるだけに、「3人の人柄や背景を幼いころからしっかり見せておきたい」という側面もあるだろう。


 幼いころからの人柄や背景を丁寧に描けるのが、脚本家・森下佳子の強みだ。『世界の中心で、愛をさけぶ』(TBS系)、『JIN -仁-』(TBS系)、『とんび』(TBS系)、『天皇の料理番』(TBS系)など、登場人物一人一人を大切に扱い、人間ドラマを生み出す筆致は、業界屈指のものがある。


 とりわけ子役パートを描く上手さでは他の追随を許さない。『白夜行』(TBS系)では、重要な初回を2時間に拡大した上で、ほぼ子役の2人(泉澤祐希、福田麻由子)だけで成立させて絶賛を集めた。さらに、昨年の『わたしを離さないで』(TBS系)でも、子役(鈴木梨央、中川翼、瑞城さくら)パートに2話を使い、過酷な運命をじっくり描いていた。


 『おんな城主 直虎』では、子役パートを4話に広げるのだから、もはや他作品の“子役パート”との比較をはばかるくらい、森下脚本が進化していると言ってもいいだろう。ただ、そもそも大河ドラマは、日本唯一の年間ドラマであり、ある人物の生涯を描く物語なのだから、子役パートに1か月間を使うくらいのほうが自然なのかもしれない。大人顔負けの演技と、時折のぞかせる子どもの顔。子役たちの熱演を見守るとともに、成長した姿に思いをはせるのも醍醐味の1つだ。


 NHKのキャスティングは、同じ俳優を重用するなど賛否を呼ぶことも多いが、こと子役に関しては、どの作品をとっても見事と言うほかない。とりわけ大河ドラマ、朝ドラでは、主演俳優の面影と演技力を併せ持つ子役を抜てきし、言葉づかいや所作をきっちり教え込んでいる。今作の新井美羽、藤本哉汰、小林颯が残り2話の演技で人気を集め、のちに再登場を望む声もあがるのではないか。


 長年の大河ドラマファンは、どうしても歴史上の大事件や合戦シーンに期待をしてしまうところがある。それを昨年の『真田丸』は軽やかにスルーして驚かせた。今作も子役パートの描き方を見る限り、歴史上の大事件や合戦シーンよりも、直虎を中心にした人間ドラマに重きを置くだろう。つまり、「視覚よりも感情に訴えかける」作品になるということだ。


 『真田丸』のヒットと比べるまでもない。『おんな城主 直虎』は、「一年間追いかけるに値する大河ドラマ」と確信している。(木村隆志)