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大河ドラマは朝ドラ並の人気を獲得できるか? 『おんな城主 直虎』森下佳子の脚本を考察

2017年01月15日 11:51  リアルサウンド

リアルサウンド

 昨年の『真田丸』(NHK/16年)の成功で大河ドラマが勢い付いている。


参考:ジェンダーフリー体現する柴咲コウ、次期大河ドラマ『おんな城主 直虎』は代表作に?


 今年は森下佳子の『おんな城主 直虎』(以下、『直虎』)、来年は中園ミホの『西郷どん』、再来年はオリンピックを題材にした宮藤官九郎・脚本のドラマと話題作が続く。いずれも連続テレビ小説(以下、朝ドラ)で成功した脚本家を中心としたチームによって制作される。おそらく、NHKとしては現在の朝ドラのように大河ドラマを盛り上げていきたいところだろう。その意味で『直虎』にかかる期待とプレッシャーは大きいのだが、第一話を見る限り、森下佳子らしい順当な滑り出しだったのではないかと感じた。


 物語の舞台は戦国時代後期(天文十三年)の遠江の伊井谷。500年にわたって伊井谷を守ってきた伊井一族は、現在は隣国・駿河の今川家の統治下に入っていた。後に伊井直虎となるおとわ(新井美羽)は、いいなずけの亀之丞(藤本哉汰)、幼なじみの鶴丸(小林颯)と楽しい日々を過ごしていたが、幸福な子ども時代は突然、終りを告げる。


 史実を元にした大河ドラマは、登場人物が多く、専門用語が多いため、その時代の知識がないと見続けるのが難しい。筆者自身も伊井家に対する前知識はほとんどなく、名前がわかるのは今川義元ぐらいだったため、少し敷居が高いと感じていた。しかし、すんなりと作品に入っていけたのは、主人公の幼少期から物語がスタートしたからだろう。


 子ども視点で物語を紡ぐことの利点は、子どもが見聞きすることでこの世界のことを知っていく過程を追体験することで視聴者が物語の中に入りやすくなることにある。その意味で『ドラゴンクエスト』を筆頭とするRPGのようで、おとわたちが遊ぶ森の中の描写も幻想的で、ファンタジー作品を見ているかのようである。仲村梅雀のナレーションも、昔話を語っているかのように呑気な趣でファンタジー感を際立たせる。


 『NHK大河ドラマ・ストーリー おんな城主直虎 前編』(NHK出版))のインタビューによると、劇中でおとわたちが探す竜宮小僧の立場で語っているそうだが、目には見えない精霊的存在が、子どもたちを見守っているかのような優しさがある。しかし、大人の世界の過酷な現実はじわじわと押し寄せており、亀之丞の父は今川家に謀反を企てた疑惑がもたれ処刑されてしまう。今川家から亀之丞の首を差し出せと言われた伊井家が亀之丞を密かに逃したことで、おとわと亀之丞は離ればなれになってしまう。


 『ごちそうさん』(13年)のチームが中心となって制作している『直虎』だが、見ていて感じたのは朝ドラで培われてきた視聴者を引き込む導入部がうまく取り込まれているということだ。朝ドラは初週で主人公の幼少期を描き、そこで一生を左右する原体験を描くことで、ドラマの核となる部分を視聴者に見せる。つまり、朝ドラの幼少期には作品のすべてが詰まっていると言える。森下も『ごちそうさん』の初週で主人公の幼少期を描き、食べることに対するあくなき思いを描いていたが、本作ではおとわ、亀乃丞、鶴丸の三人の物語だということが印象づけられる。また、亀乃丞を守るためにおとわは竜宮小僧になる、と誓うのだが、これは、女でありながら戦国武将となる伊井直虎の誕生を暗示しているのだろう。


 幼少期の絶対的な体験が、後の人生を支配してしまうという見せ方は『ごちそうさん』だけでなく『白夜行』や、『わたしを離さないで』(06年、16年/ともにTBS系)でも描かれていたものだ。特に伊井直親役の三浦春馬が出演していた『わたしを離さないで』では、外界から遮断されたコミュニティで育ち、特殊な価値観を植え付けられた子どもたちの物語であったため、幼少期の人間関係と原体験が丁寧に描かれ、それが森下のドラマに厚みを与えていた。


 大河ドラマは、主人公となる歴史上の人物の生涯と歴史的な出来事を満遍なく描こうとするあまり、冗長なものとなってしまうことが多い。『真田丸』の三谷幸喜が優れていたのは、史実を踏まえた上で歴史の網目をかいくぐるストーリー展開と、見せるところは見せて、省略するところは大胆に省略する緩急の付け方だった。つまり見せたいエピソードの時間配分の取捨選択こそが大河ドラマの明暗を分けるのだが、『おんな城主 直虎』では、なんと一か月(4話)をかけて直虎の幼少期を描くという。このことに対して賛否があるようだが、個人的には『ごちそうさん』の幼少期の描写が好きで一週で終わってしまったのが残念だったので、大歓迎である。


 『ごちそうさん』もそうだが、日曜劇場で放送されていた『JIN -仁-』や『天皇の料理番』(09年、15年/ともにTBS系)など、森下は歴史モノを多数手がけている。大河ドラマこそはじめてだが、現代劇を書いていた頃から、幼少期を起点とした一人の人間の人生を描くということを森下は繰りかえしてきたことを考えると、長い時間の流れの中で人間を描いてきたと言える。そんな森下の作劇手法は、大河ドラマと相性は良いのではないかと思う。(成馬零一)