2017年01月15日 10:42 弁護士ドットコム
仕事始めの企業が多かった1月4日、ネットの掲示板にある男性会社員から悩みの声が投稿された。上司から「お前、4月から中国勤務な」と海外赴任を命じられたというのだ。
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男性は6月に第一子が誕生する予定で、「無理です」と返答するも、上司は「お前の都合とか知らん」と一蹴。男性が「中国語どころか英語すら片言だし無理」と粘っても、「業務命令だぞ。嫌ってことは退職届出すしかないな」と折れる様子はない。
一方、妊娠中の妻は、中国への引っ越しを拒否。さらに「単身赴任も無理、転職とかこの時期にもっと無理」 と言うので、男性は困惑している。
男性によると、この会社は数年前に一度中国事業を撤退。当面は、男性1人で事業を再開しなくてはならないという。ネットユーザーからは「事実上のクビ」「辞めさせるための狂言ではないか」といった声もあがっている。法的に見て、男性が海外赴任を断ることはできるのだろうか。土井浩之弁護士に聞いた。
配転(配置転換)は、企業が無制限にできるものではありません。
海外への配転をしないという合意があった場合は、契約違反ですから法的には従う必要がありません。就業規則に定められている場合でも、配転を命じることが濫用となる場合は、配転命令が無効となります。権利濫用で、配転命令が無効になるのは次のような場合です。
(1)配転が業務上の必要がない場合
(2)他の不当な目的・動機による配転命令の場合
(3)労働者に通常甘受するべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと言える場合
今回の事案に即して、具体的に見ていきましょう。
(1)については、配転命令が出されたにもかかわらず、4月に現実の配転がなされるにふさわしい準備がなされていないという事情があれば、業務上の必要性に疑問が生じるでしょう。たとえば、4月になっても現地の事務所が開設されていない、などの場合です。
(2)には、リストラの一環としての「退職誘導」の配転などが該当します。このような場合は、不当な目的があるということで権利濫用となりやすくなります。
(3)の「通常甘受するべき程度の不利益」については、時代に応じて考えるべきです。本件なら、「子どもの誕生」が控える中で、中国に赴任するという不利益は、「甘受するべき程度」と言えるのかという問題です。
育児介護休業法や仕事と生活の調和をうたった労働契約法3条3号の存在、国を挙げてのワークライフバランスへの取り組みという事情を考えると、初めての子どもという事情は、「通常甘受するべき程度の不利益」を超えているという方向に有利になるでしょう。
さらに、現地の言葉も話せないにもかかわらず、援助もない就労が待っているということであれば、「著しい不利益」という方向に近づくのではないでしょうか。この問題は、現代の「通常」をどのように考えるかという問題があります。
また、法的に従う必要があるか否かの判断だけでは、不合理な業務命令を回避することは、現実的にはなかなか難しいということもあります。日本労働弁護団所属など労働者の権利を擁護することを表明している弁護士に相談することをお勧めします。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
土井 浩之(どい・ひろゆき)弁護士
過労死弁護団に所属し、過労死等労災事件に注力。現在は、さらに自死問題や、離婚に伴う子どもの権利の問題にも、裁判所の内外で取り組む。東北学院大学法科大学院非常勤講師(労働法特論ほか)。
事務所名:土井法律事務所