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星野源の音楽はなぜ“キャッチーでマニアック”なのか? 「ひらめき」から「恋」まで楽曲分析

2017年01月14日 15:21  リアルサウンド

リアルサウンド

星野源『恋』

 2016年、最も話題となった男性アーティストといえば、星野源をおいて他にいないだろう。前年暮れにリリースした最新アルバム『YELLOW DANCER』はロングセラーを記録。その余韻も冷めやらぬまま、テレビドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の主題歌となった通算9枚目のシングル表題曲「恋」が、Perfumeでお馴染みMIKIKO先生の振付による“恋ダンス”と相まって、社会現象にまでなったのは記憶に新しい。「シンガー・ソングライター」としての活躍のみならず、その『逃げ恥』の主演をはじめ、大河ドラマ『真田丸』(NHK総合)での徳川秀忠役など、「俳優」としての存在感も見せつける。まさに、お茶の間の人気を不動のものとした1年だった。「作家」としての活動も含め、マルチな才能を発揮し続けている星野源。そんな彼の、「ソングライター」としての魅力をここでは検証してみたい。


 元々はインストゥルメンタル・バンド、SAKEROCKのリーダーとして音楽活動をスタートした星野が、ソロ活動を始めたのはバンド在籍中だった2010年。細野晴臣の薦めもあり、彼が主宰するレーベル<デイジーワールド・ディスク>から1stアルバム『ばかのうた』でデビューを果たす。このアルバムは、細野ソロ初期作やはっぴいえんど辺りにも通じるような、アコースティック楽器を主軸としたオーガニックなバンド・サウンドだったが、その延長線上ともいえる2ndアルバム『エピソード』を経て3rdアルバム『Stranger』の頃から、シンセサイザーやストリングスを大々的に導入した、華やかなサウンドに進化。そして、通算4枚目のアルバム『YELLOW DANCER』では、ついにブラック・ミュージック色が全開となる。かねてから公言していたマイケル・ジャクソンやプリンス、ディアンジェロなどに影響を受けたトラックと、昭和歌謡~J-POPの流れを汲んだメロディを融合させ、さらにオリエンタル風味をまぶした“平成版イエロー・マジック・オーケストラ”ともいえるサウンドを確立したのである。最新シングル「恋」は、そのアップグレード版だ。


 では、各アルバムから1曲ずつ聴いてみよう。まずは1st『ばかのうた』収録の「ひらめき」。この曲は、彼がまだ六畳一間に住んでいた頃、誰に聴かせるともなく真夜中に思いついたもの。下の階に住む大家を起こさないよう、小さい声でボソボソ歌いながら完成させたという。それだけパーソナルな色の濃い楽曲だ。キーは<E♭>で、歌い出しのコード進行は<E♭ーAm7(-5) ーA♭ーGm/Cm7ーA♭Maj7 /E♭onGーE♭・B♭onD /Cm7ーA♭/ B♭ーE♭>。経過和音として<Am7(-5)>を使っている以外はダイアトニック・コードで構成されており、メロディも、「ヨナ抜き音階」(ファとシを抜かした日本固有の5音音階)が基本となっていて(アクセント的にファもシも使われてはいるが)、これがわらべ唄のような、なんとも言えぬ郷愁を誘う。この、シンプルなダイアトニック・コードとヨナ抜き音階、それから経過和音<Am7(-5)>は、以降の楽曲でもしばしば登場し、彼の楽曲を特徴付けている。


 続いて、2ndアルバム『エピソード』収録曲であり、初のソロシングルとなった「くだらないの中に」。キーは<A♭>で、イントロは<D♭Maj7/ Cm7ーGm7(-5) /Fm ・A♭7ーD♭Maj7 /Cm7ーB♭m・D♭onE♭>。ここでも経過和音<Gm7(-5)>が登場する。Aメロは、前段が<A♭/B♭m7ーCm /E♭m・A♭ーD♭Maj7 /Cm7ーG♭onA♭/A♭7>。2小節目の<E♭m>は、奥田民生(http://realsound.jp/2015/10/post-4787.html)や秦基博(http://realsound.jp/2016/10/post-9937.html)の楽曲でも頻繁に登場したドミナントマイナー。次のコード<A♭>とセットになり、3小節目のコード<D♭Maj7>を導くツーファイブ(IIm -V)としても機能している。また、<G♭onA♭>の響きもワイルドでハッとさせられる。メロディは、やはり「ヨナ抜き音階」を用いており、アクセントの位置を変えながらソとミを繰り返す部分は、コード展開によって響きが変化し、シンプルだが非常に印象的だ。Aメロ後段は<D♭Maj7 /Cm7ーE♭・Edim /FmーB♭m /D♭onE♭ーA♭ーA♭7>で、前段と同じようにソとミを繰り返すメロディの、コードの響きが変わっているところがポイント。さらに、ドミナントマイナーへ行くと見せかけて、<E♭→Edim→Fm>と進むコード進行、そこでメロディも最高音ラ♭まで登り、この曲のハイライトとなる(この部分はファルセットで歌われ、「切なさ」も倍増)。Bメロのコード進行は、前段が<D♭Maj7 /FmonCーB♭m /E♭ーFm /G♭ ・A♭>で、後段が<D♭Maj7/FmonCーB♭mーD♭onE♭ーFm/ G♭・A♭7ーD♭Maj7 /Cm7ーB♭m /E♭>。注目すべきは歌い出しの部分。<希望が~>の<が~>がBメロ1小節に乗っているのだが、コード<D♭Maj7>に対して、9thノートとなる<ミ♭>になっているのだ。星野の書くメロディは、基本的にコード構成音で成り立っており、こうしたテンションノートが使われるのは、椎名林檎( http://realsound.jp/2015/09/post-4690.html )やaiko( http://realsound.jp/2016/06/post-7791.html )などに比べると、さほど頻繁ではない。そのぶん、登場した時のインパクトがとても大きいのである。


 3rdアルバム『Stranger』からは、「フィルム」。星野にとって2枚目のシングル表題曲で、映画『キツツキと雨』の主題歌にも抜擢された曲である。キーは<A♭>。この曲のBメロも、<D♭Maj7>に対して9thノートとなるミ♭から始まっており、「くだらないの中に」と同じ響きを作り出している。サビのコードは、前段が<B♭m7 /E♭ーCm7/ Fm7ーB♭m7 /Cm7・Fm7ーE♭m7 /A♭7>で、後段が<B♭m7/ E♭ーCm7 /Fm7ーB♭m7・Cm7/B♭m7・D♭onE♭ーA♭/A♭7>。ここでも、歌い出しがコード<B♭m7>に対してセブンスの<ラ♭>となっていて、ちょっとした「居心地の悪さ」が中毒性を生み出しているのだ。ちなみに、ここでもドミナントマイナーコード<E♭m7>が用いられ、続く<A♭7>とセットでツーファイブの機能も果たしている。


 さて、前述したように『YELLOW DANCER』は星野がブラック・ミュージックのエッセンスを大々的に取り込んだアルバムだが、8枚目のシングル表題曲にもなった「SUN」は、それを象徴する楽曲だ。キーは、またしても<A♭>で、イントロは<D♭Maj7 ・Cm7 /B♭m7・D♭onE♭ーD♭Maj7・Cm7/B♭m7・D♭onE♭ーD♭Maj7・Cm7/B♭m7・D♭onE♭ーG♭(-5)>。これはまさしく、ジャクソン5の「I'll Be There」を始めとするモータウン・ソング王道のコード進行。キメのリズムも、ジャクソン・シスターズ「Miracles」などでお馴染みだ。Aメロのコード進行は、<A♭/ Gm7(-5) ・C7ーFm7 /E♭m7・A♭7(9)ーCm7/Fm7ーB♭m7/E♭7>。経過和音マイナーフラットファイブの<Gm7(-5)> や、ドミナントマイナーの<E♭m7>など、お馴染みのコードを用いつつ、メロディはファンキーな譜割になっていたり、フラット気味に歌って黒っぽさを出していたりと、これまで紹介してきた楽曲にはなかったアプローチが取られている。サビは、前段が<A♭Maj7 /D♭Maj7ーE♭・Edim /Fm7ーB♭m7 /Cm7ーB♭m7 /E♭>で、後段が<A♭Maj7/D♭Maj7 ーE♭/Fm7ーB♭m7 /Cm7ーB♭m7 /Cm7ーD♭Maj7・Cm7 /B♭m7ーE♭>。経過和音にディミニッシュコード<Edim>を使っている以外、シンプルなダイアトニック・コードで構成されており、メロディもコード構成音で成り立つシンプルなもの。“ドレミ、ドレミ”と繰り返す歌い出しなど、一発で覚えてしまうほどキャッチーだ。この、わらべ唄のようなメロディと、モータウン・コード進行、ファンキーな譜割、ソウルフルな節回しが絶妙なバランスで配合されているからこそ、マニアックなアレンジの「SUN」がお茶の間でも広く受け入れられたのだろう。


 最後に「恋」。キーは<A>で、オリエンタルなフレーズが印象的なイントロのコード展開は、前段が<DMaj7 /G7(9)ーF#m7 /A7(9) ーDmaj7/ G7(9)ーF#m7 /A7(9)>。後段が<DMaj7 /G7(9)ーF#m7 /A7(9)ーBm7 ・C#m7 /DMaj7ーBm7onE>。フレーズの1音目は、<DMaj7>に対してメジャーセブンスの<レ♭>であり、これも中毒性のある「居心地の悪さ」の秘密。ちなみに「SUN」のBメロと聴き比べてみると、非常によく似た旋律。これは星野による「遊び心」というか、ちょっとした「仕掛け」なのかもしれない。ソウルっぽさは、オクターブユニゾンで歌われるBメロや、<Bm7→C#m7 →DMaj7>と駆け上がっていくコード進行に見て取れる(ジャクソン5「ABC」やシュープリームス「Heat Wave」などでお馴染み)。サビのコードは、<A /C#m7ーF#m7 /C#m7ーDMaj7 /C#m7ーBm7・C#m7 /E7sus4ーA /C#m7ーF#m7/ A7ーBm7ーBm7onE>。“ミソミソラ~ソミド、レ、ミ”という、強烈な中毒性を放つ「ヨナ抜き音階」のメロディが、この曲の肝である。Aメロ、Bメロ、そしてサビと、メロの音数も変化し、それによって楽曲のスピード感をコントロールしているのも注目すべきポイントだ。


 以前、CINRA.NETのコラム(http://www.cinra.net/review/20151201-hoshinogen)でも述べたが、「下半身モヤモヤ、みぞおちワクワク、頭クラクラ」という、細野晴臣がYMOを結成する際に掲げたスローガン ーーつまり、モヤモヤするようなリズムと、ワクワクするような和音やメロディ、クラクラするような(知的な)コンセプトは、自ら「イエローな音楽」と称した近年の星野の楽曲に、そのまま当てはまる。イエロー・マジック・オーケストラの正当後継者はやはり、星野源ではなかろうか。(黒田隆憲)