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岩里祐穂 × 松井五郎が語り合う、作詞の極意 「女性が書く詞には“強さ”がある」

2017年01月07日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

左から松井五郎、岩里祐穂(写真=池田真理)

 作詞家・岩里祐穂によるトークライブ『Ms.リリシスト~トークセッション vol.2』が2016年11月27日に開催された。このイベントは岩里の作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』リリースを機に、あらゆる作詞家をゲストに招き、それぞれの手がけてきた作品にまつわるトークを展開するもの。リアルサウンドでは、そのトークライブの模様を対談形式で掲載している。今回ゲストとして登場したのは、幅広いジャンルで活躍する松井五郎。作詞家として同じ時代を過ごしてきた両者だが、楽曲をテーマごとに見ていくと、それぞれの作風の違いが見えてきた。(編集部)


(関連:岩里祐穂×高橋久美子、名曲の作詞エピソード語り合う「新しいものは“違和感”から生まれる」


<はじめに>


松井:岩里さんは、今年作家生活35周年記念アルバム『Ms.リリシスト』をリリースされましたが、僕も1981年に初めて作詞をしたので、ある意味35周年なんですよ。


岩里:ではほとんど同じですね。私もシンガーソングライター時代を入れて35周年ということなので。


松井:そうそう、僕たち共通点が多いんですよ。他の作詞家の方がどんな風に詞を書いてるのか気になりながらも、これまであまりそういう話をしてこなかったので、今日お話しするのを楽しみにしてきました。


岩里:今年に入って初めてお会いした時、松井さんはこれまで3000曲書かれていると聞いて驚きました。私は1000曲も書いていないので。多作と寡作、男と女、同じ時間を生きて同じ仕事をしてきたけれど、いろいろな違いがあることが面白いと思いました。今回は松井さんからのご提案で、同じテーマに対して2人がどのような作品を書いてきたのかを振り返りながら、それぞれの作品の違いについて検証していきたいと思っています。


松井:作詞をしていらっしゃる方、音楽に関わっている方、これを機に詞を書いてみようと思う方もいるかもしれないですし、それぞれの書き方やノウハウ、感性みたいなものがうまくお伝えできればいいなと思います。


<テーマ:応援歌>


今井美樹「PIECE OF MY WISH」(1991年)

岩里祐穂


松井:いろいろテーマがある中でも、まず“応援歌”って多くないですか?


岩里:「応援歌を書いてください」というよりは、元気が出る歌、人を励ます歌というのは結構ありますね。私の曲からは今井美樹さんの「PIECE OF MY WISH」。「人を励ます」という恋愛以外のテーマで初めて書いた歌です。


松井:書いた時の状況は覚えてます?


岩里:息子がお腹にいた8カ月の頃に書いて、陣痛、出産とともに世の中に出た歌ですね(笑)。今井美樹さんが主役の『明日があるから』(TBS系/1991年)というドラマの主題歌だったんですけど、ある意味人類愛に目覚めた自分で書いていたかもしれない。でも、とにかく苦しんで書きましたね。最初書いた歌詞が全然ダメで、これは2稿目。「隣にいるちょっと落ち込んでいる友達を励ますような歌を書いてほしい」というリクエストがそもそものスタートで、このような曲になりました。


松井:歌詞はどこから書き出したんですか?


岩里:<どうしてもっと自分に 素直に生きれないの>、このサビの最初の1行からですね。今井美樹さんはすごい努力家で、歌入れでも「もう1回、もう1回」という方なんですね。「どうしてもっとこうできないかな」といつも口癖のように言っている美樹ちゃんの姿がとても印象的で、彼女の思いを込められるのではと思い、このフレーズがすぐに浮かびました。


光GENJI「勇気100%」(1993年)

松井五郎


松井:僕は応援歌といえば「勇気100%」かなと。ここでは光GENJIバージョンをご紹介します。


岩里:ジャニーズでずっと歌い継がれている曲ですよね。


松井:今はジュニアBoysが歌っています。


岩里:私は本当にこの曲が素晴らしいと思っていて。「元気が出る歌」を書こうとすると、<頑張る>とか<やりきる>とか、ある程度ワードが決まってくるわけですよ。そこからどういう言葉でどういう風に伝えていくかということが、私たちの仕事の毎回の葛藤だったりするんですけど。で、今回、“松井五郎研究”をしていて気づいたのが、<夢はでかくなけりゃつまらないだろ><もう頑張るしかないさ><やりきるしかないさ>の部分。松井さんは“否定”を使っている。ストレートに「頑張ろう」と書かないんだ、と気づきました。同時に私はアイドルに「つまらない」って言葉を歌ってもらうのは結構勇気がいるなと思って。松井さんは平気で書いちゃうんですね。


松井:また後にも出てくるかもしれないですが、僕の“芸風”です。


岩里:そう。この松井五郎の芸風論が相当面白いんですよ、皆さん(笑)。


松井:なにかを断定する、例えば「夢は叶う」「こうすれば大丈夫だ」ということは僕自身、自分に自信がない人間なのであまり言い切れない。ただ、今挙げていただいたような少しひねった言い方であればできるんです。


岩里:<頑張るしかないさ>は、<ない>という言葉の使い方がすごくキーになってますよね。<頑張ろう>だときれい事だけど、<頑張るしかない>と言われるとなぜかリアルに感じられる。


松井:ありがとうございます。あと、少し話が逸れますが、実は僕は歌の始めとかサビの頭とか、メロディの性格を気にするところから作詞に入るんですよ。


岩里:以前「一番初めにどこから詞を作るか」という話をした時に、「私はテーマは何だろうって深く考えるところから入る」ってお答えしたら、「僕はブレスですね」って一言で。「はあ?」って笑っちゃいました。息継ぎから考えるとおっしゃっていましたけど、これは具体的にはどういうことですか?


松井:もちろん歌詞の内容は大切ですけどね。でも、いわゆる曲先、曲を先にもらっている場合はもうメロディがあらかじめ決まっているじゃないですか。そうすると、どこで息継ぎをするかというメロディの性格みたいなものがあるので、それを先に分析するところから始まるんです。僕の詞はこの後にご紹介するものも見ていただいたらわかりますけど、文節が割と短いんですよ。「勇気100%」でいえば、<がっかりしてめそめそしてどうしたんだい?>のようななるべく短いフレーズで、さらに出だしに強い音、例えば濁点を使ったり。


岩里:確かに凝縮されているフレーズ、濁点は強いですね。……作詞講座みたいになってきました(笑)。


松井:メロディにもよりますが、サビや頭の音の強さをすごく気にする。なので極端にいうと、内容よりも先に“が”、“ぶ”、“じ”、という音を使うことを先に決めたりすんです。先に決まりを作ってしまう。


岩里:“が”と“ぶ”と“じ”が先に決まっていた?


松井:そうそう、そういう濁点のついてる言葉はないかなと最初に考えたりるわけです。


岩里:違いますね、思考回路が。


松井:先日も笑い話になりましたけど、歌詞の作り方が岩里さんは黒澤明で僕は北野武だっていう(笑)、恐れ多いですけど。岩里さんはいいものが出るまで粘る。僕はまず書き上げて編集していくみたいな。そして、この作り方だと早く作詞をすることができるんですね。



テーマ:恋
今井美樹「半袖」(1990年)

岩里:お次のテーマは恋です。恋といっても色々ありますが、私の作品からは「半袖」という今井美樹さんの歌をご紹介します。


松井:僕はこの曲がものすごい好きで。何が素晴らしいって、僕は詞を書く時に先ほどの音で考える方法と、それと五感で書くという方法があるんです。この詞には五感が多く入っている。まず<その人を見た>は視覚。<子供と遊ぶ笑い声が>、ここで聴覚。次に<初夏の匂い>で嗅覚が入ってきて、<駅に降り立ち木立揺れる>は体感ですよね、皮膚感みたいな。その五感の感じが頭の2ブロックの間にあって。……考えてなかったですよね?


岩里:すごい、初めて気がつきました!(笑)


松井:ストーリーを書く時や情景描写を書く時、僕もそうなんですけど、まず目から飛び込んできたもの。視覚的な手法ですよね。詞が退屈にならないようにする方法とも言えます。一方、もちろんずっとひとつの視点というのもよくて、例えばこの2行もいいじゃないですか。<まぶしい陽を浴びて 細く美しい腕が/白い半袖からのぞいていた>、ここのところ、ここは視覚だけだけど、このフレーズでこの歌のシチュエーションを決定づけていますよね。1行目の<その人を見た>は、僕から見るとその人が男性と女性、どっちなのかわからないんですよ。


岩里:そうなんです、みなさんに間違われますね。松井さんはどっちだと思いました?


松井:このBメロを考えると、女性かなと。


岩里:よかった、当たりです。


松井:そこに行くまでは男性の視点で見てしまうというか。でもそこが素晴らしい。


岩里:そう言っていただけると嬉しいですね。この曲は2コーラスめの<あなたは 愛してはいけない人じゃなく/決して愛してはくれない人>というフレーズが最初に出てきて。これで不倫、道ならぬ恋をテーマにしようと決めました。


松井:最後の<愛し続ける勇気を>ってところが、以前から僕たちの間でテーマになっていた、男らしさ・女らしさみたいなことにつながっていると思って。僕がもしここまで書いてきたら、最後の2行をどうするかなと考えましたね。


岩里:私は曖昧にはいきませんよ。女はガツンと。


松井:曲のテーマ的に僕だったら<愛し続ける勇気を/私はそれでも捨てない>って女の人に歌わせていいのかはすごく迷うところですが、言葉としてはこの2行もすごくいいです。


岩里:あくまで“心の中で思っていること”なので安心してください(笑)。



氷室京介「KISS ME」(1992年)

松井:次の僕の歌は氷室京介さんの「KISS ME」です。「半袖」に対抗して僕も中森明菜さんとかの曲かなと思っていたんですけど。


岩里:「『KISS ME』にしてください」と私がお願いしちゃいました。この歌の設定として、どれくらいの恋愛なんですか? 関係が始まった頃のお話かしら?


松井:そういう意味では、時間的な設定はないですね。


岩里:そうなんですね。私は<KISS ME>の後の<逃さない><許せない>、自分のMAXの表現、最上級の気持ちを表す時に否定で言い切る、この書き方がかっこいいなと。あと、恋の話を松井さんとしていた時に、松井さんは「始まりでも終わりが見えてしまう」とおっしゃってました。だから「始まったばかりの関係でも、『思い出まで捨てたら許せない』と書くんだ」と思ったんですけど、その辺はどうでしょう?


松井:当時は80年代、90年代ぐらいのバブルが終わる頃ですかね。あの頃の時代感・空気感みたいなものの中で、氷室京介というキャラクターがどういう位置付けにあったのか。当時『ブレードランナー』などのSF映画が流行っていて、例えば<メビウスのHIGHWAY>みたいな言葉もそうですけど、シーンの中で刹那的な感じを出したかった。まだ僕も彼も若くて、ある意味若くして色んなものを見たり聞いたり体験することができた時に、ここから先どこまで振り切っていくんだろうという、ある種刹那的な生き方というか、そういう感じは彼も持っていたと思いますね。


岩里:なるほど。あと<思い出まで/捨てたら 許せない>は、“許さない”にしていない。この“せ”と“さ”の違いってあります?


松井:受動展開、能動展開ですよね。“許さない”にすると意思が入る感じがする。


岩里:でも“許せない”んですね、この人は。


松井:そう。許せないというのは、自分でもどうすることもできないということです。


岩里:男の人の女々しさが表現されていて、そこがまたすごくかっこいいなと思いました。「詞に意思をあまり入れたくない」って松井さんはよくおっしゃるんですけど、さっきの私の「半袖」なんて、最後に意思表明しているような歌ですからね(笑)。やっぱり男と女で違いますね。今回恋の歌を取り上げることになって「私はいつも何を考えながら恋愛の歌を書いているんだろう」と思った時、松井さんが「始まりを書いても終わりが見える」とおっしゃっていたのがすごく頭に残っていて。それでいろいろ考えた結果、いつも私の歌の中には「終わってしまうかもしれない、だからこそ終わらないでほしい」という願いがあるということに気づきました。これも女性と男性の違いかもしれない。「この恋を終わりにしないためにはどうしたらいいか」とか「この恋が愛に変わる入り口となる恋だったらいいな」と願う気持ちが自分の中にいつもある。その願いを書いているのかなってすごく思ったんです。それは発見でしたね。


松井:何かを手にした瞬間、それを失いたくないっていう気持ちが働きますよね。何か強い光があるところには濃い影ができる状態といいますか。人間の感情ってそういったところがある。ですから、僕は当時もそうですけどやっぱり何か書く時にコントラストというか、幸せな場面なのにすごく悲しいとか、悲しい場面にも関わらず元気になるとか、そういった書き方をしてると思います。だから、ひとつの感情だけを頭からずっと書くということはあんまりしないかもしれない。



テーマ:実り
坂本冬美「また君に恋してる」(2010年)

松井:「実り」って何だ、って話ですが。恋の成就、幸せについてと考えていただければいいかなと。


岩里:これもまた私からリクエストした一曲です。


松井:僕の選曲がどんどん却下されていく(笑)。


岩里:この歌、最初はサビだけ知っていたので、「同級会で久しぶりに会った同級生にまた恋しちゃったのかな」と思っていて。で、全部聴いたら夫婦の歌なんだと気づいて。もうエロいのなんのって。


松井:夫婦というか、熟年ですよね。夫婦とは限らないじゃないですか。


岩里:なるほど。それにしても<初めてのように触れる頬>って表現、これもエロくないですか(笑)?


松井:そういうつもりで書いたわけじゃないんですけど(笑)。この歌詞も先ほどお話ししたように最初の1行は視覚なんですよ。場面の描写から入ってきて、その次に感覚的というか、皮膚から伝わったことを出していく、そういうことは考えました。これも実はインパクトの強い“あ行”で始まっている曲。サビもそうです。あと、とある人に言わせると、どこの音が耳につくかというのは、その時代ごとにブームがあるらしく。<また君に>の部分の1番上の音が“に”で“イ行”じゃないですか。これがブームだったそうです。たまたまこの時期は<また君に>というところがうまく当たった。実は少し歌いにくい歌なんですけどね。


岩里:嫌がられますよね、“イ行”って。私もいつも「“イ行”は嫌なんですけど」って言われます。


松井:しかも”イ”の音が3つ続くんですよね。歌われる方の歌唱力によってはこう書かなかったかもしれない。ビリー・バンバンや坂本冬美さんが歌うという前提でこれぐらいのところは問題ないだろうという気持ちがあったのかもしれません。


岩里:松井さんは歌の入り方が立体的ですよね。私はテーマとか思いをどうするとか、そういうことばかりを考えているので、やっぱり全然違いますね。



松井:依頼する側も、女性の作詞家はじっくり考えるというか、いい意味で時間をかけて作るんじゃないかと思ってる気がします。僕なんかは逆にいうと、今日明日みたいな仕事も少なくないですから。例えば早く書くという意味で、「また君に恋してる」のBメロの技術的なことを言ってしまうと、<いつか>をまず決めると、2番も<いつか>になる。2番に入るのは語感的に<いつか>か<いつも>ですからね。で、<風><花><雨><空>という言葉も決めてしまうんです。そうすると「風が○○する花」なのか、「雨が○○する空」なのか、ということで色んなことを考えていける。普通だったら1番で2行を考えて2番でまた2行考えなきゃいけない。ところが今みたいな考え方をしていると、1番と2番が同時にできるんです。


岩里:パズルのように。


松井:そう。だからそうやって考えていくと早い。勿論、そのフレーズに対する美意識はありますが。


岩里:その方法の良さは、ある程度ドライに考えることで、ストーリーに入り込み過ぎず別の角度から書くことができるし、冷静に構築することができますよね。


松井:あと、濁点だけで新しくなるか古くなるかの差が出る。「まだ君に恋してる」だと未練が出ます。


岩里:「また君に恋してる」、「まだ君に恋してる」、“た”と“だ”でだいぶ違いますよね。サビ2行目の<まだ君を好きになれる>、これは最初から決めていたワードですか?


松井:そうですね。同じメロディなので近い音にしました。


岩里:でも、この<まだ君を好きになれる>のところ、私は夫婦の話だと思っていたから、「まだ君を好きになれる」ってそんな冷静に言われるのはちょっとヤだと思っちゃいました(笑)。<心から>って救いを入れてはくれてるんですけど。


松井:面白いもので、熟年層に向けて書いたのに、この曲は小学生や中学生も曲をダウンロードして聴いてくれました。その子たちでも<また君に恋してる 今までよりも深く/まだ君を好きになれる 心から>の2行は当てはまるんですよ。先週別れた2人が「また君に恋してる」でもいいし、ここの部分だけを携帯の着歌で使っている人もいました。当時思ったのが、ある一定のファンの人たちに向かって曲を作るとある程度のヒットはしますけど、それ以上のヒットになる時は自分が思ってもいない人たちが、いいと思って反応してくれることなんだなと。


岩里:大人の歌なのに易しい言葉で書かれていることが素晴らしい一曲ですね。


中山美穂「幸せになるために」(1993年)

松井:岩里さんは世界観が先ほどからずっと安定していていいですよね。僕はジャニーズにいったり氷室京介さんにいったりしてますが。


岩里:お次の曲は、中山美穂さんの「幸せになるために」。これは書いてある通りのストレートな歌ですね。


松井:これも最後の行<信じています いつの日も/心から 伝えたい/二人で 生きて ゆきたいの>の部分、今井美樹さんの「半袖」でも言っていたような強さが出ています……この表現は僕は照れちゃいますね。


岩里:私は宣言するので。


松井:女性が書く詞の特徴は、多分こういう“強さ”というのかな。もちろん男性でこういう書き方をする方もいると思うんですけど、僕なんかは照れちゃうんですよ。書くとしても「愛する人はあなたかもしれない」とかそういう遠回しな言い方になっちゃう。


岩里:松井さんははっきりと言わないですよね、色んなことを。全ての人生において、はっきりと言ってこなかったっていう話なんじゃないかと。


松井:詐欺師みたいじゃないですか(笑)。


岩里:モテ男でしょ? モテるでしょ?


松井:いやいや全然。


岩里:好きとは言わないでしょう。


松井:「かもしれない」とか。


岩里:松井語ですね(笑)。詞も基本ぼかしてますよね、今まで気づかなかったけど。


松井:よく言えばフィルターをかけているんですが、まぁ、そう、ぼかしてるんですよ。もちろん言葉数やメロディによったり、例えばキャラクター、それこそ吉川晃司さん、大友康平さんのような方の場合は「もっとはっきり言ってくれ!」みたいなこともありますが。そうすると「お前を決してはなさない」(HOUND DOG/1996年)というような曲が生まれる。「これは大友さんのものだ」と目をつぶりながら書きましたけど(笑)。作詞家ですから、歌う方が自分のもののように思って歌ってくださるのが一番なので、時に僕の中にないキャラで書くこともあります。



テーマ:エロス
安全地帯「じれったい」(1988年)

岩里:次は松井さんがまず最初にやりたいとおっしゃていたテーマですね。


松井:そう。僕の芸風のひとつにいわゆるエロスをいかに文学的に書くかっていうテーマがありまして。


岩里:私は松井さんといえば「勇気100%」のイメージで話していたら、「いやー、僕はエロスをどう高尚に書くかっていうので有名な作詞家なんですけど」っておっしゃって笑いました。


松井:(笑)。安全地帯の曲は1コーラスが短くていいんですよ。そして安全地帯といえば、やっぱり玉置浩二のキャラクターというか。当時世間を賑わしたこともありましたけど、そういったことも込みで、ある種スリルみたいなもの、そういう世界を提供していこうとしてましたね。


郷ひろみ「Good Times Bad Times」(2007年)

岩里:このテーマ、私にはないないと思っていたら、あったんですよ。


松井:この曲は1コーラス目が好きです。何に収録されていたんでしたっけ。


岩里:これはシングル曲です。……いやあ、びっくりしましたね、久しぶりに聴いたら。私もかなりな表現で。


松井:当時、僕もこの曲が入っている『place to be』(2008年)というアルバムに「Reverse ~どうしてこんなに~」という曲で参加していたのでよく覚えてますよ。


岩里:1点言おうとすれば、<愛はどこにある><明日はどこにある>の部分は、私が女性だから「あー、こういうこと思うんだよな」と思って書いた記憶があります。


松井:女性はね。


岩里:そう。男性目線の歌なんですけど、入れずにはいられなくて。


松井:なるほど。僕は詞を書く時はあまり年齢とか男性・女性とか考えないようにしてますね。女性に書く時も心の状態はある意味男性的だったりとか、その逆もそうですし。僕の歌は両性具有的な、ジェンダーな詞かもしれないです。安全地帯の歌でも”あなた”という人称を使っているので、女性が歌っても成立するんですよね。



テーマ:別れ
アン・ルイス「夜に傷ついて」(1992年)

岩里:続いては、アン・ルイスさんの「夜に傷ついて」です。


松井:僕は2番Aメロの<永遠などきっと在りはしない>、こういうフレーズが好きですね。「きっと」が入っているから、きっと在るかもしれないし、ないかもしれないっていう。そのあとの2行もすごくいいと思う。ただ、その次の行がちょっと強烈ですよね。<左手の薬指噛んで傷つけてほしい>、ここは男性は……というか自分ならちょっと怖くて書けないなっていう(笑)。


岩里:このフレーズで、アン・ルイスさんの激しさや情念の深さを表現しました。アン・ルイスさんにはいつも、“かっこいい大人の不良性”をどう歌詞に反映させるかを考えて書いていたんですけど、これは初めて不良性ではないかたちで表現した歌でした。でも確かに<左手の薬指噛んで傷つけてほしい>は怖いかも。


松井:そうそう。表現についてそれが心象描写なのか現実の描写なのかをよく考えるんです。例えば左手の薬指を噛むことを実際にやるのかやられるのかわからないけど、そういうような人と出会った経験ももちろんないし、そういうことはあまりないじゃないですか(笑)。


岩里:妄想ですからね。


松井:さらに左手っていうところに意味があるから心象風景になるんですけど、実際にそれがシチュエーションの中で語られていくとすると、ちょっと怖いフレーズになっちゃいますよね。


岩里:これは女性作詞家ならではの発想かもしれないですね。


安全地帯「Friend」(1986年)

岩里:お次も素晴らしい曲です。先ほどパズルのように言葉をはめて詞を書いていくとおっしゃってましたけど、こういった歌は一筆書きのように書いていくんですか?


松井:いや、そんなことないですよ。この曲ももちろん内容的なことを無視して書いてるわけではないんですけど。玉置浩二の曲はメロディはすごく少ないんです。さらにブレスの位置が難しい。英語だといいんですけど、日本語を入れるのはすごく難しいんです。特に2行目の<言えないまま><指・髪・声><できないから>の部分は2音、2音、2音で歌った方が綺麗。そういったメロディの個性を生かしながら、玉置がどう“歌わないか”ということを考える。音がないところでさっき言ったブレス、間をとる、溜めるということが歌いやすい発音の言葉で考えるというか。<言えないまま>の今度はお尻なんですけど、<まま>の“ま”が“あ”の音で終わって、<できないから>も“あ”で終わっています。これは彼の特性である「らー」「あー」に含まれる息の成分を言葉に乗せられるような文字で考えてるんです。


岩里:なるほど。


松井:だから当時の彼みたいにウィスパーで歌う方は、息が抜けていく音をうまくメロディのいいところ、フレーズのいいところにどうやって持ってくるかということに苦労しましたね。



おわりに


岩里:特定のアーティストの作品を長く作り続けることもあります。松井さんは玉置浩二さんなど、そういった方々との距離感はどのようにとっていますか?


松井:もちろん仲良くはしたいんですけど、あんまりプライベートなことも含めて距離感が近くならないようにはしています。結局、乱暴な言い方をすれば、僕らは雇われている身じゃないですか。変な話、松井五郎がいなければ岩里祐穂がいるっていう世界。その中でなるべく役に立つように努力しているわけで。もちろん自分の能力にも限界はあるので、相性というか「他の作家の方とやったほうがもしかしたらこの人にはいいかもしれない」と思う時もあるんです。ただ、そうやって別の作家と組んでそのアーティストが曲を作った時に、逆に自分のポジションというか役割みたいなものがすごくわかることがあって。


岩里:ありますね。


松井:氷室京介君とはずっともう何十年とやってきて、お互いこうきたらこう行くみたいなことがわかってくると、やっぱりちょっとマンネリ化してくる。彼がよく使う言葉の中で「鳴る」という言い方があって、「この言葉が鳴る」という風に使うんですけど、自分が歌っていてその歌詞を歌った時に「自分の中でちょっと鳴らないんだよな」ということがありました。そういった時に、森雪之丞さんや松本隆さんの詞を見て「ここ欲しかったんだ、こういうことを彼は望んでたんだな」ということがわかったりして。逆にそのあとチームとしての自分の役割みたいなことがはっきりしたんです。だから僕がすごく恵まれていたのは、玉置浩二にしてもそうだし、そういう作詞家の良い意味でのライバルや先生がいたこと。中島みゆきさんがいたり、井上陽水さんがいたり、いつも自分にとってのハードルや刺激が近くにあったんですよ。ですからそうやって長い時間一緒にやっていくアーティストとの出会いは1対1の関係なんだけど、それプラスプロデューサーもいれば、そういう他の作家もいて、という環境の中で自分の立ち位置を見つけていきましたね。


岩里:氷室京介さんに森雪之丞さんが書かれた詞を見て、「僕だと浮かばないゴージャスなファッションの世界があって、こちらから攻めてきたのか」と感じて、そこで考えて、松井さんはどちらに行かれたんでしたっけ?


松井:雪之丞さんが書いた詞を見た時、「これはオートクチュールだな」と。表現の美しさや語彙の独自性は凄いと思った。これは同じような方向で追いかけていっても雪之丞さんには敵わないなと。素晴らしいですからね。だったらもう裏原宿に行こうと思ったんですよ。当時の流行として、メインストリームにはデザイナーズブランドのようなものが原宿でも軒を並べてましたけど、一方で裏原宿と呼ばれるところでは古着やフィギュア、アニメなどのサブカルが少しずつ発展していて。僕はそっちに行こうと思ったんです。もともとバンドの頃の氷室君はストリートのに匂いがするアーティストでした。いい意味でそういうところがあって、布袋寅泰さんなんかもそうですけど、あの頃みんなで集まってBOØWYを初めてやった頃の荒削りな感じがいくつになってもどこかに残っている。いかに着飾っても剥いでいけば結局TシャツとGパン1枚だった、みたいな。そこはすごく自分が表現すべきところだなと感じました。


岩里:他の作詞家さんが書くことによってまた自分の違う方向性が見えてくることはありますよね。今井美樹さんの昨年のアルバムに初めていしわたり淳治さんが3曲書かかれていて。私はもう25年以上書いてきましたが、シンガーソングライターの川江美奈子さんが10年前くらいから参加して。布袋さんが書く曲以外はほとんど、私と美奈子ちゃんという、世代の違う女性作家2人で美樹ちゃんを支えてきたんですね。でも、いしわたりさんが書かれた詞はこれまでとは違う外側からの視点のものでした。バスに乗った女性を客観的に描写する、そんな視点でドラマが進んでいくのですが。私の詞はいつも主人公の思いから話が始まる、つまり内側から書いていたというか。外側からの視点が足りなかったことに気づかされて、とても刺激になりました。


松井:なんとなく作家とアーティストって変な意味ではなく独特の感情があって、ずっと恋をしてるみたいな感じじゃないですか。そこに別の要素が入ってきた時、「あいつとこんな良い曲作りやがって」みたいな(笑)。そこも含めてこの仕事の面白さがありますよね。


岩里:やめられないですね。


松井:僕らって極端に言うと、遊女のような立場のわけですよ(笑)。結局製作者やアーティスト、シンガーソングライターたちが興味があれば使ってくれるし、いつ捨てられてもおかしくない。だから「こいつとじゃなきゃこの歌は歌えない」と思っていただけるように、必死になっていい詞を作るんです。