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ボカロシーンは“静かなる前夜祭”の最中? 初音ミク誕生10周年へと向かう動きを追う

2017年01月04日 14:01  リアルサウンド

リアルサウンド

DECO*27『GHOST(初回生産限定盤・DVD付)』

 2017年、ボーカロイドシーンは初音ミク誕生10周年という節目を迎える。2016年はその“静かなる前夜祭”と呼べるような、印象的な年になった。


 かつてはメガヒットを連発し、人気曲/人気クリエイターを数多く生み出してきたボカロシーンだが、2015年にニコニコ動画に投稿された作品を見ると、1年間でミリオン再生を突破したのは4曲のみ。それも、1曲は人気ゲーム実況者によるラジオ番組のテーマ曲「全く身にならないソング」(露吐/レトルト/キヨ)、2曲は実験的・ネタ的なインスト曲「ボーカロイドたちがただ2コードくりかえすだけ」、「ボーカロイドたちがただテッテーテレッテーするだけ」(GYARI=ココアシガレットP)という変化球で、歌モノとしての純粋なミリオンヒットは実質、次世代ボカロPの代表格n-buna(ナブナ)による「メリュー」だけだった。


 ヒット曲が量産されない状況がそのままシーンの停滞を示すものではないが、大きなバズを起こすボカロ曲が生まれにくくなっていたのは事実。そんななか、2016年に入って早々に、雲を晴らすような突き抜けたヒットとなったのが、シーンの初期から活躍してきたレジェンド=DECO*27の「ゴーストルール」だ。1月8日にニコニコ動画にアップロードされると3日で10万再生を突破。現在はニコ動で約350万再生、YouTubeで約360万再生を記録するなど一大ムーブメントを巻き起こした。


 以降、結月ゆかりを起用した刺激的なロック曲「チュルリラ・チュルリラ・ダッダッダ!」、ナユタン星人によるキャッチーなデジタルロック「エイリアンエイリアン」、かわいらしいタイトルとは裏腹に諦念も感じる歌詞がリスナーの心を捉えた「すきなことだけでいいです」(ピノキオピー)、ファンキーでカタルシスのある「脱法ロック」(Neru)と、いずれもボカロ曲らしい尖った5曲が、ニコニコ動画上だけで年内に100万再生を突破している。


 2016年のボカロシーンを活気づけたのはやはり、DECO*27の復帰だろう。ボカロPや歌い手のインタビューにおいて、驚くべき頻度で彼に対するリスペクトが語られており、吹けば飛ぶブームと見られることも多かったボカロシーンにおいて、良曲を発表し続けることで注目を集め、その可能性を拓いてきた存在として認識されている。例えば、初音ミクが出演する「LUX(ラックス)」CMのテーマ曲「未来序曲」の制作者で、ミクをまるで人間のように歌わせる“神調教”の代名詞でもあるMitchie Mは、同曲がオープニングを飾ったフルオーケストライベント『初音ミクシンフォニー』(2016年8月26日)の公式プログラムにおいて、「DECO*27さんみたいな人気と実力のあるアーティストが定期的に曲を書いてくれるからこそ、来年めでたく初音ミク10周年が迎えられる」と語っていた。


 近年のボカロシーンにおいては、「ボカロ曲に面白みが減った」という議論のなかで、クリエイターがステップアップの手段として、人気歌い手の歌唱を期待してボカロ曲を制作するケースが増え、ボーカロイドならではの尖った作品が生まれづらくなったからではないか、と指摘されることがある。そのなかで、一貫して“人が歌いたくなる”ものでありながら、“人ならぬボーカロイドが歌うこと”が強く意識されているDECO*27の楽曲が大ヒットを記録したことには意味があるように思える。バンドサウンドとエレクトロを軸にした耳に残る音と、言葉遊びに満ち、完全に無垢な存在であるボーカロイドが歌うからこそ生きる捻りの利いた歌詞――初音ミク誕生10周年を目前にして、「ゴーストルール」はボカロ曲の面白さを再認識させてくれた。


 初音ミク5周年のアニバーサリーソングで、ボカロファンのアンセムになっている「39」(作曲:sasakure UK)の作詞も手掛けたDECO*27は、今年どんな活動を見せてくれるか。2016年はメジャーでも質の高いポップスを送り続けているryo(supercell)も3年9カ月ぶりのボカロ曲「罪の名前」を公開しており、シーンを牽引してきたレジェンドたちの動向に期待の眼差しが向けられるだろう。


 一方で、前出の『初音ミクシンフォニー』、世界的な作曲家/シンセサイザー奏者である冨田勲の遺作となった『ドクター・コッペリウス』(11月)の上演など、初音ミクがリアルのステージに立つ機会と、そのバリエーションが増えたのも、2016年のボカロシーンを象徴する流れだ。4月には中村獅童と初音ミクがコラボした“超歌舞伎”=『今昔饗宴千本桜』が上演され、8月には渋谷慶一郎によるボーカロイドオペラ『THE END』(初演は2012年)がドイツ・デンマークで大成功を収めている。


 9月1日~3日、幕張メッセで3デイズの公演を行うと発表されている『マジカルミライ2017』をはじめ、未発表のものも含め、今年はアニバーサリーイヤーとして多くの関連イベントが開催されるだろう。楽曲、イベントとも、2016年を超える盛り上がりに期待したい。(橋川良寛)