読者のみなさん、新年ゆっくりとお過ごしだと思うが、F1界に休みはない。年明け早々ではあるが2017年も話題が盛りだくさんのF1がどうなるか、新春早々、恒例の覆面座談会という形でお届けする。今回はF1界の酸いも甘いも知り尽くした毎度の毒舌ジャーナリストたちに加え、「俺にもしゃべらせろ!」と言わんばかりの、とある個性的フォトグラファーがこの宴に飛び込んできた。
今回もかなりきわどいF1界の核心に触れるので、彼らの身元を明かすことは難しい。以下に最小限のプロフィールを紹介するのでこれで勘弁してほしい。
A氏:美食と美女には一家言ありの情報通ジェットセッター
B氏:見た目はラテン系、足とタフさで独自のネタを稼ぐ、プレスセンターの主
C氏:今回初参戦、見た目も心も超体育会系なアート系フォトグラファー
また、昨年から今年にかけてのF1界はとにかく話題が豊富だったので、この座談会の宴もあまりに盛り上がり過ぎてしまった。そこで、4回に分けてお届けするのでご容赦を。パート1となる今回は、ニコ・ロズベルグの初タイトル獲得と電撃引退から進めさせて頂く。
──ロズベルグ初戴冠から、衝撃的な引退発表という16年シーズンの幕切れ。チームメイトのルイス・ハミルトンに速さで負けている印象のロズベルグは、そもそもチャンピオンに相応しいドライバーと言えるのか?
A氏「最後までロズベルグの実力を認めていない関係者は実際いたよ。やっぱり今までの負けっぷりがあまりにも情けなかったからね。今年は開幕から4連勝したわけだけど、それでもシーズン中は『最終的に彼はまた負けるだろう』という予想をする人が多かった」
B氏「でも、ロズベルグをよく知るチーム内のスタッフはその逆で、シーズン中はロズベルグの初タイトルを予想していた。これはパドックで聞いた話だが、ロズベルグは15年のメキシコGPのテレメトリーデータを元にして、ドライビングスタイルを変えたらしいんだ。実際にはその前から変えようと試みていたそうだけど、その時はまだタイトルが決定していなかったので、なかなか変えられなかったようだ。でも、15年のアメリカGPで早々にハミルトンのタイトルが決定すると、もうロズベルグにはためらう理由はなくなった。その結果、予選は速くなり、レースでもタイヤの使い方がうまくなって戦略にも幅ができたと、あるチームのスタッフが言っていたんだ」
A氏「とはいえ、2016年シーズンの中盤戦はハミルトンがポイントで逆転して、ロズベルグにとってはネガティブな方向になりかけたけど、彼は勝てない時期も粘り強さを見せて、今までとは違う戦い方をしていたんだよね。ラスト数戦はずっと2位だったけど、あの2位も確実にチャンピオンを狙う姿勢が現れていた。昨年のタイトル争いに関しては充分、チャンピオンに相応しい戦い方をしていたと思う。ま、私は昔からロズベルグのファンだったから贔屓目もあるんだが(笑)」
B氏「ちなみに、ハミルトンはロズベルグがドライビングスタイルを変えたことを、意外にも夏休みまで重要視していなったらしいんだ。ハミルトンとしてはパワーユニットのトラブルさえなければ、ロズベルグに負けるわけがないと踏んでいた。ところが、得意なはずのシンガポールGPで2016年はロズベルグに完敗。すると今度はハミルトンが1年前のロズベルグのように、テレメトリーデータとにらめっこして、ドライビングスタイルを研究し始めた。そして、続くマレーシアGPで完璧な走りを披露。だからこそ、PPを獲得しながら決勝で戦列を離れることになったエンジンブローを誰よりも悔しがっていたんだ」
A氏「なるほどね。ところで、ロズベルグのあの引退発表には驚かされたよ。最終戦のアブダビではまったく辞める素振りはなかったからね。アブダビの決勝でハミルトンの“ハラスメント”(意図的なペースダウン)を受けながらもタイトルを獲って、ロズベルグとハミルトンの対決はまだまだ続くんだろうなと思ったし、そういう原稿も書いていたんだが(笑)。予想していた者は世界中で誰も居なかっただろう。(チーム代表の)トト・ウォルフも本当に驚いたというからね」
C氏「あのアブダビを最後に引退するかも、なんて考えて彼と接していた関係者はまず居なかっただろうね」
■見解の異なるタイトル決定戦のハミルトンのスロー走行戦略
──そのアブダブでは、ハミルトンの意図的なペースダウンが話題になった
A氏「私はハミルトンがやったことは何の問題もないと思う。結果的にあのアクションが最終戦を盛り上げたしね。現場で多くの関係者に聞いたけど、『あれは妥当な行為だ』という見方が大半だったよ。個人的には2016年のベストレースだったと考えている」
C氏「その意見には同感だね。ハミルトンの戦略に対して『チームの指示を無視した』だの、『スポーツマンシップに反する』だの議論するのは、レースファンに対して失礼だ! F1ドライバーはワールドチャンピオンになるために走っている訳で、チャンピオンの可能性がある最終戦で『オレは年間ランキング2位でいいや』と思うような奴は居ないんだからさ。そのドライバーに対して、戦いを諦めさせるような指示を出したチームの方が批判されるべきだと思う。あれは最低の指示だった!」
B氏「ただし、チーム内にスタッフの中には、いまだにハミルトンに疑問を持っている人はいる。16年のハミルトンは2連覇した実績にあぐらをかいてスタートを何度もミスし、エンジンブローに見舞われるとチームを批判するなどして、チーム内の人間からは信頼を得ていなかった。タイトルを獲りたいのはわかるけど、それは自分のベストを尽くしたうえの話で、アブダビのハミルトンは相手の足を引っ張ろうとしていた。しかもチームメートの。じゃあそれであのアブダビGPでハミルトンが逆転でタイトルを獲得したとしても、果たしてどれだけの人が感動したんだろうか」
A氏「まあ、いろいろ曰くの残る最終戦だったことはたしかだね。それにしても、昨年のF1についてもうひとつ言わせてもらうと、理解に苦しむペナルティが多すぎたと思う。危険だと騒がれている(マックス)フェルスタッペンの走りなんか、ほんの10年前は日常茶飯事だったというのにね」
──なぜかフェルスタッペンがやると、大げさに報道されてしまう。セバスチャン・ベッテルなど、批判的な意見を言うドライバーも多い。
C氏「単純にベッテルが腑抜けなんじゃないの?(笑)」
A氏「昔のサーキットはグラベルやウォールが近くて、コース外に押し出されるイコール、リタイアだった。だけど、そんなに騒がれなかったし、そういうものだと思ってレースしていたのにね。いまはランオフエリアは舗装されているから、少しぐらいはみ出しても戻ってこれる。なのにこれほど騒ぐのはね……」
A氏「まあ、2016年のベッテルは少しばかり様子がおかしかったように見えた」
C氏「マシンが遅くて苛立つのは分かるんだけどね」
B氏「メキシコGPで(レーシングディレクターの)チャーリー・ホワイティングに国際無線で暴言を吐いた件、ベッテルはイギリス人にも普通にジョークが通じるほど英語が達者だから、感情的になってもナチュラルに英語で放送禁止用語を連発してしまった。15年のベルギーGPでタイヤがバーストしてリタイアした後のテレビインタビューでも、放送禁止用語を使ってまくしたてていた。それと注意しなくちゃいけないのは、国際映像で流れている無線はFOMが選択しているということ。無線に関しては、ベッテルが悪者扱いされている感はあった」
■ベッテルの悪口問題、アリソン離脱でフェラーリがピンチ!?
──そのベッテルは予選でチームメイトのキミ・ライコネンに負け越してしまった
C氏「ライコネンは若い頃はイケイケでチャンピオンも獲ったけど、成熟した今は安定したレース運びやタイヤの労り方を身につけ、とてもスムーズにクルマを走らせている。一方で、ベッテルのドライビングはとにかくアグレッシブだ」
A氏「2015年までのクルマはライコネンのドライビングに合っていなかったが、『ライコネンのスタイルに合わせた設計をする』という(テクニカル・ディレクターの)ジェームズ・アリソンの宣言通り、2016年は彼の持ち味を発揮できるクルマを作ってきて成績も上向いた」
C氏「そのアリソンはフェラーリを辞めたけど、彼はその後、どうしてるんだい?」
A氏「表向きの理由としては奥さんが亡くなった後、子どもたちと過ごす時間を増やすためと言われているけど、奥さんが亡くなるずいぶん前からイギリスに帰りたいと言っていたんだよね」
B氏「僕も同感。たしかに奥さんの件は気の毒だけど、アリソンの子供って、末っ子でも18歳とか19歳あたりのほぼ成人。親父がそばにいなければならないということはなかった。子供がアリソンを必要としていたより、アリソンがイギリスに帰りたかったと考えるほうが自然。そして、帰国したかった最大の理由はなんにでも口出しするフェラーリ会長の(セルジオ)マルキオンネの存在があったから。ほかのイギリス人エンジニアたちがフェラーリへ行かない理由もそこにある。アリソンはイタリア語ペラペラなのに、フェラーリをやめちゃうほどだから」
──F1に戻っては来ないんですか?
A氏「まだ若いし、このまま引退するとは考えにくいかな。イギリスのチームが彼を狙っていると思うよ。マクラーレンも彼をほしがっているんじゃない?」
C氏「アリソンが抜けたフェラーリの内部はますますヤバイよね」
A氏「フェラーリは良い人材は揃っているのに、うまく使えてない。トップで人材を動かすジャン・トッド的な存在が欠けているのが今のフェラーリの最大の問題点だ」
■メディアの挑発に乗らなかったロズベルグは利口か?
──もう一度ロズベルグに話を戻して、結局のところ、彼の引退という決断は正しかったのか?
A氏「もしチャンピオンを逃していたら、2017年も続けただろうね。ただ、次のシーズンでハミルトンに勝てるかというと……」
C氏「勝てないでしょ!(笑)。まあ、フォトグラファーとしては、ロズベルグは撮りやすいドライバーだから続けてほしかったな。ロズベルグはガレージに居るときもモニターを前に置かないことが多いし、スタート前のグリッドでもハミルトンのようにカメラを避けないから、撮りやすいんだよね。そういう意味では、(フェリペ)マッサも撮りやすく貴重な存在だった」
A氏「(ダニエル)リカルドもヘルメットを脱いでコクピットに座っていることが多くて撮りやすそうだね」
C氏「そう。だからフォトグラファーとしてはありがたい。ジャーナリストはよく『ロズベルグのコメントはつまらない』と言っているけど、写真を撮る立場としてはパドック裏でもよく立ち話をしていたり、撮りやすい存在だったんだ。ルックスも良いしね」
A氏「優等生的なコメントもそうだけど、振り返ってみて、彼の『これぞロズベルグだ!』というような1レースを挙げるのが難しい。ハミルトンと接触したり、押し出されたりというシーンはすぐ浮かぶんだが……(笑)。強いて言えば、ハミルトンの戦術に耐えに耐えてチャンピオンを獲得したアブダビがベストレースだろう」
C氏「あれも耐えたというよりは、私には単にリスクを避けて抜きに行けなかったように見えたが……」
A氏「まあまあ、最初で最後のチャンピオン獲得なんだから祝福してあげようよ!(笑)」
B氏「ロズベルグについて振り返ると、ここ数年メルセデス同士でタイトル争いが繰り広げられたから、メルセデスの記者会見ではロズベルグにイギリス人記者が質問するケースが少なくなかった。イギリス人記者の中には、故意に挑発させる質問をしてネタにするケースがあるけど、ロズベルグはその挑発に絶対に乗らなかった。しかも、ロズベルグは挑発に乗らないどころか、うまく切り替えして、その場を和ませる技を持っていた。たしかに本音を語らないという面では面白味に欠けるところはあったけど、そういう点も含めると十分ネタになるドライバーだったと思う。逆に挑発に乗ったのがスマホ問題が起きた日本GPのハミルトン」
C氏「ロズベルグに関してもうひとつ言えば、あの引退劇を『潔くてかっこいい』という意見もあるが、個人的にはディフェンディング・チャンピオンとしてレースをする姿をファンの前で一度も見せずに去るのは、これまで応援し続けたファンに対して失礼だと思う。せめてもう1年走って、世界中のファンに勇姿を見せた後、『僕はやっぱりハミルトンには勝てません』と言って引退する方がよっぽど潔い(笑)」
A氏「まあ、ロズベルグ寄りの意見を言わせてもらうと、タイトルを獲った時点で彼は燃え尽きてしまったんだろう。あと1年、またハミルトンとやり合わないといけないというのは、もう精神的に無理だったのだと思う」
C氏「ハミルトンと自分との“越えられない壁”も嫌というほど味わっただろうしね。とは言え、彼にはファンの気持ち考えてほしかった。でも、燃え尽きたという意味では、父がF1ワールドチャンピオンで、何不自由なく育ってきたロズベルグにはハミルトンと何年もタイトル争いをするプレッシャーに耐えきれなかったのだろう」
B氏「そもそも、僕はなぜメルセデスがロズベルグの引退を許したのかが疑問。この契約不履行によってメルセデスが被る被害は結構大きいからね」
A氏「リカルド・チェカレッリというイタリア人のF1ドクターは、幼少期から何不自由なくレース活動をしてきて、ワールドチャンピオンになった男はアイルトン・セナ以外にいないと過去に言っていた。同じ親子2代チャンピオンでも、デーモン・ヒルは父のグラハムが飛行機事故で亡くなって保険で未加入だったから同乗者への保証金の支払いでデーモンは貧しい生活を強いられた。ロズベルグの2代制覇とは環境ががまったく違うんだよね。これまでのチャンピオンはベッテルだって、ミハエル・シューマッハーだって裕福な家庭環境ではなかった。シューマッハーはカート時代に(ハインツ-ハラルド)フレンツェンが使ったタイヤをゴミ箱から奪って使っていたという逸話があるくらい。だから、ロズベルグのようにお坊ちゃん育ちでチャンピオンになるというのは精神的に本当に大変なことなんだろう」
C氏「大変という言い方もできるし、ものすごく恵まれている男だとも言えるがね。チャンピオンを穫れたことを祝福したい気持ちと、最後にお坊ちゃまらしさを見せて辞めていったというふたつの感情があるが、まあ外野の声はともかく、彼にとっては引退が最良の選択だったんだろう」
A氏「でも、この引退で2017年は面白くなって良いんじゃない? 多くのドライバーにチャンスが生まれるし、結局、マッサも復帰しそうだしね」
──パート1はいったんこれまで。次回はロズベルグ後任問題を発端に、マクラーレン・ホンダにも飛び火した辛口トークが展開。パート2もお楽しみに。