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「この世界の片隅に」の成功裏には支援者の熱量があった…Makuake中山亮太郎氏に訊くアニメとクラウドファンディングの関係性

2017年01月02日 12:52  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
2016年11月12日に公開された、劇場版アニメ『この世界の片隅に』。公開1週目は63館での小規模公開で始まったこの一本のアニメは、公開と同時に口コミで話題となり、現在は90館に拡大。観客動員数60万人、興行収入8億円と、大きな広がりを見せている(12月26日現在)。この作品が広がった理由は、大手マスコミではなく主にインターネット上で評価が拡散されたこと。草の根運動とも言えるその動きの背景には、スタートアップの資金をクラウドファンディングで募集したことがあった。こうの史代による漫画を、『マイマイ新子と千年の魔法』などの片渕須直監督がつくる、製作委員会を組成するためにまずは短いパイロットフィルムをつくりたい――。その願いを叶えるために立ち上がったのが、株式会社サイバーエージェント・クラウドファンディングが運営するサイト「Makuake」だ。

同社の代表取締役である中山亮太郎さんは、『この世界の片隅に』のスタートを影で支えた功労者のひとり。クラウドファンディングによってアニメの制作資金を集めることで、どんな効果が生まれたのか。『この世界の片隅に』の始まり、そしてクラウドファンディングの本質と実態を尋ねたところ、アニメの新しい未来が見えてきた。
[取材・文:大曲智子]

■ネット上に散らばっていた「『この世界の片隅に』のアニメが見たい」という声

――Makuakeでパイロットフィルムの制作資金を募集したことがきっかけで大ヒットに繋がった、『この世界の片隅に』。Makuakeを運営する株式会社サイバーエージェント・クラウドファンディングの代表取締役社長として作品に関わっている中山さんは、この状況をどう感じていますか。

中山亮太郎(以下、中山)
いいものはちゃんと広がるということが如実に表れた事例だなと思いましたね。映画のプロモーションって、これまではまずマスメディアからだった。最初に人気の情報番組が取り上げて…という王道プロモーションがあったわけですが、人々の第一接点がインターネットになっている現在において、その方法はパーフェクトではないですよね。『この世界の片隅に』は、最初の出会いがインターネットという点がすごく大きかったと思っています。


――事の発端として、『この世界の片隅に』のパイロット映像制作資金募集をMakuakeで行うことになったのは、どのような経緯だったんですか?

中山
2014年の冬か2015年の年明けの頃だったと思います。このアニメのプロデューサーをしている真木さんから、相談したい案件があるということで、オフィスに伺うと『この世界の片隅に』のパイロットフィルムをクラウドファンディングしたいがどうだろうという相談をいただきました。

――なぜ、『この世界の片隅に』がイケると思ったんですか?

中山
実は2010年から片渕須直監督を中心に『この世界の片隅に』の制作企画は走り出していて、作品にからめたワークショップや取材した内容などを片渕監督自身がツイッターなどで定期的に発信していたんですよ。それに対する一般の方の反応を見たら、「『この世界の片隅に』をぜひアニメで見たいです」という熱いものばかりでした。原作ファン、片渕監督ファンなどの熱量がネットの方々に散らばっている気がした。それを見て、「真木さん、これならいけると思います」と言いました。


――クラウドファンディングにおいて、アニメの制作資金を集めるという前例はこれまでにあったんでしょうか。

中山
あるにはありましたが、自主制作的な短編映像を作るための資金を集めるものがほとんどでしたね。このように商業作品は前例がありませんでしたし、Makuakeでもアニメ作品はこれが初めてです。自主制作アニメの資金募集を見ると、100万円いったらすごいぐらい。劇場版アニメを作るには億単位の金額が必要ですが、真木さんが「まずは2,000万円を目標にしよう」とおっしゃいました。「それなら5~10分ぐらいのパイロットフィルムが作れる。それをもとに営業をして、劇場版アニメに必要な制作資金を集めて製作委員会を組成していこう」って。

――製作資金のごく一部だとしても、2,000万円という目標金額はMakuakeにとって大きい案件ですよね。

中山
当時でいうと平均の10倍以上の金額でした。「でも、この制作陣の企画で目標金額の達成をさせられなければ僕は二度とアニメ業界に顔向けできない」と思いました(笑)。成功させるには退路を断つしかないと思い、「2,000万円集めます」と真木さんに言い切りました。

(次ページ:小さく産んで大きく育てるリーン・スタートアップが合っていた)

■小さく産んで大きく育てるリーン・スタートアップが合っていた

――次に、金額に応じた支援者へのリターンを設計したと思うのですが、『この世界の片隅に』の場合はどのように考えたのですか。

中山
クラウドファンディングは、お金を出してくれた方に何をお返しするかという設計がすごく大切です。声優さんのサインや原画をプレゼントするなどいろんなアイデアが出る中、丸山さんから素晴らしい提案がありました。「これはきっと純度の高い応援の気持ちが反映されたお金だし、応援してくれる人たちの思いを背負ってできていく作品になるといいんじゃないかな。だからお返しは全部同じでいいと思うよ」って。金額の差はつけるけれど、返すものは一緒にしたいということでした。丸山さんはこれまでアニメ業界を何十年と見てきて、作品を見た人の反応というのも何百作品と見てきていると思うんです。そんな丸山さんから出た意見に、その場にいた誰もが納得しましたね。

――応援したい人は出したい分だけ出せる。少しだけれど協力したいという人もいる。応援の気持ちに優劣はないということですね。

中山
エンドロールでの名前の大きさは金額によって変わるかもしれないけど、基本的にはそれほど差をつけないことで、応援の純度を保つことができるという。そこはまさにヒットメーカーのセンスですよね。もちろん作品によってはリターンに差をつける方がいい場合もあります。ですが『この世界の片隅に』は応援の純度を保つべきという意見でしたし、結果的にそうだったと思います。このことは僕にとって、すごく勉強になりましたね。ファンの方も応援の気持ちだけで1人平均1万円出してくれたので、「この熱量をもとに僕は必ず完成させるよ」って真木さんもおっしゃった。僕も覚悟を持ってスタートしたところ、予想より早い8日間で2,000万円を達成することができ、その勢いで本編制作がほぼ固まめることができました。


――早くに資金達成できた理由は何だと思いますか。

中山
片渕監督の情熱が伝わったというのも大きかったと思います。クラウドファンディングって、作り手の中心にいる人がしっかり発信しないと、なかなかうまくいかないんですよ。ですが片渕監督はクラウドファンディングが始まる前からツイッターで告知をしてくれたり、前日に行っていたイベントでも集まった方たちに話してくれていた。「この監督は心から『この世界の片隅に』を作りたいんだな」という気持ちがネットを通じ、そしてリアルを通して、しっかり応援してくれている方に伝わったんだと思います。

――多くの支援金が集まったことで、ほかにどんな効果がありましたか。

中山
労力をかけて作ったアニメが、作って終わりではもったいない。完成した後もビジネスとして転がっていかないと、作った人も儲からないし、今後またクラウドファンディングでアニメを作る際も、製作委員会を作れなくなる。作った後もビジネスとして成り立たせるためにどういったサポートをしたらいいんだろうと、僕たちも考えました。そしてこれはアニメのリーン・スタートアップ(Lean Startup)にしようと思ったんです。


――リーン・スタートアップとは?

中山
よくインターネット業界のベンチャー企業などが行う起業の仕方です。最初に最小限の商品を早く提供し、その反応をもとに次の手を考えるという。まずは小さくていいから製作委員会を組成して、それを大きくするための最初の一歩としてMakuakeを使ってみる。これがアニメ産業でのMakuakeの使いどころとして合っているんじゃないかなと思いました。最高のモデルケースになったと思いますね。

――支援者の熱意は、『この世界の片隅に』公開が近づくにつれてより熱を帯びましたね。

中山
3,374人という最初の支援者のみなさんが、非常に熱意を持って作品に関わってくれた。その方たちによる応援メッセージでSNSが溢れかえったのが、公開の1年半前でした。実はその裏で、制作側もさらに火をつけていたんです。39,121,920円の調達に成功したMakuakeでのクラウドファンディング終了後から公開までの1年半ずっと、制作側は毎週メルマガを送っていました。制作途中のイラストや裏話などを入れたメルマガを毎週1年半送り続けたことで、ファンの熱量を冷ますことなく保つことができました。その結果生まれた作品が、一流のクオリティだったことも良かった。今って一級品のものを作っても、世の中への出し方を間違えると、ごり押しだと言われることもある。でも『この世界の片隅に』は支援者が先行して行っていた応援が全てポジティブなものだったから、公開後に映画を見た人たちがネット検索すると、ポジティブな意見しか出てこない。「やっぱりいい映画なんだ」と、ポジティブがポジティブを呼ぶ流れが生まれたことも良かったんでしょうね。

(次ページ:作品に関わる、体験をすることにお金を使うという新しい支援法)


■作品に関わる、体験をすることにお金を使うという新しい支援法

――『この世界の片隅に』がMakuakeでのアニメ案件第1号。その後はテレビシリーズが2期続いた人気アニメ『少年ハリウッド』の最終話製作資金や、人気のPCゲームをテレビアニメ化したいという『学園ハンサム』においても、目標金額が早くに達成されました。これらの成功はどのように見ていますか。

中山
この3作品のアニメに共通しているのは、ファンの人たちが入り込める余白を作ることができたということです。さらに言うと『少年ハリウッド』は、支援することで最終回の26話が完成するというものでした。『この世界の片隅に』とはまた違う形の余白だったと思いますね。スタートではなく、最終回を作るという。『少年ハリウッド』も『学園ハンサム』も、ストレッチゴールという次のゴールを設定することができました。

――そういった作品ごとの切り口は、Makuake側から提案するのですか。

中山
いくつも提案しますね。ターゲットのユーザーさんが何を求めているかを、しっかりと想像力を働かせながら設計していきます。作品ごとにふさわしいキュレーターをつけますし、『この世界の片隅に』の時も、僕以外にもキュレーターが付きました。彼女はもともと『この世界の片隅に』の原作の大ファンだったので、ファンの視点からの提案もたくさんしてくれました。

――これまではアニメファンがお金を使う機会というと、作品のDVDを買うことが主でした。クラウドファンディングで作品に入り込むことで、作品との付き合い方が変わっていきそうですね。

中山
ファンと作品との距離感が違っていますよね。アニメに関わらず、好きなものに対して距離を縮めたいという気持ちは何においても一緒だと思うんです。Makuakeを使うと、お金でダイレクトに支援することで、作品との距離がぐっと近くなる。新しい近づき方だと思います。ただしDVD購入と違うのは、そのコンテンツが必ずしも面白くなるとは限らないということ。いいと思ったものに対する距離が近いことによって、新しい体験になる。好きなものへの距離感をより近くしたいというのは、このインターネット社会における今の消費トレンドの特徴なのかなと思いますね

――それはMakuakeを3年続けてきてわかったことでもあるということでしょうか。

中山
そうですね。Makuakeも3年前の開始当初は、お金を集めて終わりでしたが、この3年の間にいろんなプロダクトが生まれました。たとえば飲食店のオープンを支援することで、オープン後もそのお店との距離が近くなる。友達を連れて行き、お店の成り立ちを教えてあげたくなる。プロダクト誕生の瞬間に少しでも関わることで、その後もずっと関わりたくなる、人に広めたくなるという効果があると知りました。それは物でも店でもアニメでもアイドルのライブでも、全部一緒なんですよね。


――『この世界の片隅に』のスタートアップをクラウドファンディングが担ったことで、今後アニメの作られ方やアニメ業界の仕組みも変わるのではと思いますが。

中山
変わると思いますね。最初にも話したように、これまでは芸能界やテレビ業界、マスメディアなどからスタートする仕組みがずっと続いていて、みんなもそういう仕組みだと理解していた。でもだんだんと「メディアは推薦しているけど本当かなぁ」と思うようになっていますよね。その反面クラウドファンディングは、資金集めに成功したということはファンのお墨付きをもらっているということ。最初にエンドユーザーのお墨付きをもらうというのは、非常に理にかなっているんです。実際の資金になりますし、プロモーション効果も得られますから。

――ちなみにクラウドファンディングに向いている作品と向いてない作品ってあるんでしょうか?

中山
子供向けの知育系アニメは、まだ実績がないんですよね。見るのはお子さんだけど、お金を出すのは別の人になるので。今後トライしてみたいなと思いますし、ぜひやってみたい方がいればご一緒したいなと思いますね。

――中山さんが考える、アニメ業界におけるクラウドファンディングの理想形はなんでしょうか?

中山
僕にとってのクラウドファンディングは、世の中に散らばっている、これが生まれてほしいという思いを集める仕組みだと思っています。お蔵入りしそうな企画や、面白いと評判だったのに続編が作られないなど、ファンが「こうあってほしいのに」と思っているものを全部実現させたい。アニメファンの願いと作りたいという思いを橋渡しするのがMakuakeの役目。埋もれそうな企画がある方はぜひ気軽にご連絡ください(笑)。どんな作品でも全力で寄り添います。

※ また現在Makuakeにおいて「この世界の片隅に」の海外進出を応援するためのプロジェクトが実施中だ。https://www.makuake.com/project/konosekai2/