今や4人に1人が65歳以上の高齢者となった日本。そんな少子高齢化社会において引く手数多な"介護士"だが、厳しい労働環境を理由に辞めていく人が後を絶たない。
介護福祉士の資格を持ち、5年前まで介護老人福祉施設で働いていた経験を持つ高橋恵里香さん(仮名・30代)が、当時の現場の様子を語る。(取材・文:千葉こころ)
「放置されていた入居者が転倒したり、寝具の使いまわしで感染症が移ったり」
自宅で介護を受けることが困難な高齢者が、24時間体制で生活支援や健康管理、機能訓練を受けられる介護老人福祉施設。しかし、恵里香さんの勤める施設では、人手が足りないことを理由に介護士1人で8~10人の入居者を対応しなければならなかったという。
「介護と事務作業をこなしながら、全員の動向にも目を配らなければならず、まったくと言っていいほど行き届いていませんでした」
本来であればトイレで排せつをさせる入居者でもオムツにさせる、おとなしい入居者は車いすに座らせてテレビの前に放置、機能訓練もさせずにベッドに寝かせっぱなしということが、日常的に起きていたそうだ。
「フラフラ出歩いてしまう認知症の方などもいるので、ひとりで対応できるのは3,4人が限界です。それなのに倍以上をみなければならないので、手が回らないんです。ひとりをトイレに連れていき、用をたしている間にほかの方の対応をして、気づいたら1時間以上トイレに座らせたままになっていたこともありました」
必要とされる機能訓練はおろか、自立の支援すらできていない現場。些細なことでも介護士の怒号が飛ぶほど、常に張り詰めた空気が流れていたと恵里香さんは語る。
「山積みの業務に追われ、みんなイライラしていました。そんな状態なので、放置されていた入居者が転倒したり、寝具の使いまわしで感染症が移ったりと事故はしょっちゅう。介護士が粗暴に扱ってケガをさせることもありました」
介護未経験者が1週間で夜勤勤務、苦言を呈すと施設長からの嫌がらせも
そんなある日、新しくパートの職員が採用されることに。ところが、やってきたのは知識も経験もない介護素人の男性。彼にイチから教える業務も加わり、恵里香さんは一層忙しくなった。しかも、介護素人の男性は、働きはじめて1週間も経たないうちにひとりで深夜勤務をさせられたそうだ。
「大半のかたが寝ている時間帯とはいえ、トイレへ行く人や出歩いてしまう人もいます。突然体調が悪化するなど万一のこともあるので、一人で、まして知識のないかたが対応するなどありえません」
施設長へ苦言を呈したところ、翌日から嫌がらせも受けるようになった。
「書類の書き方が悪いと何度も書き直しをさせられたり、申請した有休をスルーされたりから始まって、仕事すべてに必要以上のダメ出しをしてくるようになりました」
キャパオーバーの対応を精一杯こなしている恵里香さんに対し、施設長は「対応が間違っている」「あなたは介護士の資質がない」などの言葉を容赦なく浴びせてきた。次第にエスカレートし、恵里香さんのプライベートや容姿にまで言及するように。必死に耐えていた恵里香さんもついに限界を超え、体調を崩してしまったという。
「私にこの仕事は向いていないとか、どう頑張っても改善できないのは自分の能力が足りないんだと思うようになって、何の気力も感情も湧かなくなっていきました」
知人の勧めで病院を受診したところ、うつと診断された。それを理由に退職し、しばらくの休養期間を経て、現在は全くの異業種で働いている。
全ての高齢者向け施設がこのような状態ではないだろう。しかし、入居者や介護士がつらい思いを抱えている施設があるのも事実。介護士不足が叫ばれる昨今だが、「労働条件が改善されない限り、あの世界に戻りたくありません」と語る潜在介護士の声が届く日はくるのだろうか。