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さユり、新曲「フラレガイガール」が転機作である理由 名曲「ミカヅキ」からの流れを紐解く

2016年12月28日 23:41  リアルサウンド

リアルサウンド

さユり

 さユりが12月7日にリリースした4thシングル表題曲「フラレガイガール」は、彼女にとって大きな転機となる楽曲だ。


 今作の楽曲提供・プロデュースを担当したのは、RADWIMPSの野田洋次郎。言わずと知れた今年を代表する大ヒット映画『君の名は。』の劇中音楽を手がけたバンドのボーカリストであり、大晦日には映画主題歌「前前前世」のオリジナルバージョンにて『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)への初出場も果たす。バンドの大躍進と並行して、野田は自身のソロプロジェクト・illionにて2ndアルバム『P.Y.L』をリリース。RADWIMPSとしてのアルバム『人間開花』の発売も重なり多忙を極める中で、野田はさユりへの楽曲提供・プロデュースに尽力する。


「この歌を歌ってくれる、この歌の『持ち主』を探しました。そして、ふとあるCDを思い出し聴き直したのです。たまたま隣のレコーディングスタジオにいたさユり氏から頂いたCDでした。『やっと見つけた、この人だ』」


 楽曲提供に伴い、野田は上記のようにコメントしている。


 筆者が「フラレガイガール」を初めて聴いたのは、11月3日に新宿ReNYにて開催されたワンマンライブ。約800のキャパシティにすし詰め状態となったこの日。「こっぴどく振られた女の子の歌」「歌っていると愛しさがこみ上げてくる歌」と前置きして彼女が歌った「フラレガイガール」は、これまでの楽曲にはないサウンドと歌詞でありながら、まるで最初からさユりのために用意されていたかのように彼女と楽曲が溶け込んでいくのを感じた。


 柔らかなピアノの旋律とさユりの力強くどこまでもまっすぐ伸びるような歌声から「フラレガイガール」は始まり、バンドサウンドは大サビのクライマックスに向けて思いを募らせるかの如く熱を帯びていく。


 今回のシングルに収録している「アノニマス」や2ndシングル収録の「来世で会おう」、デビュー曲「ミカヅキ」といった楽曲では、さユりがアコースティックギターを弾けんばかりにかき鳴らし、時にデジタルノイズが顔を覗かす。それらの楽曲のMVには、“2.5次元パラレルシンガーソングライター”と言われる所以でもある、14歳の頃のさユりを具現化した「さゆり」や、本能キャラ「サゆり」など多種多様な2次元キャラクターが登場する。透過スクリーンに映像が投影されるライブのステージにおいても、キャラクターの存在は楽曲に物語を持たせる意味で重要な役割を担っている。しかし、「フラレガイガール」のMVにはこれらのキャラクターは一切登場しない。ダンス映像作家の吉開菜央が監督を務めるMVの主演はモデルの田中真琴。舞うように踊るコンテンポラリーダンスは、野田による歌詞の世界観を美しく表現し、彼女が涙を流すシーンは楽曲の大きなテーマである「失恋」を想起させ、時折リップシンクにて登場するさユりは楽曲の「代弁者」をイメージさせる。


 「フラレガイガール」はタイトルが表す通りに、“フラレガイ(振られがい)”と“ガール((1)少女(2)が、ある)”をかけあわせた造語。言葉遊びの巧みな野田らしいタイトルである。「こっぴどく振られた女の子の歌」とさユりが話すように、1番Aメロでは<瞳を飛び出し頬を伝う彼ら 顎の先で 大渋滞 まぁこの先 涙を使うことなどもうないし まぁいっか>と諦めにも似た思いを吐き出しながら、サビ終わりでは<もういいでしょう? そろそろ種明かししにきてよ>と彼に対する未練を残したやるせない思いを歌う。その思いは大サビを経て、<泣いて追っかけてきても もう許したりしないから いつか天変地異級の 後悔に襲われりゃいい><そろそろ 時間だ ワタシは いくね 次の 涙も 溜まった頃よ>と思いは受け入れに変わり、次に使うための涙が溜まったという気持ちで彼女は前に進んでいく。


 筆者がライブで「フラレガイガール」を一聴し、彷彿としたのはさユりのデビュー曲「ミカヅキ」であった。野田のコメントに出てくる“さユり氏から頂いたCD”であり、プロデュースをするきっかけにもなったさユりのデビューシングルでもある。<当の私は 出来損ないでどうしようも無くて>、頭上に浮かぶ綺麗な満月は“世界”を照らし、自身は欠けた“ミカヅキ”だと歌う。さユり自身が作詞・作曲を手掛けたこの曲は、劣等感や不完全な自分を映し出しながら、<欠けた翼で飛ぶよ 醜い星の子ミカヅキ 光を放ったミカヅキ><今宵も頭上では 綺麗な満月がキラキラ 次は君の番だと笑っている>と前に進みたい、自分を信じたいという希望に満ちた歌詞で終える。


 野田が「ミカヅキ」を聴いたことが、さユりへの楽曲提供に繋がった、と序盤にて記したが彼がさユりに対して「やっと見つけた、この人だ」と思ったのは、2曲の親和性の高さを考慮すると必然だったように思う。「ミカヅキ」は全てのサビ頭が「それでも」のフレーズから始まる。<それでも 誰かに見つけて欲しくて><それでも あなたとおんなじ景色が また見たいから>。さユりは、過去に後悔し、藻掻きながらも、“それでも”と自問自答し前に進んできた。


 過去を肯定し“それでも”と進む思いは、さユりを突き動かす原動力のようなものだ。「フラレガイガール」の終わりは、野田が完成させた歌詞からさユりとの話によって、光や未来に向かっていく歌詞へと変わっていったという(『ダ・ヴィンチ2017年1月号』(株式会社KADOKAWA)より)。ここに後悔だけでは終わらない、さユりのシンガーソングライターとしての本質があるように思う。


 冒頭、「フラレガイガール」が彼女にとって転機となる楽曲と書いたが、すでにさユりは次のフェーズに突入している。新曲「平行線」は、フジテレビ”ノイタミナ”で2017年1月12日から放送開始のTVアニメ『クズの本懐』エンディング・テーマのために書き下ろした楽曲だ。発表時のさユりのコメントには、すでに“それでも”という思いが溢れている。「フラレガイガール」でさユりを知ったファンは、「ミカヅキ」はもちろん、次の「平行線」でも彼女の繊細で強い思いに胸を打たれるはずだ。(文=渡辺彰浩)