2015年のベルギーGPからスタート時の無線に関する規制が強化されたF1。2016年、FIAはさらに競技規則第27.1項にある「ドライバーは自力で、援助なしにマシンを走らせなければならない」という内容を厳しく適用することを選択した。それはエンジニアからの無線による指示によってF1ドライバーが操り人形化しているという批判をかわすためだった。
ところが、この無線規制が逆にドライバーのパフォーマンスを阻害する結果を招いた。事件が起きたのはヨーロッパGP。レース中にルイス・ハミルトンのパワーユニットに問題が発生。チームがレース前に設定したエンジンモードが何らかの理由で間違っていたのである。
そのため、ハミルトンは無線でエンジニアに「違うポジションになっているスイッチを見つけようと、5秒ごとにダッシュボードを見ているけどわからない。どうしたらいい?」とアドバイスを求めたのだが、レースエンジニアは「悪いが、アドバイスはできないんだ」と返答するしかなかった。
ちなみにハミルトンは「僕が変更案をしゃべるから、OKかどうか言ってよ」と提案したものの、レースエンジニアは「それも認められていない」と突き放すしかなかった。
その後、ハミルトンは12周に渡って、ステアリングと格闘。予選10番手からスタートしたレースを5位までしかポジションアップすることができずに終わった。
さらにハンガリーGPではこんな珍事件が起きた。レース序盤にジェンソン・バトンがブレーキトラブルに見舞われた際、ピットと無線で交信し、ピットからアドバイスを受けたとしてペナルティを科せられたのである。レース後、バトンは次にように、無線規制に関するレギュレーションを批判した。
「無線規制そのものがいけないわけじゃない。チームメートが自分よりどこで速くまたどこで遅いとか、そういう情報をすべてのコーナーで無線で交信するのは確かに間違っていると思う。また燃費のコントロールもドライバー自身が管理するということにも賛成だ。でも、ブレーキペダルが落ちてしまうなど、安全上の問題が起きたとき、それを回避するために交信する無線まで取り締まられるのは、どうかと思う」
その2週間後、F1ストラテジーグループは、レース中の無線制限を緩和することに合意。無線規制は安全上の問題に限らず、フォーメーションラップがスタートした後、レースがスタートするまでの間を除いては、全面撤廃された(その代わり、FOMは全チームのすべての無線交信に自由にアクセスできるようになった)。
ルールを巡って揉めたのは、これだけではない。ブレーキング時の進路変更に関する判断にも、16年は多くのドライバーが振り回された一年となった。
まずハンガリーGPでマックス・フェルスタッペンがキミ・ライコネンに対して2度行ったものの、ペナルティは科せられなかった。続くベルギーGPではフェルスタッペンはライコネンだけでなく、セバスチャン・ベッテルに対しても同様の行為を行ったものの、ペナルティを受けることはなかった。そして、フェルスタッペンは日本GPでも同様のドライビングをタイトル争いをしているハミルトンに対して行ったが、やはりお咎めはなかった。
ブレーキング時の進路変更禁止というルールは、モータースポーツでは常識である。にもかかわらず、フェルスタッペンが処罰されなかったため、世界中のモータースポーツ・ファンが“フェルスタッペン・ルール”だと揶揄したものである。
そのため、FIAはアメリカGPのドライバーズミーティングで、「ブレーキング時の進路変更を一切容認しない」ことを通達。そして、その翌週に行われたメキシコGPで、いきなりペナルティが下る。だが、それはフェルスタッペンに対してではなく、フェルスタッペンのドライビングを非難し続けてきたベッテルだったのは、皮肉なことだった。
このメキシコGPではトラックリミットに関する裁定にも異論が噴出した。スタート直後の1コーナーをショートカットしたメルセデスAMG勢にはペナルティが出なかったのに対して、レース終盤に同じ1コーナーをショートカットしたフェルスタッペンには5秒加算の罰則が与えられた。
また、ハンガリーGPでは予選のQ3の最後のアタック中にアロンソがスピンを喫してコース上に停止。そのため、黄旗振動状態となったが、ニコ・ロズベルグが自己ベストを更新してポールポジションを獲得。ロズベルグは「該当区間では減速していた」とし、FIAもそのデータを確認したため、ロズベルグのポールポジションが確定。そのため、大きく減速したドライバーたちから不満が続出した。
そもそもレギュレーションでは黄旗振動に関して“ただちに停止できる速度”となっているだけで、具体的な速度が定められていないため、減速方法はドライバーによってまちまちだった。
FIAはハンガリーGPで起きた事態を重く受け止め、続くドイツGPから「予選中に黄旗振動のケースが発生した場合は、一律に赤旗を出す」ことにしていた。しかし、その後、FIAは「もし予選中に黄旗振動の区間に出くわしたら、ただちにアタックを中断すること」に変更。
安全性に関するこの変更自体には多くの賛同を得ていたFIAだが、2016年はさまざまなルールが二転三転したという事実はまぬがれない。スポーツにはルールは不可欠だが、ルールは複雑になればなるほど、ファンの興味は薄れていくことを忘れてはならない。