トップへ

年末企画:牛津厚信の「2016年 年間ベスト映画TOP10」

2016年12月26日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2016年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマの三つのカテゴリーに分け、映画の場合は2016年に日本で劇場公開された洋邦の作品から、執筆者が独自の観点で10本をセレクト。第十二回の選者は、ハリウッド大作からミニシアター作品まで、多くのレビューを執筆した映画ライターの牛津厚信。(編集部)


参考:アメリカで高評価の『Looking/ルッキング』、TVドラマ界に一石を投じた“愛と友情のかたち”


1.『この世界の片隅に』
2.『サウルの息子』
3.『シング・ストリート 未来へのうた』
4.『ぼくとアールと彼女のさよなら(未)』
5.『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』
6.『ヴィクトリア』
7.『ブルックリン』
8.『死霊館 エンフィールド事件』
9.『シン・ゴジラ』
10.『君の名は。』


 すっかり機を逸していた『君の名は。』を今しがた鑑賞し終え、ようやく十本を選ぶ腹が決まった。


 複雑な時間軸を疾風のごとく紡ぎ、ディテールとスペクタクルを繋げる『君の名は。』の鮮やかさ。とりわけ同作の掲げる「忘れない」という切なる思いは、同時代を生きる日本人としてフィクションの中にリアリティが差し込む一瞬にも感じられた。9位『シン・ゴジラ』も、フィクションという姿見に現代日本を総括して映し出すという壮大な試み。いずれの東宝作品も映画史や時代を俯瞰し、創造性と大胆さをもって大きなドラマを生み出そうとする凄みに満ちていた。


 8位『死霊館』はダークファンタジーとして秀逸な仕上がり。今やジェームズ・ワンはハリウッドにおける最も信用に足るヒットメイカーの一人と言っていい。7位『ブルックリン』は誰もが共感しうる人生の通過儀礼を描いた秀作。言葉一つで涼風を吹かせるニック・ホーンビィの脚本も冴え渡っていた。6位『ヴィクトリア』には、全編一発撮りの(ほぼ)即興劇に挑んだチームの熱量を感じ、鑑賞後に震えが止まらなくなった。


 5位『ローグ・ワン』は「この名もなき戦士たちの物語を伝えたい!」という想いが全編に迸った傑作。希望をつなぐリレーの延長上、観客の胸にも確かな波動が届き幾重にも広がっていく。個人的には本流以上の感動を覚えた。


 今年ショックだったのは『ぼくとアールと彼女のさよなら』が未公開に終わったこと。死にゆく少女と、名作リメイクに情熱をかける青年との交流を描いた本作は、独創的な美術と語り口を散りばめ、“まだ何者でもない彼ら”の日々を爽やかに描き出す。これと『シング・ストリート』が並んだのも偶然ではなかろう。根拠のない自信、たったそれだけを武器に、青年たちが歌い、奏でる。その高揚感。同時代に10代を送った年代にとって、もう戻れない場所だからこそ、たまらない憧憬を起こさせる。


 2位『サウルの息子』は、一年間ずっと胸中で激震を起こし続けた。絶望的な状況下で生じる、たった一雫の人間性。その瞬間をつぶさに捉えた、20年に一本あるかどうかの奇跡、いや事件ともいうべき作品だ。


 そして『この世界の片隅に』。戦争をこの角度で描いてみせたことは、天地をひっくり返すほどの驚きだった。痛みや悲しみを抱えながらも、前に進むために明かりを灯し、日常という名の色彩を一つ、また一つと重ねていく。それが人間に与えられた尊い使命であり、こうして繋ぐ、伝えることで今の私たちがある。映画にこれほど感謝の念と愛おしさを覚えたのは初めてだった。(牛津厚信)