2016年12月25日 10:02 弁護士ドットコム
カジノを含む統合型リゾート(IR)の解禁に向けたIR推進法案が12月15日、衆院本会議で可決、成立した。政府は規制や依存症対策を盛り込んだIR実施法案を1年以内に国会に提出する作業に入る。
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この法案をめぐっては、公明党の対応が割れるなど、賛否両論が沸き起こっている。経済対策として期待が集まる一方、ギャンブル依存症の懸念も根強い。
今回成立した法案はどのようなものなのか。また、経済や雇用の観点から、今後どのようなことが課題になるのか。カジノを含む賭博法制(ゲーミング法制・統合型リゾート法制)に詳しい山脇康嗣弁護士に聞いた。
山脇弁護士が今回指摘する主な論点は以下の5点だ。
・事業者から十分な税や納付金を徴収できるか
・顧客から確実に税を徴収できるか
・日本人の雇用を生み出せるか
・外国人観光客を呼び込めるか
・金融規制との整合性
以下、山脇弁護士の詳細な解説をお届けしたい。
今回成立したIR推進法自体によって、カジノが解禁されるわけではありません。IR推進法は、カジノを含むIR(統合型リゾート)の実現という政策目標の達成に向けたスケジュールと、基本的な枠組みだけを示すプログラム法にすぎないからです。1年以内を目途として別に立案されるIR実施法が成立してはじめてカジノが解禁されることとなります。具体的にどのような制度設計でカジノを解禁するかは、この実施法で規定されます。
カジノという賭博を解禁するべきかどうかは、メリットがデメリットを上回るかどうかで決まります。現時点では、その結論は出せません。例えば、カジノの解禁によって、どの程度の経済規模が見込めるかは、現時点ではわかりません。
なぜなら、(1)自治体が国から「特定複合観光施設区域」(IRを設置できる区域)の認定を得るために必要となる開発規模、(2)民間事業者にとって必要となる投資規模、(3)カジノ事業者などから徴収される税や納付金の額や率、(4)カジノの顧客として売上に大きな影響を与えると想定される外国人へのビザ緩和の有無、(5)規制の建て付けによって変わる顧客の実際の消費行動などが全て不明だからです。
IR推進法では、観光及び地域経済の振興、国や自治体の財政の改善が目的とされています。つまり、「カジノ施設の収益が社会に還元されること」がメリットであり、賭博を解禁する正当性です。今後は、例えば、雇用と経済に関する次のような具体的なトピックごとに、その制度で「カジノ施設の収益の社会への還元」が実現できるかどうかを、緻密に検討していくことになります。
カジノ事業者から十分な税や納付金を徴収し、国・自治体の財政改善や社会的コストの解決にまわすことができるかが非常に重要です。社会的コストとは、依存症対策や青少年教育などです。
まず、カジノ事業者から多額の法人税を徴収することは、少なくとも開業当初は期待できません。法人税は、各事業年度の益金から損金を差し引いた額(当期純利益)に課されます。カジノは大規模な費用を投下して開業しますので、極めて多額の損金が計上されます。したがって、開業当初は純利益が出たとしても少額でしょう。
では、開業してしばらく経ってからはどうでしょうか。地域独占的に胴元となるカジノ事業は、儲かりやすい業種だから法人税をたくさんとれると思われる方がいるかもしれません。しかし、そうはいかない可能性が高いと思います。カジノ運営のノウハウを有する日本企業が少ないため、外国資本の参入が想定されます。一般に、外国資本は、様々な租税回避手段に長けており、現行の法人税法の規定による課税だけでは、実効的に機能しない可能性があります。
そうすると、「カジノ施設の収益の社会への還元」を実現するためには、カジノ事業者から、納付金を十分に徴収するほかないことになります。しかし、高額になりすぎると、国際的な競争力が失われ、投資を呼び込めなくなり、結果として「収益の社会への還元」をあまり実現できなくなるおそれがあります。既にアジアではカジノが乱立しており過当競争ぎみです。「投資を呼び込めるような国際競争力の維持」と「収益の社会への還元」を両立できる納付金額を導き出すのは至難の業です。
また、そもそも、何を基準にして納付金を徴収するかも、大きな問題です。納付金は、総収入(gross revenue)を基準として徴収される可能性も高いですが、何をもってカジノ事業の総収入とするか自体が難問です。企業会計上も税法上も、収益や費用などは、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」に従って計算されることとなっています。
しかし、日本では、これまで民間事業者による賭博事業(ゲーミング事業)がありませんでした。そのため、ゲーミング事業に関する「一般に公正妥当と認められる基準」がないのです。何をもって総収入とするかすら、現時点では不明です。つまり、カジノ事業者の総ゲーミング収入(gross gaming revenue)を、顧客が投じた賭け金総額とする(総額主義)のか、それとも、勝負から生じた正味の勝ち負け(賭け金総額から払戻金額を差し引いたもの)とする(純額主義)のかすら決まっていません。いずれを採用するかによって、徴収される納付金の額に大きな差が出ます。
また、カジノでは、あまりにも大量の現金が反復継続されて動き、個別の追跡が困難です。そのため、収入について、「緻密な」認識ができず、「ざっくりとした」認識にならざるをえない可能性があります。つまり、個別の勝負や個別の顧客ごとに認識できず、シフト・エリア・機械などの一定の集計単位ごとの認識にならざるをえない可能性があります。このようにカジノ事業者に適用される税制や会計規則は特殊複雑であり、重要な検討対象です。
カジノ事業者から納付金をうまく徴収できたとして、今度は、自治体間の「均てん化」が問題となります。「均てん化」とは、自治体間における財政力の格差を解消するため、税や納付金の適正な配分を通じて自治体相互間の過不足を調整することです。IRをうまく誘致できた自治体は潤う一方で、その周辺の自治体は、客を奪われるなどして、財政上マイナス効果が生じる可能性があります。そのように、IRを誘致できた自治体とその周辺の自治体との間での格差や不公平を軽減するために、自治体間で納付金を分配するという「均てん化」措置の是非が検討されるでしょう。
カジノで勝った顧客には、競馬やパチンコと同様に、一時所得として所得税が課されます。しかし、このようなギャンブルで得られた一時所得に対しては、実際にはほとんど課税されていません。カジノの場合は、顧客の相当割合が外国人(非居住者)であり、しかも、既存のギャンブルに比べて極めて高額の勝ち金を得る可能性があります。短期間しか日本にいない外国人に確定申告は期待できません。
所得税の徴収漏れがないようにしなければなりませんが、現行の所得税法では、このような一時所得に対する源泉徴収(顧客に払い戻される勝ち金からの天引き)ができません。法改正しなければ、カジノでの勝ち金について多額の脱税が横行する可能性があります。
なお、宝くじやスポーツ振興くじの当せん金は、特別法によって所得税が非課税とされています。カジノも、特別法によって、勝ち金について非課税とする余地がないわけではありません。事業者から徴収される納付金が極めて高い率とされ、そこで既に所得税相当分が徴収済みであると判断されるような場合です。
また、(一般)消費税について、何を課税標準とするかも問題です。課税標準とは、納めるべき消費税の金額を計算する際の基礎となる金額です。消費税は、基本的には、課税取引の売上高額が基礎となりますが、カジノ事業の場合、何をもって売上高(総収入)とするかについて決まっていないことは先述したとおりです。ちなみに、パチンコの場合は、貸玉料が基準となって消費税が計算される総額主義となっていますが、アメリカなどでは、ゲーミング企業についてはその特殊性から純額主義(賭け金総額から払戻金額を差し引いたもの)が採用されています。
さらに、一般消費税のほかに、個別消費税として「賭博税」の導入も検討されるべきです。個別消費税は、ある特定の物やサービスについてのみ課税されるもので、たばこ税、酒税、ガソリン税などがあります。カジノという賭博は、奢侈性(贅沢性)が高く、しかも、必然的に生ずる社会的コストは受益者負担とするべきです。したがって、個別消費税としての「賭博税」の導入も、(二重課税とならない範囲で)検討されるべきです。
カジノについては、租税及び納付金は最重要テーマの一つです。この検討をおろそかにすると、カジノ事業者や勝った顧客だけが利益を貪り、カジノ施設の収益が社会に還元されず、一般国民が社会的コストだけを押しつけられるということになりかねません。
カジノディーラーは、現在では日本にはあまりいません。外国人が日本のカジノ施設でディーラーとして就労することは、現在の入管法では認められません。カジノ施設における様々な外国人の就労の可否について、今後、入管法を改正するかどうかで、日本人の雇用がどの程度発生するかが左右されます。
IR推進法では、国際観光の振興として外国人観光客の増加が目指されています。主として富裕中国人などのカジノへの来客が念頭に置かれています。しかし、現在の入管法や査証制度のもとでは、中国人に対して観光査証(ビザ)は容易には発給されません。そこで、今後、中国人などのアジア人に対して、査証を大幅に緩和するかどうかが検討対象となります。
また、外国によっては現金の海外への持ち出しが厳しく制限されています。賭博が禁止されており、賭博債権の回収ができない国もあります。そのため、日本のカジノにおいて、「フロント・マネー」の設定・精算や「クレジット」を認めるかどうかも、どれだけの顧客を呼び込めるかに重大な影響を与えます。
「フロント・マネー」とは、外国人など非居住者の顧客が、カジノ事業者の国外の事務所又は海外金融機関口座に事前に金銭を預託することであり、後に当該顧客の負け金と相殺処理(精算)されることがあります。「クレジット」とは、カジノ事業者が顧客に対し、チップを融通することにより、実質的に顧客に対し賭博のための金銭を貸すことです。
これらを認める場合には、カジノ事業者が、銀行や貸金業者と同様の行為を行うことになります。そのため、各種金融規制(資金決済法、出資法、銀行法、貸金業法など)との整合性を図る必要が出てきます。また、反社会的勢力が入り込む危険性があると指摘される「ジャンケット」を認めるかどうかも重大な論点です。「ジャンケット」とは、カジノの売上に大きく貢献する大口顧客を囲い込むために、様々な便益を提供する紹介業者です。さらに、「対顧客インセンティブプログラム」(無料プレイ、キャッシュバック、宿泊券の提供など)の実施の可否やその税務上の扱いも、顧客の消費行動に大きく影響を与えます。
このように、カジノ解禁のメリットである「カジノ施設の収益の社会への還元」について、主として「雇用と経済」という観点から、重要論点を検討してみましたが、カジノ解禁については、他にも極めて多くの論点があります。例えば、カジノ業の内部統制・監査についても、キャッシュポジションやチップのインベントリーの把握が複雑困難であるという特殊性に鑑みた、適切な基準を策定しなければなりません。そしてなにより、「デメリット」とされるギャンブル依存症対策のあり方が重要です。反社会的勢力の排除や不適格者の入場阻止という観点からは、徹底した身元調査を行うことが必要となりますが、個人情報保護法制との関係が難問です。
IR実施法は、これまでの日本の法制上、全く例がない、異例中の異例といえる法律になるのは確実です。今後、政府の「推進本部」や有識者からなる「推進会議」などで議論されることとなりますが、徹底してプロセスの透明化を図るべきです。IRは大きな利権構造となります。特定の業界・企業や特定の自治体と癒着した者が関与していないかどうか、利益誘導的な発言がなされていないかなどについて、メディアは注視し、報道していく必要があります。カジノ解禁の是非の議論は、これからが本番です。
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
山脇 康嗣(やまわき・こうじ)弁護士
慶應義塾大学大学院法務研究科修了。慶應義塾大学大学院法務研究科専門法曹養成プログラム(租税法専修)修了。入管法・国籍法・関税法・検疫法などの出入国関連法制のほか、カジノを含む賭博法制(ゲーミング法制・統合型リゾート法制)や風営法に詳しい。第二東京弁護士会国際委員会副委員長、日本弁護士連合会人権擁護委員会特別委嘱委員(法務省入国管理局との定期協議担当)。主著として『詳説 入管法の実務』(新日本法規)、『入管法判例分析』(日本加除出版)、『Q&A外国人をめぐる法律相談』(新日本法規)、『外国人及び外国企業の税務の基礎』(日本加除出版)がある。「闇金ウシジマくん」「新ナニワ金融道」「極悪がんぼ」「鉄道捜査官シリーズ」「びったれ!!!」「SAKURA~事件を聞く女~」「ゆとりですがなにか」など、映画やドラマの法律監修も多く手掛ける。
事務所名:さくら共同法律事務所
事務所URL:http://www.sakuralaw.gr.jp/profile/yamawaki/index.htm