トップへ

「君の名は。」のヒットと巨大化した中国映画市場

2016年12月20日 19:52  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

(c)2016「君の名は。」製作委員会
「君の名は。」のヒットと巨大化した中国映画市場
【文・劉文兵】

12月2日より中国で封切られた『君の名は。』が大ヒット上映中とのニュースが、マスコミ各社に大々的に報道されている。
中国の映画市場は2012年、日本を抜いて北米映画市場に次ぐ、世界第2位に上り詰めた。2015年の時点で日本の4倍に相当する市場規模にまで急成長してきた。『君の名は。』の中国でのヒットをきっかけに、この巨大市場に強い関心を抱く日本映画人は少なくないだろう。
2016年、中国における日本映画の上映に大きな転換点が訪れた。『君の名は。』をはじめ、年間、11本の日本映画が立て続けに中国全国で公開され、その数は史上最多を記録した。日本映画ブームを引き起こした起爆剤の一つは、前年度の中国でヒットした『STAND BY ME ドラえもん』であるように思われる。同映画は、中国で米国以外の外国映画の年間興行成績第一位(約90億円)という快挙を成し遂げ、そして、そのヒットにあやかって、日本アニメが次々と輸入されるようになったわけである。

■日本アニメの安定した観客層

しかし蓋を開けてみると、公開中の『君の名は。』を除いて、2016年に公開された8本の日本アニメは、いずれも『STAND BY ME ドラえもん』ほどの大ヒットに至らず、興行収入はよくても20億円止まりになっている。
また、『君の名は。』を除いて、これらの日本アニメは日本で封切られてから中国で公開されるに至るまで、半年か、一年ほどのタイムラグがあったため、そもそも新作映画としての勢いに欠けている。『STAND BY ME ドラえもん』のヒットはむしろ異例なことだったと専門家は見ている。
それでもこれは配給側にとって満足のいく結果のようだ。数百万米ドルを下らない新作のハリウッド大作映画のライセンス料と比べて、これらの日本アニメの上映権料は激安である。
さらに、中国における年間映画観客動員数(2015年度)は約12億人、その平均年齢は22歳未満である。彼らの多くは少年時代に『聖闘士星矢』、『ドラゴンボール』、『ドラえもん』、『クレヨンしんちゃん』、『ちびまるこちゃん』、『ONE PIECE』、『NARUTO』を、テレビ放映や、映像ソフト、コミック、インターネット配信といった公式的な回路、または海賊版などの非公式的な回路をつうじて、浴びるほど観ていた。これらのTVアニメやコミック原作の劇場版は、彼らの懐かしさを誘うことで、安定した集客力をもっている。そのため、たとえヒットに至らなくても、今後も日本アニメの中国への輸入は続く見込みである。
いっぽう、日本とほぼ同時公開、しかもオリジナル作品である『君の名は。』のヒットは、日本アニメの中国輸出に舵を切り、新しい方向性を示してくれた。今後、若い観客層をターゲットしたオリジナル作品や、日本での公開時期とのタイムラグを短縮した最新作はさらに増えていくだろう。
とはいえ、競争の白熱化する中国市場にあって、「クールジャパン」の代名詞である日本アニメも必ずしも「安全パイ」ではない。そして、日本の実写映画の受容はさらに厳しいものである。





■迷走を続ける日本の実写映画

「2時間を超える長編や、身の周りの何気ない日常を題材にしたものが多く、その上、テンポが遅い」――それは日本の実写映画に対して、中国の一般観客が抱いている印象である。むろん、そのような偏った評価の背後には、ポルノやホラーといった売れ筋の日本映画が中国の映画検閲制度と相いれず、ほとんど輸入できないという現実もある。
事実、『ビリギャル』、『寄生獣』の興行成績は芳しいものではなく、それまでの『ノルウェーの森』などはさらに惨憺たるものであった。スペクタクル性の乏しい日本の実写映画は、ハリウッドの大作映画に慣れ親しんでいる中国人のニーズに合わないようだ。
だが、その一方、日本映画に対する中国人の熱狂的な反応は、2016年4月、そして6月に開催された北京国際映画祭、上海国際映画祭の際に垣間見られる。たとえば、第19回上海国際映画祭では、50本の日本映画の最新作が上映され、人気映画のチケットがすべて入手困難であり、ダフ屋の値段は定価の何倍にも上ったという。
このような一般公開の場合と、映画祭上映での日本映画に対する受け止め方の温度差について、上海国際映画祭の運営に携わった蔡剣平(ツァ・ジェンピン)氏(上海芸術電影連盟)は次のように分析している。「オールスター出演の『64‐ロクヨン‐』、あるいは二宮和也のスター性を売りにした『母と暮らせば』は、上海国際映画祭では大きな反響を呼んだ。だが、全国で一般公開されるとなると、ヒットするとは限らない。日本映画ファンは、上海、北京、広州などの大都会に集中しており、しかも高学歴層が中心となっているからだ」。
こうした状況のなかで、日本映画にとっての朗報はあった。2016年10月に、アートシアターの建設を促進すべく、中国政府機関主導の「全国芸術電影連盟(全国アート映画連盟)」が発足し、現在の100劇場から3000劇場まで拡大するプロジェクトを立ち上げている。将来的に、よりバリエーション豊富な日本の実写映画はアートシアターというルートをつうじて、流通することが期待できそうだ。
そのなかで、日本映画を中国市場に売り込むだけに留まらずに、製作や配給にも直接参与しようと試みる日本映画人が現れるのも、ごく自然な流れであろう。

■日中合作映画の展望

2016年度第29回東京国際映画祭において、夢枕獏原作、チェン・カイコー(陳凱歌)監督、染谷将太主演の日中合作『映画空海―KU-KAI―』の製作発表が行われた。中国映画市場を主要ターゲットとした本作品は、日本映画界にとって新たな試みである。
いっぽう、岩井俊二や、行定勲、是枝裕和らは、その演出の手腕が中国映画人のあいだでも定評があり、「中国映画のメガホンをとってもらいたい」と考える中国人プロデューサーも少なくない。
事実、松竹の本木克英監督が演出を手掛ける中国映画『UTA不是流浪狗(ユタは野良犬じゃない)』は11月5日にすでに上海でクランクインした。「簡単な道のりではなかったが、中国の娯楽映画、しかも日本では難しいオリジナル脚本を監督することができて本当に嬉しい。ネガティヴな先入観にとらわれることなく、主人公の柴犬の目を自身の視点として、今の中国に生きる普通の人たちを見つめたいと思う」と本木監督は語った。
日本では製作費が5、6億円を超えれば大作とみなされているが、20億円を超える中国の大作映画は、決して珍しくない。アニメとコミック原作映画に偏り、内向きの傾向にある日本映画界は、中国映画界と関わることにより、日本映画の活性化にも寄与することが期待できるのではないだろうか。
また、昨今『ONE PIECE』の実写映画化を含む権利を中国側が16億円で買い取ったことが、日本でも報道されたように、日本映画の人気コンテンツのリメイクや、実写映画化の権利に対して、多くの中国人プロデューサーが目を付けている。
今まで中国はハリウッドとの合作のみならず、韓国映画界とのコラボレーションも盛んに行ってきた。人気韓国映画の中国版リメイクや、韓国人映画監督や、スタッフ、キャストを迎えた中韓共同製作は数多く存在した。そのビジネスモデルは日中合作映画にも適用できるだろうか。
中韓合作映画に、プロデューサーやシナリオライターとして携わった胡蓉蓉(フ・ロンロン)氏は、次のようにコメントした。「ハリウッド化しつつある韓国映画は、そもそも中国人の感性にマッチしているため、合作映画をつくるのにも、スムーズに事が運ばれるだろうと安易に想像していた。しかし、実際にはお互いの映画製作のスタイルや、文化の違いが現場で露呈し、双方が妥協し合った結果、凡庸な作品となってしまうケースは少なくなかった。韓国映画と比べて、日本映画と中国映画との親和性はより乏しいので、合作映画製作の困難さが予想できるだろう」。
ビジネスモデルや、製作スタイル、検閲制度の違いなど、日本映画の中国市場への進出が直面する課題は多い。これらを一つずつ乗り越えるのに両国の映画人の地道な努力が必要である。それによって、初めて両国の映画交流に新しい時代を切り開くことができるだろう。

【著者プロフィール】
劉文兵 りゅう ぶんぺい Liu-Wenbing
1967年中国山東省生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。東京大学学術研究員。早稲田大学ほか非常勤講師。
主な著書(単著)に『日中映画交流史』(東京大学出版会、2016年6月予定)、『中国抗日映画・ドラマの世界』(祥伝社新書、2013)、『中国映画の熱狂的黄金期――改革開放時代における大衆文化のうねり』(岩波書店、2012)、『証言 日中映画人交流』(集英社新書、2011)、『中国10億人の日本映画熱愛史――高倉健、山口百恵からキムタク、アニメまで』(集英社新書、2006)、『映画のなかの上海――表象としての都市・女性・プロパガンダ』(慶應義塾大学出版会、2004)。
2015年度日本映画ペンクラブ賞・奨励賞を受賞。