2016年12月16日 00:32 弁護士ドットコム
<明治「R-1 ヨーグルト」とテレビ局の裏金「ステマ番組」>。そんな強烈なタイトルの記事が12月15日発売の「週刊新潮」(12月22日号)に掲載された。TBS系列のローカル局であるIBC岩手放送(岩手県盛岡市、鎌田英樹社長)が、昨年9月に放送された旅番組の中で「ステマ」を行っていたと報じられたのだ。
【関連記事:「500万円当選しました」との迷惑メールが届く――本当に支払わせることはできる?】
ステマとは、ステルスマーケティングの略で、スポンサー企業から広告料金をもらっていながら、それを隠したまま、記事や番組を通じて商品やサービスを宣伝する手法を指す。今回は、岩手放送が大手食品メーカー「明治」からタイアップ料金をもらって、旅番組の中で乳酸菌ヨーグルト「R-1」を宣伝していたのにもかかわらず、その旨を表示していなかったのではないか、と指摘されている。
週刊新潮がそのように報じたのは、同誌が岩手放送の番組審議会の議事録を入手したからだ。そこには、審議委員の追及に対する岩手放送の幹部の発言が、次のように記録されていたという。
「番組はR-1乳酸菌の情報を取り込み、(明治から)タイアップ料金をいただくことで成り立ちました」
「しかし、(明治のスポンサー)提供表示はしない。それを(明治も)理解しています」
「(番組で用いられた)素材も、メーカー(=明治)から提供いただいたそのものです」
この番組審議会は、昨年11月18日に岩手放送のデジタルセンターで開かれた。岩手放送のウェブサイトに掲載された出席者の名簿によれば、岩手放送側からは鎌田英樹社長、神所見・放送本部長報道局長、中島勝志・編成局長、堀米道太郎・テレビ制作部長が出席したという。審議委員は10人のうち、田代高章委員長や熊谷志衣子副委員長など8人が出席したとされている。
そのような審議会の場で、岩手放送の社員から「スポンサーからタイアップ料金をもらうが、スポンサーの提供表示はしない番組だった」と認める発言が出たというのだ。この発言について、週刊新潮は次のように表現した。
「審議委員(局外部)の追及により、R-1ヨーグルトが同局で『ステマ』手法で宣伝されたことを、局幹部が"自白"してしまっているのだ」
この週刊新潮の報道については、元テレビ局のディレクターで、現在はテレビ放送の研究者である水島宏明・上智大学教授が「Yahoo!ニュース個人」の記事で取り上げた。
水島教授は、週刊新潮の取材に協力する過程で、問題となった岩手放送の番組『宮下・谷澤の東北すごい人探し旅~外国人の健康法教えてちゃいます!?』を視聴したという。
そして、番組を見た感想について、こう記している。
「誰が見ても唐突で不自然な場面が目についた」
「番組では商品名は伏せていたものの、事実上、明治の商品を露骨に宣伝する場面が不自然な形で挿入された」
水島教授によると、番組審議会の議事録には「あざとい」「視聴者をバカにしている」といった審議委員たちの批判も記録されていたという。審議委員と同じように、水島教授も「視聴者を裏切る、許されない行為であることは明確だ」と断じている。
もし視聴者をあざむいて「ステマ番組」が制作されていたとすると、放送法に違反する恐れもある。放送法12条は次のように定めているからだ。
「放送事業者は、対価を得て広告放送を行う場合には、その放送を受信する者がその放送が広告放送であることを明らかに識別することができるようにしなければならない」
このような追及に対して、岩手放送はウェブサイトで、簡単な声明文を公表した。「番組審議会の議事録に事実誤認による発言が掲載されておりました」。そのように題された声明文(12月14日付)の中で、岩手放送は次のように弁明している。
「番組審議会において番組の制作に関する社員の事実誤認による発言があり、その発言が議事録にそのまま掲載されておりました」「社員の事実誤認による発言により、関係各所にご迷惑をおかけすることとなり、深くお詫び申し上げます」
そして、「R-1乳酸菌の扱いについては、ノンクレジットタイアップという方式です」という岩手放送社員の発言について、「この番組はタイアップにより制作されたものではなく、したがってクレジットが入ることはありません」と記している。
つまり、岩手放送は「番組がノンクレジットタイプ番組だった」という社員の発言があったこと自体は認めつつ、その発言は「事実誤認」であり、ステマ番組という事実はないと主張しているのだ。
しかし、社長や編成局長、テレビ制作部長といったテレビ局の幹部が出席する会議で、番組制作に関する中核的な発言が「事実誤認によるものだった」ということがありうるのだろうか。声明文に対する疑問をぶつけるため、弁護士ドットコムニュースは岩手放送に電話で取材した。
応対したのは、武田敏哉・編成局長だ。その一問一答を以下に紹介する。
――議事録に記載された発言自体はあったという理解でよいか?
武田:発言自体はあったが、よく分からないままに事実誤認の部分があったということだ。
――番組審議会の岩手放送側の出席者は社長、報道局長、編成局長、テレビ制作部長とされている。岩手放送の幹部が事実誤認していたということか?
武田:ホームページの声明に出している通りだ。
――IBCの幹部が事実誤認をしていたということか?
武田:どこまでが「幹部」かは、私はわかりかねる。
――週刊新潮の記事は間違っているということか?
武田:それは新潮さんの捉え方だろう。
――週刊新潮は<明治「R-1 ヨーグルト」とテレビ局の裏金「ステマ番組」>と書いている。もしそれが事実と違うのならば、週刊新潮の記事が間違っているということになると思うが?
武田:当方からみれば、間違っている部分はあるだろう。ただ、これは裁判ではないし、弊社の顧問弁護士とも相談した結果、この声明に凝縮したということ。それ以上は回答しかねる。
――週刊新潮に対して「間違った記事で名誉を毀損された」として、法的措置は取るということはしないのか?
武田:それは、するかもしれないし、しないかもしれない。まだ現段階では、なんとも申し上げられない。
――この問題については、Yahoo!ニュースでも記事が配信されていて、かなり多くの人々に「岩手放送がステマ番組を作っている」ということで情報が伝わってしまっている。「そうではない」と否定していかないと、そのように思われる可能性があるが、報道が間違っているという否定はしないのか?
武田:それは、週刊新潮の取材への対応という形で、答えている。週刊新潮は「議事録をもっている」と言っているが、本来外部に出てはいけないものが、なんらかの方法で流出してしまった。流出に関しては、当方の非を認めたというのが、今回の声明の中にある通りだ。
――「非を認めた」というのは、どういうことか?
武田:それも、今後どうなるかわからないので、コメントは差し控えさせてもらいたい。
――岩手放送としては、ステマ番組はやっていないということか?
武田:やっていない。
――それは、はっきりと言い切れるか?
武田:そこは・・・はっきり言いますね・・・
――今後、関係者への取材が進んで、事実がどんどん明らかになる可能性があるが、「ステマ番組はやっていない」と、はっきり言い切れるか?
武田:そこの部分に関しても、公表している以上のことは、ちょっとコメントはできかねる。
――やっていないのであれば、はっきり言えるのではないか?
武田:外部への公表の仕方も弁護士さんと相談しながらやっているので、それに関しては以上の通りだ。
――今回の記事で最も問題になっている「ノンクレジットタイアップ方式だった」という発言について、声明では「タイアップにより制作されたものではなく、したがってクレジットが入ることはありません」としている。ここは、どう理解したらいいのか?
武田:その用語に関しても、ホームページに書いてある通りだ。ここまでしか説明できない。
――これ以上くわしくは答えてもらえないということか?
武田:そういうことだ。
――週刊新潮の記事では、今回の岩手放送の番組が放送法に違反するのではないかという指摘も出ている。その点については、どうなのか?
武田:違反はしていないと考えている。
――違反していないという認識だと?
武田:ホームページの声明にある通りなので、その範囲でよろしくお願いしたい。
武田編成局長との一問一答は以上の通りである。
声明文への疑問について詳しく答えてもらいたかったが、武田編成局長の回答は具体性に欠け、「声明に書かれている以上のことは答えられない」というものに終始した。
局の幹部による「ノンクレジットタイアップ方式の番組」という発言自体は認めつつも、「事実誤認による発言だった」と釈明した岩手放送。その対応について、水島教授はどう見ているだろうか。
水島教授に取材したところ、次のように話していた。
「岩手放送の声明は不十分だ。番組審議会の議事録では『明治から金をもらっていたが、そのことをきちんと明示しない形で放送した』という発言があり、審議委員から『視聴者をだましているのではないか』と突っ込まれている。『視聴者をあざむいたのかどうか』という点について、声明ではきちんと答えていない。岩手放送は論点をすり替えているような印象を受けた。
今回の岩手放送のケースは、議事録の活字になって、それが訂正されずに残っていたことからすると、当事者の意識としてはそうだったのだろう。議事録にあった発言は、かなり率直な体験談の表明だと思う。独立した放送局の番組にスポンサーが強い影響力を駆使したというのは本当はあってはならない。その『あってはならないこと』と表明してしまったので、事実誤認だったと訂正したのだろう。
健康情報をめぐっては、テレビのCMと番組の峻別ができていないのではないかということが、過去にたびたび問題となった。実験データのねつ造が問題となった『発掘!あるある大事典』も健康ものだった。それがまたしても、テレビCMと番組の線引きがあいまいになってしまった可能性がある。
本当は、どんな名目で、いくらの金が岩手放送に流れたのかということを検証していくべきだ。岩手放送自身の調査が期待できないとすれば、番組放送の自律的なお目付け機関であるBPO(放送倫理・番組向上機構)が徹底的に調査すべきだろう」
実は、週刊新潮の記事は、明治の「R-1ヨーグルト」をめぐって、岩手放送以外のテレビ局(TBS、テレビ朝日、フジテレビ)でも「ステマ番組」が作られていた疑いがある、と指摘している。その点についても、検証が求められるだろう。
(弁護士ドットコムニュース)